3.優しく慰めて、それから……

 千夏ちゃんの相談に乗る。そう言いくるめて彼女をカラオケに誘うことができた。


「飲み物何がいい?」

「あ、いいよ私も行くから」

「まあまあ。気持ちの整理したいって顔に書いてあるよ? 千夏ちゃんは座ってゆっくりしてなって。で、何飲む?」

「……オレンジジュース」


 てなわけで、気の利く男はドリンクバーへGO!

 これで「千夏ちゃんの心に寄り添っている俺」を見せることができたはずだ。

 だが、ここで時間をかけすぎるわけにはいかない。

 好きな幼馴染に罵倒されて弱っている千夏ちゃん。一刻も早く誰かに話を聞いてもらいたい心境であろう。だからこそカラオケの個室という静かで誰にも邪魔をされない場所にほいほいついて来た。

 でも冷静になればどうだ?


「あれ、私……密室で男子と二人きりになってる!? 不潔だわ! 早く帰らなきゃ!」


 と、なりかねない。

 そう思われてしまった瞬間、俺はいたいけな女子を部屋に連れ込むヤリ○ン野郎となってしまうっ。それだけは避けなければならない。

 ならば優しさを見せつつも、千夏ちゃんを冷静にさせてはいけない。


「すー、はー……」


 まずは深呼吸。千夏ちゃんが我を取り戻す前に、俺の緊張を解した。

 ドリンクバーで俺と千夏ちゃんのオレンジジュースをついだ。俺もオレンジジュースなのはあれだよ、同じ物を口にすると親近感が湧く的なテクニックだよ。そういうのなんかで見た気がする。

 コップに入ったオレンジジュースを零さないように素早く千夏ちゃんが待つ部屋へと戻った。


「お待たせー」

「……あ、ありがとう佐野くん」


 よし。まだ冷静になっていないな。

 カラオケ店に来たのに、歌も歌わずちびちびとオレンジジュースを飲むだけの時間が続いた。隣から聞こえてくる歌声がなんだかムーディーな雰囲気を作ってくれる。


「……あのね」


 ついに口を開いた千夏ちゃん。彼女から語られた幼馴染の言い分とやらに、俺は絶句した。



  ※ ※ ※



 俺はまったく気づいていなかったのだが、大迫はいじめを受けていたらしい。

 そのことに千夏ちゃんはすぐに気づいたようだ。現場を見たわけではなく、大迫の些細な言動から勘づいたのだから脱帽ものである。ジェラシー……。

 彼女はいじめの犯人を探し当て、詰問した。

 大迫が教えたわけでもないのに犯人を特定するとは、名探偵並みのお手柄だ。しかし詰めが甘かった。

 その犯人連中は大迫に「杉藤千夏の指示でいじめていたんだ」とか言いやがったらしい。

 普通に考えれば嘘とわかりそうなものだ。ただの嫌がらせ以外の何物でもない。

 だけど、大迫はまんまとその嘘を信じてしまったのだ。

 それで助けてくれたはずの千夏ちゃんを逆恨みした。どういう経緯で仲良くなったのかはわからないが、人気者の松雪をはべらせながら大迫は千夏ちゃんを罵倒したってわけだ。


「いやいや、これで千夏ちゃんが責められてるのっておかしくないか?」

「そうよね! おかしいわよね! 私悪くないわよねっ!」


 話し終わった千夏ちゃんは残りのオレンジジュースを一気に飲み干した。ぷはー、と息を吐いた彼女の目は据わっていた。


「むしろ千夏ちゃん良いことしかしてないじゃん。滅茶苦茶がんばってるし。大迫を救ったヒーローだよ。すごく偉い!」

「でしょ! 健太郎ってば変にプライドがあるからいじめのこと教えてくれなかったのよ。だから私がんばって調べてさ。いじめの主犯を探して、やめるようにって言ったのも一人でやったのよ」


 愚痴を吐き出しているうちにエンジンがかかったのか、千夏ちゃんは「もー!」と大声を上げた。

 そこまでやって報われなければ、文句の一つや二つや三つや、四つ……、もっともっと言ったって罰は当たらないだろう。

 でも、これだけは言っておかなければならない。


「千夏ちゃんは本当にすごいんだけどさ。大迫をいじめてたって奴は複数いたんだろ?」

「ええ。男子三人だったわね」

「それを一人でやめるようにって話をつけるのは危ないよ。今さらになるけど、そういう時は俺も協力するから。ちゃんと声をかけてほしい」

「……うん。今度から気をつけるわ」


 自分のしたことの迂闊さに思い至ったのだろう。千夏ちゃんがしおらしくなった。


「でも、もう気をつける必要もないのかな。私……健太郎に嫌われちゃったし……」


 それからずーんと落ち込んでしまった。

 今まで千夏ちゃんは大迫とケンカをしては落ち込んでを繰り返していた。俺に愚痴を吐き出すものの、結局は自分が悪かったと結論を出してしまう。

 今までと同じ流れといえばそうだけど、今回はそのレベルが違う。

 気の強い印象とは裏腹に、彼女のメンタルはそこまで強くはない。

 このまま放っていたら、ずっと引きずってしまうのだろうと確信できてしまった。


「千夏ちゃん、歌おうぜ」

「え?」


 笑ってマイクを差し出す。


「起こったことはなかったことにはできないよ。できるのはこれからの未来のことだろ?」

「ま、まあ……?」

「なのに落ち込んでばっかりじゃあまともな考えができないって。だから歌おう。歌って、嫌な気持ちを発散して。考えるのはそれからでも遅くないよ」

「佐野くん……」


 あっ、千夏ちゃんちょっと涙ぐんでる。俺、何か良いこと言っちゃいました?

 彼女が俺の言葉で元気になってくれる。そうなってくれたら、俺も嬉しくてたまらなくなる。

 この後、二人で喉が嗄れるのかってくらい歌った。何曲かデュエットしたりと、最高にカラオケを楽しんだ。



  ※ ※ ※



 カラオケが終わり、千夏ちゃんを家に送り届ける道中でのこと。


「あー、楽しかった」

「それは何より」

「私って佐野くんに健太郎の愚痴ばっかり言って……。いつも面倒かけちゃってごめんね」

「気にすることじゃないって」

「もうっ、なんで佐野くんはこんなにも優しいのよ。健太郎とは大違いね」


 ふと、足を止める。


「佐野くん?」


 立ち尽くしている俺に気づいて、千夏ちゃんが振り返った。


「……好きだからだよ」

「え?」


 ちゃんと聞こえるように、言った。


「俺は千夏ちゃんのことが好きだから。だから優しくしたいって思うんだよ」


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