[六日目 09時20分・ゲーム内]

エレベーターの扉が開いた。地下迷宮八十四階は、大理石のようにきれいで滑らかな壁と床を持つ通路であった。


天井自体がオレンジ色の光を帯びており、空間自体は明るく清潔といったところ。


「リズさん。お姉ちゃんの居場所はわかりますか?」


「はい。曲がり角はありますが、この通路に分岐はありません。三つ目の角を曲がったところに、宮内詩乃さんはいます」


駆け出そうとする琴音の肩を、圭太郎がつかんだ。


「探索系のスキルをセットしてからだよ。すぐそこに宮内はいる。だから最後まで油断せずにいこう」


「……はい」


四人は一列縦隊を作った。希望により先頭は琴音が。次に圭太郎が続き、案内役のリズが三番目。「最後尾はまっかせて!」と手を上げたイルヴァが一歩離れたところで後ろを守る。


琴音が姉の名前を呼ぶ。

返答はない。


角を曲がるごとに緊張が高まる。


琴音は振り返った。圭太郎がそれを受け、ほほえみを返す。それだけで少し緊張がほぐれる。


最後の角を曲がった。


そこはいままでと同じような通路であった。そしてその奥に――


宮内詩乃がいた。


足音が聞こえていたのだろう。声も聞こえていたのだろう。


だが、武器を構えている。


その行為が、その選択が彼女がここまでくるまでにどのような出来事を乗り越えざるをえなかったのかを推察させる。


瞳が少年と少女をとらえた。


自分の妹であり、同級生であることを視覚がとらえているにもかかわらず、詩乃は武器を下げなかった。下げる、という行為をすることも忘れ、少女はただ二人を見ていた。


「お姉ちゃん!」


琴音が駆け出した。


圭太郎はそれに続かなかった。周囲を警戒しながらゆっくりと足を進める。なにが起きても対応できるように。なにが起きても、二人だけは守れるように。


「琴音!」


宮内詩乃が武器を捨てた。走る。姉妹は再会した。手を取り合う。抱き合う。互いの名を呼び合う。


「ほら、ケー君もいっておいで」


イルヴァが背中に手を当てた。


「周りのことならだいじょうぶ。あたしがちゃんと見ているから」


押される。右足が出た。「いや、そうは言っても探索系のスキルは僕が一番高いから」と口にするものの、一度歩き出した足はとまらない。加速する。


気付いた時には、姉妹のすぐ近くに駆け寄っていた。


ここで自分のアピールを兼ねて宮内詩乃の名を叫べればいいのだが、それができるようなら片想いをこじらせたりはしない。二人まであと数歩、というところで足が止まる。


止まってしまう。


ちょうど琴音が姉に事情を説明していたところだった。自分もゲームの中に閉じ込められたこと。案内役の女の子がこの場所を教えてくれたこと。同行者はその案内役のほかにNPCが一人と――


宮内詩乃が、同級生の姿に気付いた。


「高橋?」


「あ、うん」


なにか気のきいたことを言いたいところなのだが、思わず顔を見つめてしまう。


やっぱり好きだな、と思ってしまう。


こほん、と二人の間にはさまれた琴音が、わざとらしい咳ばらいをした。したのだが、高橋圭太郎君は、姉の顔を見つめたまま。姉はといえば、同級生がなにか言葉を続けるのかと待っている。


非常にいたたまれない。


もう一度、今度は力強さと音量を大きめに調整した咳ばらいをする。ようやく圭太郎の口が開いた。


「ひ、ひさしぶり、宮内」


あはは、と詩乃はわらった。


「なに、その日常なあいさつ。こんな状況なのに……」


そこで一呼吸はさむ。


「ひさしぶり」


NPCの二人が警戒を続けるのを見て、詩乃が首を傾げる。


「四人でパーティーを組んでいたの?」


「う、うん」


「ふむふむ。こんな可愛いこたちと一緒に、四人でパーティーですかぁ」


詩乃はにやりとわらった。


「よかったね。モテモテじゃない」


その言葉に少しぐらい、嫉妬――というか、せめて拗ねたような響きがあればよかったのだが、口調は完全に仲の良い友達に向けるもの。


あはは、いやぁ、もうモテモテでさ、と思いっきり棒読み口調で返事をしてから、話を片想いの相手に向ける。


「そっちは一人だったの?」


「うん。なんかすごいのと戦闘になって、ここに飛ばされて、なんか歩いても、歩いても終わりが見えなくて……ちょっと心が折れかけてた」


困ったような顔で、詩乃はわらった。


その笑顔に、過去の記憶が重なった。「わたし――が好きみたいなんだよね」と打ち明けたときに見たものにどこか似ている。


胸が、痛い。


だからこそ、圭太郎はいつもと同じ顔をしながら、いつもと同じ口調で尋ねた。


「ま、無事でよかったよ。それでこのゲームからの脱出というか……帰還条件なんだけれども」


簡単に説明をする。


「よかったぁ。簡単なやつで」


詩乃がほっと胸をなでおろした。


「すぐに使えるの?そのスキル」


「えーと……」


圭太郎はスキルを呼び出そうとした。だが、出てこない。代わってシステムメッセージが表示され、読み上げられる。


『申し訳ありません。現在、緊急メンテナンス中です。復旧までに要する時間は下記のとおりです』


カウントダウンのような時間が表示される。

あと十四分と三十二秒。


なんでこんなときに緊急メンテナンスなのか、とは思うものの、帰るためのスキルはほどなく使えるようになるらしい。


危険はなし、と判断したのだろう。案内役のリズと、狼系女子のイルヴァが三人に合流した、初対面の詩乃と挨拶を交わし合う。


「あと少しで帰ることができるんだよね」


妹の手を取りながら、詩乃は明るい口調で口を開いた。


「それなら、それまでの間、二人の話を聞かせてよ。どんな冒険をしてきたのか」

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