21.初めてと二度目

 初めて入る女子の部屋は、なんだかとても甘いにおいがした。


「お、お邪魔します……」

「ふふっ。そんなにかしこまらなくてもいいわよ」


 おかしそうに笑う千夏ちゃん。恥ずかしがり屋な彼女にしては大胆だった。

 それなりに女友達がいる俺だけど、部屋にまでお邪魔したことはなかった。妹は論外なので数には入れない。

 部屋には学習机に本棚。テレビとローテーブル。そして、いつも千夏ちゃんが寝ているシングルベッドがあった。

 家具だけ見れば俺の部屋とさして変わりはない。

 なのに、一目で女の子の部屋だとわかる不思議。ところどころに千夏ちゃんの可愛らしさが表れていた。


「……」

「どうしたのマサくん? 立ったままでいないで座ってよ」


 千夏ちゃんの部屋に入ったはいいものの、緊張で立ち尽くしてしまった。

 自然体でいる千夏ちゃんの態度にも調子を狂わされる。いつもの彼女なら、男が自分の部屋にいることに顔を真っ赤にさせていたはずだ。


「暇潰しにゲームでもする?」


 テレビの傍にあったゲーム機を出しながら千夏ちゃんが尋ねてくる。


「うん。ていうか千夏ちゃんってゲームするんだね」

「まあ、昔は健太郎といっしょによく遊んでたから」


 ああ、と納得した。

 幼馴染とはいえ、千夏ちゃんは異性を部屋に入れるのが初めてじゃないんだ。たぶん風呂に入れることだってそう。慣れていたから、こうやって平然としていられる。

 ……俺は、大迫じゃないぞ。


「えっと……マサくん近くない?」

「そんなことないって。ほら、ゲーム始まるよ」


 二人してベッドを背もたれにしながらゲームのコントローラーを握る。

 肩が触れ合う距離で隣り合う。触れ合うっていうかくっつけていた。

 千夏ちゃんの頬が朱に染まる。家に来てからようやく見られた表情に、ちょっとだけ勝ち誇った気分になった。


「マサくん……、やるわね」

「千夏ちゃんこそ……、俺もここまで熱くなったのは久しぶりだよ」


 少しだけ取り戻した甘い雰囲気も、ゲームに熱中していたら消えてしまっていた。

 昔からシリーズ化されているアクションゲーム。俺と千夏ちゃんを熱くさせるには充分だった。


「ふふっ。私の勝ちね」

「くっ……」


 勝ち誇った顔をする千夏ちゃん。可愛いけども……今回ばかりは悔しさが勝った。


「どうする? もう一回やる? 私はいつでも挑戦を受けるわよ」


 勝者の余裕か。千夏ちゃんはニコニコしながら俺を見た。


「……もちろん。次は俺が勝つ」


 キャラを選択しながら、俺は一つ提案をした。


「次は罰ゲームありにしない?」

「罰ゲーム? たとえばどんなのよ」

「負けた方が勝った方の言うことをなんでも叶える、ってのはどう?」

「面白そうね。いいわよ」


 迷う素振りすらなく、千夏ちゃんは勝負を受けてくれた。

 さっき勝ったことが彼女の自信になったのだろう。でも実力差はほとんどなかった。つまり、次は俺が勝つ!

 再び対戦が始まった。予想通り、拮抗した勝負が繰り広げられる。


「千夏ちゃんはさ」

「ん?」

「勝ったら俺にどんな命令をするの?」

「うーん。そうね……」


 考え込む千夏ちゃん。考えに夢中になったのか、操作がおざなりになる。すかさず技を出して攻めた。


「あっ、ちょっとずるいわよっ」

「ゲーム中は待ったなしだよ」


 千夏ちゃんは悔しそうに呻く。ボタンを連打する音が強くなった。


「私が勝ったらマサくんに恥ずかしいことをさせてあげるわ」

「千夏ちゃんはどんな恥ずかしいことを考えているんだろうね」

「へ、変なことは考えてないわよっ」


 千夏ちゃんがミスった。隙を逃さない俺。


「マサくん……、さっきからずるいわよ」

「今のは千夏ちゃんの自滅でしょ」

「うく……。だったらマサくんはどんな罰ゲームを考えているのよ」

「千夏ちゃんにキスしてもらう」

「え?」


 千夏ちゃんが操作するキャラが落っこちた。この瞬間、俺の勝ちが決まった。


「罰ゲーム、してもらえる?」


 彼女に真っ直ぐ視線を向けた。千夏ちゃんは俺と目が合わせられず、口を閉じてしまった。


「……」

「……」


 ゲームのBGMと、外の雨の音だけが聞こえる室内。俺達は今、二人きりなのだ。


「俺、本気で千夏ちゃんが好きだ。千夏ちゃんを守るためなら体を張ってみせる」


 千夏ちゃんから目を逸らさない。彼女から目を逸らされようとも、俺からは決して逸らしたりはしない。


「でも、ただ守りたいだけじゃないんだ。千夏ちゃんとキスしたいし……。その先だって、いつかはしたいって、思ってる……」


 キスのその先。具体的に言葉にしなくてもわかったようだ。千夏ちゃんの顔がかぁっと真っ赤になる。


「俺だってそういうこと考えているんだよ。だから、警戒心もなく家に男を招き入れちゃダメだ。千夏ちゃん、可愛いんだから悪い男に食べられちゃうよ」

「そ、そういうつもりは……っ」

「今度から俺のこと、もっと意識して。じゃないと、嫌でもわからせるから」


 千夏ちゃんの唇に、自分の唇を重ねた。


「んっ……」


 同じ唇なのに、まったく別物のようだ。柔らかくて潤いがあって、何より美味しかった。

 俺という存在を彼女に刻み込むように、敏感な唇を擦り合う。それだけでも快感が生まれることを知った。


「…………」


 顔を離す。千夏ちゃんの目は今にも泣きそうなほど涙が溜まっていた。

 初めてのキス。心臓がバクバクで、自分がどういう顔をしているかもわからない。

 ただ、胸いっぱいに幸福感が広がっていることだけはわかった。


「次からは、千夏ちゃんが誘ってるって思ったらキスするから。二人きりの時は覚悟しておいてね」

「……」


 千夏ちゃんは俺を突き飛ばすことも、部屋を飛び出して逃げることもしなかった。

 しばらく固まっていて。赤みが差している顔は色っぽい。目がとても潤んでいるのに、涙は零さなかった。


「……」


 無言のまま、千夏ちゃんが俺の胸に顔を埋めた。

 そうして顔を上げた彼女が俺をじっと見つめる。その目には期待するような感情がうかがえた。


「千夏ちゃん……」


 静かに名前を呼ぶと、彼女は目をつむった。

 その仕草は明らかに俺を誘っていて……。こっちもつられるように目を閉じた。


「……んっ」


 二度目のキスの機会は、すぐに訪れた。

 激しくなった雨音が耳を打つ。今日というこの日を、俺は忘れないだろう。


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