第5話

 アレクがいる地下室の扉の前には、武装したメイドがガトリング砲で待ち構えていた。唯一の出入り口の石階段に銃口を向ける。


 誰かが階段を降りる靴音がした。それに2人のメイドはお互いに顔を見合わせて、ガトリング砲のクランク、そして、小銃を構えた。


「誰だ?!」


 1人が叫ぶ。


「私です。アリシアです」


 そう言って、階段から姿を現したのは、アリシアだった。メイド達は安堵する。


「危うく撃つところでした」

「すまない。地下室へ連絡を忘れていた」

「いいえ。私のほうこそ、すみません」


 アリシアは2人に頭を下げると、すぐに地下室の扉を開けた。そこにはアレクの姿があった。


「ご当主様……その服装は……?」


 アリシアの言葉に、アレクは首を傾げた。すると、護衛していたメイドたちも慌てて駆け寄る。


「これは一体……」


 アレクの姿を見て、2人は絶句した。


「どうしましたか?」

「アレク様、お召し物が……」


 アレクは中世時代の鎧を身に着けて、剣を構えていたのだ。


「ああ、これですか?  僕も戦いに参加しないといけないかなと思って……」

「そ、そうなんですね……」


 アリシアは苦笑いし、視線をそらした。現代において、兵器の技術は発展しており、鎧は弾丸を防ぐことはできなくなっていた。今はいかに軽快に動き、立ち回るかが重要だ。しかし、アレクはそんなことも知らず、ただ身を守るという目的だけで装備している。


「ご当主様、盗賊団はすでに殲滅いたしました。その鎧はもう必要ないかと……」

「え? 殲滅したの?? 一夜で??」


 アレクは目を丸くして驚く。


「はい。我ら武装メイド部隊が排除いたしました」

「そっかー! ならよかったよ!! でも、それじゃあ、この格好の意味がないなぁ~」


 アレクは落胆しながら言った。


「まあまあ、ご当主様、ここは一度屋敷に戻り、執務室へ参りましょう」

「うん。そうだね」


 アレクは承諾すると、地下室を出た。そして、3人は屋敷へと戻った。


 中庭を通り、玄関へと向かう。そこで見た光景にアレクは自分の目を疑った。


「うわっ!? 何だこりゃ!!」


 屋敷の壁には弾痕があり、屋根にも穴が開いていて、そこから青空が見えている状態だった。窓ガラスは割れていない方が珍しいほどで、高価なシャンデリアは落ち、彫刻は粉々になっていた。散乱した物を手際よくメイドたちが片付けていた。盗賊の死体を引きずっていく。アレクに気がついたメイドたちは彼に振り返り、頭を深々とお辞儀する。


「ご当主様、ご無事でなによりです」

「う、うん。でも、これは一体……」

「盗賊が屋敷内まで侵入し、応戦したところ、このような事態になってしまいました」

「そうだったんだ……。死人は出たの?」

「数名が怪我をしておりますが、死者は0です」

「それは良かった。僕を守ってくれて、ありがとう」


 アレクはほっとした表情を浮かべる。


「いえいえ、これが我々の仕事ですから」


 メイドの1人が言うと、他のメイド達も笑顔を見せた。


 そのまま、螺旋階段を上り、二階にある執務室へ向かう。途中、廊下や階段では負傷したメイドたちが治療を受けていた。


 アレクの姿を見ると全員が笑みを浮かべて、頭を下げる。


 彼は手を振って応えた。執務室にたどり着く。部屋の中に入ると煙草の煙が充満していた。アリシアが咳込み、手で仰いで、窓を開ける。


「おう、ご当主。無事だったかー」


 眼帯をしたゾルデがいつものようにトランプをしていた。机の上に足を置き、交差させる。ブーツは床に脱ぎ捨てていた。つまり、彼女はいま素足だ。男のような口調をするゾルデだったが、足はスラっとしていて、足裏は綺麗だった。女性の生足をあんまり見たことがなかったアレクは思わず、見惚れてしまう。


