告白して
「うわあ、キトエ、すごい」
リコは玄関から庭へ駆け出す。スカートから伸びた鎖に留められた宝石たちが、しゃらしゃら音をたてる。長い薄桃色の髪と鎖を編みこんだ左右の三つ編みもぱたぱた跳ねる。
どこまでも続く、つき抜けた昼の空と同じ水色をした花畑。五枚の花弁をもつ小さな花が、ずっと広がっている。
城に来たとき、絶対にここを歩いてみたいと思ったのだ。空の色と花の色を見つめていると、自分がどこに立っているのか分からなくなる。
応接室、礼拝堂、寝室、書架、台所、洗濯室と巡ってきたが、この現実みのない水色の世界が、リコは一番好きだった。
「すごいね。空の中にいるみたい」
遅れてついてきたキトエの足音に振り返る。
溶けるような薄水色の髪が、白のスタンドカラーの上着についた、金ボタンをつなぐ鎖が、左肩から流れる、織模様の入った飾り布が、風を柔らかく含む。絶え間なく日の光を弾き返す薄氷のように、いつまでも見ていられる。
甘い香りを感じながら、リコはキトエを見つめる。キトエは淡く微笑んでくれたが、見つめ続けると戸惑ったのか、居心地の悪そうな顔になった。
ぼんやりと視線をそのままにしていたら、思い出してリコは手を打ち合わせた。
「そうだ。忘れてた。ねえキトエ、お願いがあるの」
「何だ?」
「わたしに告白して」
キトエは理解できなかったのか、顔色を変えずリコを見ている。
「わたしに告白して」
「いや、聞こえてる……何で」
にわかに狼狽しだす。
「恋人同士でしょ? 告白をすっ飛ばしてたなって。恋人になる前に告白するでしょ? ね?」
かわいそうなほど、キトエの眉が下がっている。
翼を模した金色のパーツに、水色の滴型の宝石がいくつも下がったピアスが、揺れて太陽の光を細かく弾いている。リコが昔プレゼントした、キトエの髪と同じ色の宝石がついたものだ。我ながらよくキトエに似合っているものを選べた、とリコはきららかなピアスからキトエの表情に目を移す。
困っている。とても。
「嫌?」
尋ねると、キトエは目を泳がせた。
「いや、嫌とかでは、いやでも」
「嫌でも嫌じゃなくても、主の命令なんだけど……恋人なんだから本当は命令じゃなくて言ってくれたほうが嬉しいんだけど」
つけ足すと、何か心に刺さったのか、キトエが苦しげな顔になった。「分かった」とリコの正面にひざまずく。逡巡して、見上げてくる。
「リ、リコに、一生を捧げることを誓う」
それ以上続かなかったので、リコはうなる。
「それだと騎士っぽくていつもと同じ感じでしょ? もっとこう、『あなたを想うと夜も眠れない!』とか激しい感じで、愛の告白をしてほしいんだけど」
キトエがこれ以上ないくらい、困ったように眉根を寄せる。
「それは……その。リ、リコのことは……す、好きだ。昔から」
「ううん。何か違う。もうちょっと気持ち入れて!」
「そんな、これ以上は」
気恥ずかしそうに目をそらしたキトエを見て、リコは気付く。心の熱が冷めていく。
「そう、だよね。ごめんなさい。命令してるだけで、本当は好きじゃないもんね」
キトエに想い人がいたら、本当に嫌なことをしている。自分に呆れて、でも悲しくなって、笑ってしまう。
「違う!」
立ち上がったキトエに両肩をつかまれて、体が固まる。
「俺は! リコを主として大切に想ってるし、本当に、本当にあなたのことを……愛してる」
キトエの、黄緑に橙や青が揺れる瞳がとても痛そうに細まって、息が止まった。
呪縛が解けたように慌てて両肩から手を離される。うつむかれる。
「すまない……その……リコの願いを叶える、恋人のかわりとして」
張りつめた空気が緩むように、体のこわばりが解けた。
「ありがとう」
偽りでも、主への忠誠でも。
初めて、こんなに近くで触れられた。鼓動が痛い。キトエの言葉に、瞳に、とらわれてしまった。嬉しいと思ってしまった。
同時に、逃れられない悲しみと恐怖がわき上がる。
花と空の色がつながった水色の中に、ずっとこのままいられたら、どんなにか幸せだろう。
喉からあふれ出しそうになる感情を、飲みこんだ。
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