アゼリアの匂い②

 サリエルはベルロンドの親戚で小さい頃からの付き合いだ。一緒に森に出かけて、昆虫を見たり、動物を探したり、かくれんぼをした。

 けれど、ある時から、彼の父親が死んでから、サリエルは変わった。虫を眺める代わりに、棒で押し殺すようになった。ベルロンドはその時の表情が忘れられなかった。虫が死ぬ瞬間に、生命の全てを探ろうとするあの顔が。 


 サリエルは紙のアゼリアを優しく持ち上げ、端正で長い鼻に近づけた。月光によってくっきり浮かんだ鼻筋、その鼻先にアゼリアが付きそうだった。花の匂いを嗅いでいるのか。でもベルロンドにはただの紙にしか見えなかった。


 そう、生きていないのだ。生きているアゼリアと違って明日も明後日も数年後も花弁は散らない。



「みんな分かってないんだ。俺がどんな気持ちで、どんなに焦っているか! なあベル! 」


 夜空に映える満月をはめ込んだようなサリエルの双眸、それを覆う長い睫毛が真っ直ぐこちらを向いている。


「はいはい、ご勝手にどうぞ」


 ベルロンドはもう付き合っていられないと思い、掛け布団を頭のてっぺんまでかぶった。それでも、いつまでもブツブツ言うサリエルに耐え切れず、顔を出した。


 ぼんやりと広がる部屋の中で、サリエルの輪郭だけがはっきりしている。その時またあの表情が見えた。


「生は死の始まり、死は生の始まり」


 サリエルが、その瞳に一瞬を宿らせながらつぶやいていた。


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