顔に出てる
キトエはハートの七。リコはスペードの二。キトエの勝ちだ。
「二って一番弱いカードじゃない。変えておけばよかった。キトエ顔から分かるかと思ったけど意外と分からなかったし。はい、じゃあ何でもひとつお願い聞くよ」
『もうお願いしないでほしい』と言われたらどうしようと思ったが、キトエは困った顔をしていた。
「主に命令するわけにはいかない」
キトエはどこまでも仕事に真面目だ。
「別に命令じゃなくて当たり障りのない質問でも何でもいいんだよ? 好きなものとか」
「リコの好きなものはチョコレートだろ。知ってる」
そう言ってキトエは考えているのか苦しそうな表情になってしまった。そこまで真剣に考えてくれているとは思わなかった。
「添い寝してほしいとか一緒に水浴びしたいとか」
リコとキトエは出会ったときから主と騎士で、恋愛関係になってはいけない間柄で、キトエはリコを女性として見ていないだろうと思ったから、軽い気持ちで言ってみただけだった。
けれど、キトエは黄緑の目を見開いて、黄緑に橙と黄色の欠片を揺らして、色をこぼしたように頬を染めた。
「主じゃなくても女性にそんなこと言ったらただの変態だろっ……」
キトエの反応が意外だった。一応女性としては認識されているようだ。『主』という性別のない存在として扱われているのかと思っていた。
「ええと、ごめんね。冗談だよ。ほかにあったら言って」
「特にない」
キトエは恥ずかしそうに顔をそらしてしまった。騎士にこういうことを言ってはだめだったか、とリコは反省する。
「じゃあお願いは取っておいていいから」
聞こえているのかいないのか、キトエはリコのほうを見ないままだった。
「じゃあ二回目ね」
カードを集めて切る。置いた山から、それぞれ一枚ずつ取って額へ掲げた。
キトエのカードはハートのキング。かなり強い。できれば変えてほしいが、どう誘導したらいいだろうか。リコもうそが得意ではないので、『強いカードだなあ』という顔をしていたら悟られてしまうだろう。なるべく無表情を心がける。
「変えたほうがいいと思う?」
あえて同じ質問をしてみた。キトエは難しい顔をしてうなった。先ほどと同じだ。勝ちたいだろうからごまかしているのか。それとも駆け引きなく本当に悩んでいるだけか。
カードを掲げたまま円卓に身を乗り出して、キトエの顔をのぞきこんだ。キトエは驚いたように目をひらいて、視線をさまよわせて顔をそらしてしまった。頬が薄布をかけたように赤い。さっきの今でまだ恥ずかしいのだろうか。
「カード変えようかな」
確率的にリコのカードのほうが弱いはずだった。何となくキトエが複雑そうな顔をしたので、やはり全部素直に表情に出ているだけな気がする。
リコは掲げていたカードを裏向きのまま捨てて、山から引いた一枚を額にあてた。もう交換はできないので、キトエを交換に誘導して数字が下がるよう祈るか、今のカードが強いことを祈るしかない。
「キトエは変える?」
キトエが交換しても弱い数字になるという保証はない。けれどキングより弱い数字のほうが多いので、逆に『変えないで!』という必死な表情を作ってだましてみることにした。キトエは戸惑ったようで、「そのままでいい」と反対に不審がられてしまった。
「じゃあ、勝負」
額にあてていたカードを中央へひらく。キトエはハートのキング、リコはダイヤのジャック。
「ああ、また負けちゃった。カード運ないなあ」
「俺も分かりやすいと思うけど、リコも大概分かりやすいよ」
「え? そうなの? 顔に出てる?」
「顔もそうだけど、何ていうか態度が」
キトエがおかしそうに微笑む。その瞳がとても温かくて幸せで、胸が痛くなった。このまま時間よ止まれと叫びたいほど願った。
「お願い、ふたつめは?」
「特にない」
「もうちょっとちゃんと考えてよう。ないならないで何だか傷付く」
むくれてみせると、キトエは「そういうつもりじゃない」と目に見えて狼狽した。もちろん冗談で言ったのだが、キトエは主に忠実だ。お願いはほとんど聞いてくれないけれど。
「冗談だよ。いいよ、ふたつめのお願いも取っておいて」
ふたつのお願いを告げられることは、もうないかもしれない。恐ろしさに飲みこまれそうになるのを、無理やり何も考えないようにする。
カードを集める前に、そういえば見るのを忘れていた交換したカードを表に返す。ダイヤの三で、本当にカード運がないかも、と思い始める。
けれど一回目も二回目も弱いカードで、『変えたほうがいいと思う?』という質問にキトエは同じふうに悩んでいたから、『勝ちたいけれど主にうそをつくのはいかがなものか』と素直に顔に出ていただけか、と予想する。
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