[六日目 10時12分・現実世界]

正直なところ、当初この圭太郎君の言葉はさして重要視されなかった。


少なくとも、現実世界で高橋君たち三名の帰還や、『運営』への対策に追われていた各組織は、宮内詩乃の帰還と共に開示された情報の確認に追われていた。


二人目が帰還した時点で、『運営』からは次のメッセージが表示された。


『まもなく、三人目が帰還します。そして、その帰還をもってこの「ザ・ゲーム・ショー」の配信は終わります。皆さまおつきあいいただきありがとうございました。我々からの一つのメッセージとして、この配信に使われたサーバーの位置情報を開示します』


次いで、サーバーの位置情報が開示された。


意外な、というか考えもしなかった場所にそれはあった。


月。


それが運営の示したサーバーの所在地であった。ただちに、月の軌道上にある探査衛星の情報が分析に回される。


その騒ぎの中での、圭太郎の発言である。


内容的には、年頃の男の子にありがちなものではあるし、なによりログアウトというスキルが有効であることは、姉妹の意識回復をもって確認することができた。


少年の帰還は遅れるかもしれないが、それだけのことである、と判いう判断はその時点ではなにも間違っていない。


事態が動いたのは――動いてしまったのには、二つの理由があるのではないかと、この半月後に作成される暫定報告書には記載されている。


一つは、圭太郎くんの言葉が、すなわちゲーム内に残り『破竜グリド』と戦うという非合理的な選択が『運営』にとって予想外であった可能性が高いということ。


もう一つは、その言葉に現実世界の人たちが大きく盛り上がってしまったことである。


ただしこれは当時を振り返ってこそ得られた分析であり、この時点では、その後の『運営』の行為と、それによって開示された事実による衝撃の予兆は、誰の目にも映っていなかった。


圭太郎くんの発言に、配信を見守っていた人たちは沸いた。


他人の失恋というのは面白いものだし、失恋した少年が男の子の意地で無茶なことをするというのも楽しい。


ゲーム内ということで身の安全は保障されているし。


というわけで、配信を見ていた人たちは彼の言葉に対しておおむね好意的な感想を抱いていた。それらはSNSを中心とした書き込みの分析からも明らかである。


それはまた、対策本部の一分室で配信を見ていた藤川議員たち三名もまた同様であった。


「ああ、はい。ありがとうございます。あと一人ですね。はい。文ちゃんおばさんも休んでください」


電話を切ると、藤川議員は二人に笑顔を向けた。


「宮内家の姉、宮内詩乃さんの意識も回復したとのことだ。目覚めたのが病院で、しかも周囲は無数の意思と研究者とその他もろもろということでやや混乱はしたらしいがね」


「この後が重要だな」


官僚が息を吐いた。


「本人たちの知らないところで、プライバシーが全世界にばらまかれたんだ。どのような形であれ支援は絶対に必要となる」


「だよねえ」


うなずくと政治家は画面に映る少年に目をやった。好まし気な笑みと共に頭をかく。


「勇敢、というべきかな。彼は」


好きなった女性が泣いていた、だからその原因となったものを殴りに行く、というのはさして意味があるものではなく、非合理的であり、さらにその成功率を考えれば無謀としか言いようがないものである。少なくともある程度分別がつくような大人であればとらない選択肢だろう。


隣にいた官僚の端末が鳴った。梶原が出る。話は短い。


「……ああ、わかった。情報、感謝する」


通話を切ると、梶原は視線を有能な秘書に向けた。それを受け、峰岸はパソコン前に移動する。送られてきた画像を大型モニターに映す。議員は首を傾げた。


「月の写真?」


ああ、と梶原はうなずいた。モニター前に立ち、一点を指す。


「月探査衛星の最新の写真だ。ここに人工物と思われるものがあるらしい」


「月の上にサーバーですか」


峰岸秘書が呆れたような顔をした。


「電力……とは限りませんが、これを動かすためのエネルギーはどこから来ているんでしょうね。それにどうやってネットに接続したのか。そしてなによりも――」


「本当に、人間の意識を取り込んだのか、だな」


梶原は腕を組むと画面を睨みつけた。


まあ、難しいことはいいさ、と藤川は大きく伸びをした。


二人が帰還した。残る一人が帰る道も確保されている。無意識に張っていた緊張の糸が切れたのだろう。あくびがとめどなく出てきた。眠気が途切れることなく襲い掛かってくる。


画面の中では、高橋圭太郎が二人のNPCと共にエレベーターに乗り込んだ。この迷宮から出て『破竜グリド』の討伐に向かうらしい。


「俺は少し仮眠するよ」


藤川議員は行儀悪くソファーに横たわった。


「二人はどうする?」


「自分も軽く休ませていただいてもよろしいでしょうか。梶原さんは……」


「あと少しだ。コーヒーで乗り切るさ。峰岸君は横になりたまえ」


ではお言葉に甘えて、と美貌の秘書は空いているソファーに倒れ込んだ。猫のように身体を丸める。


官僚がお湯を沸かす音が静かに部屋を包む。


コーヒーフィルターをセットしたときだった。


「起きろ! 二人とも!」


官僚の声に、議員と秘書は跳び起きた。即座にその視線が配信に向かう。


「……どういうことだ、これは」


三人の目の先には一つのアンケートが表示されていた。


人類の未来に大きく関わる、世界の一変をもたらす言葉がそこにはあった。

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