偽りの恋人と生贄の三日間

有坂有花子

一日目

恋人としてすごして

 三つ取られると、向こうへ行ってしまう。


 魔力、心臓、そして。





 一日目




「あのね、お願いがあるの。今日から恋人としてすごして」


 まだ淡い朝の光が差しこむ窓には、金のタッセルでくくられたえんじの織カーテン。壁の棚には隙間なくつまった本、円卓にはボードゲームとカード。ところどころ置かれたひとり掛けのソファーの下に、つた模様が織られたじゅうたん。飾り棚には色鮮やかな水タバコの瓶、乾燥した植物がつめこまれたいくつもの瓶。


 ラベルに、子どもでも知っている使用が禁じられている植物の名前が書かれている。吸えば夢のような幻覚と感覚に溺れる。


 最後なのだから、決まり事など守らず楽しんでいい、という押しつけのあわれみなのかもしれない。つまるところ、三つさえそろっていれば、ほかはどんなに体が蝕まれていようがよいということだ。


 リコは、ソファーに座る自分の前にひざまずく青年を見下ろす。


 リコを仰ぐ瞳は黄緑で、見つめていると橙や緑が混じる。宝石のようにきららかな瞳は本当にあるのだな、と見るたび思う。


 そうして、今黄緑色の瞳は、あきらかに困っている。


「今日から恋人としてすごしてほしいの」


「いや、聞こえてはいる」


「じゃあお願いね。城内探検、早く早く」


 リコがソファーから立ち上がると、青年、キトエはひざまずいたまま押しとどめるように手を前に出した。


あるじにそんな態度をとることなんてできない」


「その主の命令なんだけど?」


 キトエの表情がさらに困惑を深める。主にそんな態度をとれないというのと、主の命令という葛藤で、『どうすれば』という顔をしている。キトエは心がすぐ表情に出るから可愛い、とリコは笑いをこらえる。


 キトエはリコの護衛の騎士だ。リコが十一歳のときから仕えている。リコが十五、キトエが十九歳だから、四年の付き合いになる。ふたりきりのときは敬語は使わないようにと言ってあるので、キトエは従っている。案の定、最初は『主にそんな口の利き方はできません』と困った顔をされたが。


「いくらリコの命令でも、それは」


「わたしが恋人だと不満? わたしのことが嫌い?」


 悲しげにキトエをのぞきこむと、慌てたように顔をそらされた。


「それは、そんなわけ」


「じゃあいいでしょ?」


「そういう問題じゃ」


 キトエが困っている。キトエは優しいのだ。おかしくなって、そうしてふと胸を握り潰されるような感情が襲ってくる。


「お願い。三日だけだから」


 微笑んだつもりだったが、笑いきれていなかったかもしれない。リコを仰いだキトエの表情が、こわばって揺れる。こんなことを言うのはずるいのかもしれないが、ごまかすように「ね?」と笑っておいた。今度はちゃんと笑えたはずだ。


 キトエは目を伏せて、リコを見つめて、「分かった」と呟いた。


「ありがとう。じゃあ城内探検、行こうか」


 キトエが立ち上がる。ふわりと風に香るのは、革や剣を手入れするときに使うみつろうと油の香りで、リコはほんのり甘いその香りが好きなのだった。

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