[一四日目 14時55分・ゲーム内]

現実世界との通信が可能となったあの日から、ゲーム内でも同様に一週間が経った。


「それで、宮内たちは学校にいけるようになったわけ?」


『無理だよ』


画面の向こうで、片想いの相手が前髪を直しながらため息をついた。


『検査があって、聞き取りがあって、聞き取りがあって、検査があって、て感じ』


おまけにわたしも失恋するしさ、と宮内か詩乃は頭を押さえた。


「そうなの?」


『うん……正確にはふられたわけではないけれども、わたしのいろいろなことも流出して、その過程で、向こうにカノジョがいるっていうことが明らかになって……なんか頭の中ごちゃごちゃだよ。お母さんには、なんかやたらと生ぬるい笑顔で慰められるし』


「うーん」


圭太郎は夜と雪の国に係留したあの雪上船内のベッドに座ったまま、腕を組んだ。生還した方は生還した方で大変らしい。


『しばらくは病院で、そのあとはどこか別のところに住むみたい。立花さん……なんか偉い政治家さんの秘書さんが、その辺りはやってくれているんだって。だから、こっちは心配しないで』


「うん。琴音ちゃんは?」


『いま検査に……あ、もどってきた。代わるね』


妹を呼ぶ声に、ちょっと待って、という声が重なる。画面の隅に小さく琴音の姿が映った。鏡の前で何度も前髪をいじっている。


『お待たせしました……一応、確認しておきますが、これ、ちゃんとプライベートモードになっていますよね』


もちろん、と答える。


あの後、告知のないままシステムがアップデートされ、通信には秘密状態が選択可能となった。同時に、配信の対象外となるプライベートエリアも設定された。


世間話めいたものをかわす。


『……ところで、先輩の方はこれからどうするんですか? お姉ちゃんを泣かした「破竜グリド」に一発を入れる、と宣言しておいましたよね。あの迷宮を出てから、もう三日たっていますけれども』


「こっちもいろいろ忙しかったの」


『そうですか。なんかプライベートエリアに引きこもってばかりで、配信を見ても全然姿が見えないから、ちょっと心配していたんですよ』


「……そうか、これからなにかをするということは、琴音ちゃんや宮内にも見られるということなのか」


琴音はにやりとわらった。


『だいじょうぶですよ。いまさら先輩がなにをしても、わたしは幻滅したりしませんから。お姉ちゃんはどうだかわかりませんけれども』


『わたしもしないよ』


画面に姉妹が映った。

少なくとも、この二人が帰ることができたのはよかったな、と思う。


その後、たわいない話をして、通信はおわった。


圭太郎はベッドに仰向けになった。


自らの死を告げられたことが原因で、一週間ずっとここで寝込んでいた――と書きたいところなのだが、事態の深刻さをいまいち認識しきれない少年は、それよりも自分の冒険の一部始終が全世界に配信されていたということの方が衝撃的であった。


もうね、あれですよ。


個人的な経験だからこそ青春の思い出へと昇華されるようなできごとが、全世界にばらまかれたわけですよ。


その後のシステム更新でゲームにはプライベートエリアなるものが導入され、宿屋などでの私的空間での行動は配信されなくなったわけだが、過去にしてしまった行動が消えてなくなるわけではない。


「お前の行動だがなぁ……」


通信にもプライベートモードが導入されたあとで、父親は深刻そうな声で告げてきた。


「全世界の人が見て、にいろいろな人が分析して、おまけにいろいろな国の機関に公的な記録として保管されているらしいぞ」


「もしかして、僕の過去の名乗りも?」


「暗黒剣士なんとかのことか?」


くぁぁ、と悶絶する息子に、横にいた母親が追い打ちをかける。


「宮内さんのところの娘さんへの告白もよ。あのね、こんなこと言いたくはないけれども……もう少し、どうにかならなかったの、アレ?」


自分でもどうかなぁ、と思った告白であるが、母親からダメ出しされるとさすがにこたえる。


おまけにアレ扱いだし。


これ以上思い出すと本気で落ち込みそうになるので、圭太郎は起き上がり、大きく伸びをした。装備を整える。


親とのやりとりのあと、相手が次々に代わった。まずはお医者さん。それから親族に続いて、宮内家とのやりとりがあった。あちらのご両親から、なんともいえない空気の中で言葉がかけられ、次いで、無事に現実世界にもどった姉妹と話をし、そして。


その地位の高さと責任の重さを想像することすらできない人たちとの話が続いた。ときに通訳を交えての話は延々と続き、つかれたところで学校の先生とか友達に戻り、最後に何人かのおじさんとおばさんたちとの話になった。


「……『助けられなかった。すまない』か。謝るようなことではないと思うんだけれども」


その言葉をかけてくれたのは、自分の帰還にあたってくれた人たちだった。自分の知らないところで、多くの人が動いていたことをそのときにはじめて知った。


そして、自分が現実世界に帰ることができないということが、多くの人にとってはどうでもいいことでありながらも、哀しく思ってくれる人がいることに気付いた。


あの人たちは現実世界で忙しく動いているのだろう。圧倒的な、絶望的な現象を前になお、諦めることなく。


「……僕は死んでいるのか」


自分の手をみつめる。実感はない。全くない。


窓の外に目を向ける。


あいかわらず外は夜が覆い、雪はひたすら降り続けている。にもかかわらず、現状は快適そのもの。


「それとも……」


少年はつぶやいた。もう一つの考え方もできる。


「僕は最初の移住者になるのかな」


自分のつぶやきに頭をかくと、少年は大きく伸びをした。


「とりあえず、『破竜グリド』に一発ぶち込まないとね」


なにか世界は大きく動いているらしいが、自分がいまできることは、失恋の痛みを乗り越えるというささいなことでしかない。


まったくもって他人にとっては意味がなく、世界全体でみればなんの影響も及ぼさないものだろう。


だからこそ、自分の力で乗り越えようと思う。乗り越え、そしてその先にあるものを見つけようと思う。



この世界に存在する唯一のプレイヤーとして。

この世界にある、なにかを。

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