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ふたつのお願い(キトエ)

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円卓にひらかれたリコのカードはスペードの二。キトエのカードはハートの七。キトエの勝ちだ。


「二って一番弱いカードじゃない。変えておけばよかった。キトエ顔から分かるかと思ったけど意外と分からなかったし。はい、じゃあ何でもひとつお願い聞くよ」


 キトエの正面で、円卓についたリコが悔しそうに口を曲げる。


 城に来てから二日目。意外とやることがないとリコが言うので、カードをすることになった。特別ルールで『勝ったほうが負けたほうに何でもひとつお願いできる』とのことだったが。


「主に命令するわけにはいかない」


 勝っても最初から『お願い』をするつもりはなかった。


「別に命令じゃなくて当たり障りのない質問でも何でもいいんだよ? 好きなものとか」


「リコの好きなものはチョコレートだろ。知ってる」


 言ってから、明日リコを失うのだとはっきりとわき上がってきて、叫び狂いそうになる心を必死で押し潰した。


「添い寝してほしいとか一緒に水浴びしたいとか」


 何を言われたのか分からず、リコを見つめてしまった。リコはいたって真面目な顔をしている。


 添い寝。水浴び。ほんの一瞬想像してしまって、一気に頬が熱くなった。


「主じゃなくても女性にそんなこと言ったらただの変態だろっ……」


 自分の汚らわしさに吐き気がした。こうやってリコを女性として見てしまうことは、今まで数えきれないほどあった。


 リコのことが好きだ。愛している。けれど主と騎士だ。絶対に許されない。


「ええと、ごめんね。冗談だよ。ほかにあったら言って」


「特にない」


 毎度のごとく、自己嫌悪でリコの顔を見られなかった。


「じゃあお願いは取っておいていいから」


 リコに命令したいことなどない。何と答えればいいのか分からなかった。


「じゃあ二回目ね」


 リコがカードを集めて切り、真ん中に山として置いた。一枚ずつ引いて、額に掲げる。


 リコのカードはダイヤの三だ。先ほどは二だったから、これだけ弱いカードを続けて引くのも珍しい。リコの表情はあまり芳しくなく、隠そうとしているのだろうが、こちらのカードが強いので変えさせたいのだろうな、と予想する。


「変えたほうがいいと思う?」


 一回目と同じことを聞かれた。勝たなければおそらくリコは恋人関係の『お願い』をしてくるはずだから、勝ちたい。けれど正直に言ったほうがいいのか、うそをついたほうがいいのか、どちらが有利になるのか分からない。駆け引きは苦手なのだ。


 悩んでいたら、リコがカードを掲げたまま円卓に身を乗り出してきた。探るように下からのぞきこんでくる。深い角度で服からのぞいた柔らかな胸元に目がいってしまい、先ほどの想像が蘇って慌てて目をそらした。また自分の汚らわしさを嫌悪して、リコの顔を見られなくなる。頬が熱をもつ。


「カード変えようかな」


 まだ身を乗り出したままのリコを直視しないように横目で見る。こちらが負けてしまうかもしれないが、賢明な判断だろう。


 リコが掲げていたカードを裏向きで捨てて、新たに引いた一枚を額に掲げる。ダイヤのジャック。悪くないカードだ。果たしてこちらも変えるか、変えないか。


「キトエは変える?」


 考えていたら、リコがあきらかに『変えないで!』と言わんばかりの必死な表情で見つめてきた。いきなり不審すぎる。リコもキトエも顔に出てしまって駆け引きには向いていないタイプだが、いくら何でもあからさますぎる。


「そのままでいい」


 リコが痛いところをつかれたように口を結ぶ。


「じゃあ、勝負」


 額にあてていたカードを円卓にひらいた。リコはダイヤのジャック、キトエはハートのキングだ。なるほど変えさせたかったわけだ、と腑に落ちた。


「ああ、また負けちゃった。カード運ないなあ」


「俺も分かりやすいと思うけど、リコも大概分かりやすいよ」


「え? そうなの? 顔に出てる?」


「顔もそうだけど、何ていうか態度が」


 納得がいかなそうな顔をするリコが可愛くて、愛おしくて、微笑んでいた。リコが驚いたように真剣な面持ちになって、もうこの時間は失われてしまうのだと、もうこの先にはないのだと、体が一瞬で冷たくなって、胸が裂かれるほど痛くなった。


 このまま時間が止まればいい。閉じた世界で、ふたりだけで、ずっとこのままで。


「お願い、ふたつめは?」


 リコの穏やかな瞳に、かろうじて微笑み返した。日が落ちてすぐの空のような青に、紫と緑の欠片がきらめく、見入ってしまう瞳に。


 リコはキトエの髪や瞳や佇まいをとても綺麗だとほめてくれるが、キトエにはリコの淡い桃色の長い髪や、角度できらめく色の変わる深い瞳、懸命に、まっすぐに立つ姿のほうがはるかに綺麗だと思えた。


「特にない」


「もうちょっとちゃんと考えてよう。ないならないで何だか傷付く」


 リコが頬を膨らませる。


「そういうつもりじゃない」


 慌てて否定した。リコに命令したいことはないが、願いなら数えきれないほどあるのだ。


 リコがおかしそうに微笑む。


「冗談だよ。いいよ、ふたつめのお願いも取っておいて」


 その微笑みが、本当にわずかに揺らいだのは気のせいだろうか。


 告げることのないだろう、ふたつぶんの『お願い』。終わりが決められた時間のなかで、『本物の恋人になってほしい』と『お願い』したら、どうなるのだろうか。


 すぐに考えるのをやめた。騎士は最後まで騎士の務めをまっとうする。心の底から仕える主のために。


 すべての痛みから目をそむけて、円卓のカードを見つめるリコを見つめた。焼きつけるように、自分の最期の瞬間まで、その姿を失わないように。

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