「ん、どうした?」

「う、うん。僕は大丈夫だよ。それで状況は?」


 アレクは執務机に腰を下ろした。


「ああ、盗賊どもはすべて倒したぜ。だが、屋敷の中はひどい有様だなぁ~。食堂なんて、修繕不可能じゃねぇーの?」


 それにモニカがビクっと身体を震わせる。ゾルデがニヤリと笑う。


 モニカは手に持っているトランプで顔を隠した。


「モニカ、どうかしました?」

「い、いえ……何でもないよぉー……」


 彼女は冷や汗を流しながら答えた。アレクは首を傾げる。


「聞いてください。ご当主様、モニカったら食堂で―――」

「うにゃぁああああ」


 何かを言おうとしたクレアの口を慌ててモニカが抑える。


「ちょっと!!  その話は言わなくていいの!!」

「ふぐぅ~……もごもご……」


 モニカは必死に抵抗し、クレアの口を押さえる。その光景を見て、アレクは微笑む。


 それから壁際に腕を組んで、外の様子を伺っていたバウラに声をかけた。


「バウラ、君も無事だったんだね。よかった」

「別に。これくらい余裕さ」

「でも、命がけで戦ってくれたんだよね? ありがとう」


 その言葉にバウラは少しだけ頬を赤らめた。


「仕事をしただけさ」

「それでも感謝しているよ。本当に助かった」


 それに視線をそらしたまま、右手を上げた。照れ隠しをしているようだった。


 アリシアが咳払いする。部屋にいた全員の視線がアリシアへと向けられた。


「貴方たち、後で、使った弾薬、経費について報告書を提出しなさい。それと、修理が必要な個所もね。とくにモニカ。あなた、ガトリング砲1丁、ダメにしたでしょう?  あれ、高いのだから弁償してもらいます」


 アリシアの言葉に、モニカは青ざめる。


「うぇえええええええええ!! そんなぁ~~~~~~~~~~~!!!!」

「当たり前です。あの大金をかけて作った兵器で、どれだけ建物に損害を出したと思っているのですか?  ちゃんと反省してください」

「うう~~バレてた……」


 それにゾルデが腹を抱えて笑う。


「あははははは!!  そりゃあ、お前が悪いよ。武器庫から勝手に持ち出して、ぶっ壊したんだからな」

「ゾルデ、貴方もですよ」

「え? 俺も?」

 

 まさか、自分に矛先が向けられるとは思ってもいなかったようだ。


「貴方、窓ガラス数枚、狙撃で割ったでしょ」

「げっ! なんで知ってんだよ!?」

「屋敷の中で発砲音が聞こえれば、わかります」


 アリシアは呆れた様子で言う。


「ちっ、耳の良い女だ。てか、盗賊たちが逃げ込んで、それを狙撃しただけじゃねぇーか」

「そういう問題ではありません。弁償しなさい」

「うへー、マジかよ」


 ゾルデは苦笑いする。


「とりあえず、窓ガラスはこちらで手配しておきます。それで、他に破損個所があるのか、必ず申告するように」

「へいへい。わかりましたよーだ」


 ゾルデは投げやりに返事をする。


「まったく……」

「まぁまぁ、今回は仕方ないことだから、許してあげてよ」


 アレクが仲裁に入る。


「はあ、まぁ、ご当主様がそう仰られるのなら……」


 それにゾルデとモニカはアレクに駆け寄り、手を掴んだ。「さすが、ご当主様、話がわかる」

「ありがとーアレクぅ~!! 大好きぃー」


 2人は嬉しそうな顔を浮かべる。ゾルデの手はベタベタしていて、モニカの身体からは火薬の匂いが漂ってくる。そして、2人とも汗臭かった。


 アレクは苦笑する。


「それより、アリシア。これからどうしたらいい?」

「全て我らにお任せください。修繕の業者はすでに手配していますし、我々を狙った依頼者の調査はバウラに任せています」

「そっか……。それなら安心かな?」

「はい。ご当主様の命を狙った不届き者には必ずやその血で償ってもらいます。そういう面ではバウラが適役ですね」


 アリシアは微笑む。バウラはいつもの無表情のままで、「任せろ」と短く答え、部屋を後にした。バウラを見送ったあとアリシアが両手を叩く。


「では、ご当主様、そろそろ朝食といたしましょうか」

「そうだね。僕、お腹が空いちゃったよ」

「お。いいね。俺も腹減ってたんだ」

「私もぉ~」

「クレアもお腹空いちゃいました」


 それにアリシアは睨みつけた。


「あなたたちに朝飯があると思っているの?」

「え?」

「どういうことだよ?!」

「貴方たちは他のメイドたちと共に散らかした屋敷の掃除をしなさい。空の薬莢もです。それが終わるまで、食事は抜きです」

「うえええ!!  マジで!?」

「文句あるんですか?」

「いえ、ないです」

「ないです……」

「クレア、ションボリです……」


 深く落ち込んだ3人に追い込むようにアリシアが両手を叩く。


「ほら、早く行きなさい!」


 ゾルデとモニカ、クレアはトボトボと腰を丸めながら部屋を出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る