第13話 ベータ

 二人はバイクに乗って石ノ森トンネルへと走っていき、入り口に辿り着く。

 トンネル内を歩く道中、大村は明美に話しかけた。

「ところで、富士博士は君に何も残してはいなかったのか?」

「死ぬ何日か前に、人体強化薬を一本、私に送り付けてきたわ。私を被検体にしたかったんだと思う。

 ……たしか、力を失ったのよね? 今も持ってるけど、よければ使う?」

「いや、たぶん俺が使っても効果がないと思う。二度目の検査を受けた時に言われたよ、俺の体は見た目も能力も人と同じだけれど、構造的には怪人に近いままだってね」

 大村がそう答えると、明美はどこか悲しげな笑みを浮かべながらこう返した。

「そっか……じゃあ、これはあなたの所属してる対特殊生物対策隊の人に渡そうかな」

「それがいいかもな……っと、ここだ」

 大村がそう言いながら懐中電灯で照らすと、そこにあったのは地下の避難用通路に繋がる階段だった。

 大村は明美と共にその階段を下りていく。

 長い階段を下りきると、そこは広く薄暗い空間だった。

 大村は周囲を見回すと、あるものを発見した。

 それは、かつて大村が戦った怪人達と同じ姿をした死体だった。

 大村は思わず息を呑む。

「ここで何があったんだ……?」

 そう声を出した途端、横の柱の影から出てきた怪人の生き残りに大村は襲われる。

「うわっ!」

 必死に抵抗しようにも、腕力が元の人間並みに戻っている大村には、怪人にダメージを負わせることはできない。

(このままだと殺される!)

 そう思った時、大村の横から飛び出してきた明美の拳が怪人の顔面を捉え、怪人は吹き飛ばされていった。

 大村が呆然としていると、明美は大村の方を向く。

 懐中電灯で照らされたその首筋には、出来立ての小さな注射痕があった。

「人体強化薬を打ったのか」

 大村がその判断力の早さに感心していると、起き上がった怪人が再びこちらに襲い掛かってくる。

「まかせて」

 明美はそう言うと、襲い来る怪人と戦い始めた。

 怪人の乱暴な拳を明美が受け流し、できた隙間から蹴りを入れる。

 怪人はそれを食らって後ずさりするも、致命傷には至らない。

 今度は突きで怪人の頭を殴る。

 しかし、怪人はお返しとばかりに、今度は明美の頭を殴り飛ばした。

 明美に避ける暇はなく、怪人の鋭い爪が明美の顔を切り裂く。

 そのまま怪人は明美に組みつくと、壁に押し付け首を締めた。

「はな、せ……!」

 明美はそう言いながら、足をばたつかせ怪人の腹を蹴るが、びくともしない。

 大村はそれを見ると、すぐさま怪人に飛びつき、羽交い絞めにした。

 予想外の攻撃だったのか、怪人は鳴き声を上げながら明美から手を放して必死に体を左右に振った。

 明美はせき込みながらも、すぐに体勢を立て直すと怪人の頭を掴んで柱に何度も打ち付け潰した。

 動かなくなった怪人の死体を地面にたたきつけると、明美は荒い息を吐きながら大村の方を向いた。

「どう? 結構センスあるでしょ」

「ああ、初戦にしては上出来だな」

 会話の後に二人して笑うと、再びその場の探索を始めた。

「これはなんだ?」

 しばらくして、大村は奇妙なものを見つけた。

 それは、小さな機械だった。

 一見すれば携帯電話のような折りたたまれた形状をしているが、真っ黒で、ボタンらしきものも一つしか見当たらない。

 大村が不思議そうにそれを見ていると、明美がその黒い端末を見て固まっていた。

「これ……」

「どうかしたか?」

 大村が問いかけるも、明美は返事を返さない。

 興味深そうに、機械を見ていた。

「おい、富士博士について何か知ってることがあれば教えてくれないか?」

 大村の言葉に、明美はようやく我に返り、話し始めた。

「……お父さんが昔作ってた、超音波式治療機器の小型版……だと思う。ここで何に使ってたのかは分からないけれど……」

 大村は少し考えると、明美にこう言った。

「とりあえず、一旦外に出て対特殊生物対策隊を呼ぶことにするよ。怪人も出てきたし、富士博士の痕跡も見つけた今、これは一般人の調査の範疇を越えてる。それに君を杉田隊長に紹介したいしね。君さえよければの話だけど」

「ええ、紹介してもらえると嬉しいわ。対特殊生物対策隊とコネがあった方が父さんの捜索もはかどりそうだし。連絡よろしく」

「分かった」

 大村は頷くと、杉田隊長に電話をかけに階段を上がっていった。


 対特殊生物対策隊が到着すると、大村は杉田に明美を紹介した。

「隊長、彼女が富士博士の娘の富士明美さんです。彼女も今はかつての僕のように怪人と戦える体になっています」

「なるほど、状況は理解した。ここ数日怪人の活動が大人しいのには裏がありそうだ。ここで何かヒントを得られるといいのだが……」

 杉田がそう呟くと、明美は彼に近づき、話しかけた。

 その顔は緊張で強張っている。

「あの、私も監視下に置かれるんですか?」

「上からの命令で、そうするしかないだろうな。日本も他国から色々と圧力がかかっていてね、申し訳ないがこればかりは少し我慢して欲しい」

 杉田はそう言うと頭を下げた。

 明美は納得したのか、黙って小さく首を縦に振り、うなずいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る