14.寄り道したい時もあるさ

「千夏ちゃん、いっしょに帰らない?」

「う、うん……い、いいわよっ」


 放課後。玉砕覚悟で誘ってみたんだけど、予想に反してオーケーしてくれた。

 千夏ちゃんのことだから「二人きりで下校するなんて恥ずかしいっ」とでも言うかと思っていた。学校では人の目があるし。

 これもデートを経験したからだろうか。よく考えなくても休日にデートする方がハードル高いと思うし。それに比べれば放課後に二人きりで歩くことくらい普通だよな。

 てなわけで、千夏ちゃんとの放課後デートが決まったのである。本人は気づいていないだろうが、これも立派なデートなのだよ。まあそれを言うならこないだ放課後に二人きりでカラオケ行ったしね。じゃあ大丈夫じゃん。


「ふっふっふっ」

「佐野くん? ど、どうしたのよ?」

「千夏ちゃんと放課後もいっしょにいられると思ったら嬉しくて。キモくならないように笑うのを耐えてた」

「そ、そう……。耐えきれていなかったように見えたわよ」

「マジで!? ごめんっ! お願いだからキモいって思わないで。千夏ちゃんにそう思われたら俺のライフがゼロになっちゃう」

「わ、わかったから、教室でそのリアクションはやめて……」

「はい」


 オーバーリアクションをとがめられてしまった。千夏ちゃんに「めっ」と叱られることのなんと心地良いことか。

 そんなわけで、千夏ちゃんといっしょに下校する。ドキドキしながら彼女の隣を並んで歩いた。

 昨日デートした時も思ったけど、千夏ちゃんは俺よりも小っちゃい。

 いや、男子と女子なんだから当たり前なんだけれども。そんなこと見ただけでわかることではあるんだけれども。

 それでも、こうやって並んで歩いていると、彼女という存在をより身近に感じられる気がする。千夏ちゃんを、よりはっきりと感じられた。

 だから肩小っちゃいなぁ、と心の中で勝手に感想が漏れても仕方がない。そんなところも可愛いのが千夏ちゃん。本当に仕方がないね。

 大迫はずっとこの特等席を味わっていたのか……。

 けれど嫉妬なんかしないぞ。過去はどうあれ、これからはこの特等席を絶対に譲らない。千夏ちゃんの隣はもう俺のもんだ。


「あっ」


 千夏ちゃんが目を見開く。そして息を呑んだのがわかった。

 彼女の視線の先。前方には同じ学校の制服姿の男女二人が信号待ちをしていた。

 千夏ちゃんの反応から、その人物を察する。それに片方は長い黒髪が特徴的だった。

 後ろ姿だけど間違いない。大迫と松雪の二人が並んで下校していた。


「……っ」


 千夏ちゃんが不意に足を止める。

 大迫とは同じクラスなのだから嫌でも顔を合わせている。だとしても、松雪を伴っているところを見るのは、まだ耐えられないのだろう。

 長い年月をかけて育んでいた幼馴染への恋心。その愛情がどれだけ大きく育っていたのか、相談に乗ってきたからこそ少しは察しているつもりだ。


「千夏ちゃん千夏ちゃん。ほらあれ、クレープ屋があるよ。新しく出来たのかな? 俺全然知らなかったよ。せっかくだから食べて行かない?」


 千夏ちゃんが自身の行動に不自然さを覚える前に、俺は別の方向を指差した。


「え、え?」

「においだけで美味そうだ。とにかく行ってみようよ」


 ちょっと強引に連れて行く。

 俺達が道を外れたところで、前方の信号が変わったようだ。大迫と松雪はこちらに気づくことなく歩いて行った。

 それにしても大迫はともかく、松雪は何を考えているんだ?

 朝のやり取りで大迫に恋人扱いされていることには気づいたはずだ。もし付き合っているつもりがないのであれば、距離を取ろうとは考えないのだろうか?

 とは思ってみたけれど、今は千夏ちゃんが最優先だ。

 甘いにおいがはっきり感じられるほどクレープ屋に近づいたからか、大迫との距離が離れたからか。強張っていた千夏ちゃんの表情が和らいでいく。


「うおっ、美味そう。千夏ちゃんは何にする?」

「……佐野くん、買い食いはいけないことなのよ?」


 小学生か。でも真面目な千夏ちゃんが可愛い。


「まあいいじゃない。クレープは食べたいと思った時が旬なんだよ。タイミングを逃してしまったら絶品のクレープは味わえないよ?」

「何よそれ。いろいろ言ってるけれど、佐野くんがクレープ食べたいだけじゃない」

「そうだよ。千夏ちゃんと二人きりでクレープ食べたいんだよ。君とゆっくり放課後を堪能したいんだよ!」

「……っ」


 千夏ちゃんがぼふっと一瞬で顔を真っ赤にさせる。言葉はなかったけれど、その反応でいっしょにクレープを食べることを了承したと解釈した。


「お姉さん、いちごクレープ二つね。うんと美味しくしてくださいよ」


「任せて!」と力の入った声が返ってくる。きっとこのクレープ屋は繁盛するだろう。



  ※ ※ ※



 出来立てのクレープを受け取り、近場のベンチに腰かけた。


「あの、お金払うわ」

「いいよいいよ。貸しにしとく」

「貸しって……、いつ返せばいいのよ」

「そりゃあ、俺とまたデートして返してくれたらいいよ」


 冗談交じりにデートを誘う。内心では本気だったりするが、顔には出さない。


「……」


 冗談交じりに言ったとはいえ、無言を返されるとへこむ。もしかして機嫌悪くさせちゃったかな?


「クレープ美味しいね」

「……うん」


 クレープにかぶりつき、強引に話を変えた。クリームの甘さ以上に、いちごの酸味が口の中で広がる。


「……佐野くんに、気を遣わせたわよね」

「なんのこと?」


 あくまで俺はクレープを食べたかっただけだ。という体でいこうと思う。


「なんで……佐野くんは、そんなにも優しいのよ……」


 俺はぎょっとした。思わず手にしていたクレープを落とすところだった。

 千夏ちゃんがぽろぽろと涙を零す。彼女の泣き顔に、俺は平静ではいられなくなった。


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