ショートショート『マンホール』

「ねぇ知ってる?」

たえちゃんが言った。

たえちゃんとの会話の始まりはいつもこうだ。


「なにを?」

私はいつものように言葉を返す。


「マンホールさんの噂」

たえちゃんは足下のマンホールをトントンと足で叩いた。


「…知らない。マンホールさん?」


「そう、マンホールさん。マンホールの中に住んでるおじさんの話」


「マンホールの中に住んでるの?」


「隣のクラスの子が言ってたんだけどね、1年生の女の子が学校からの帰り道マンホールの上を通った時に中から音がしたんだって、最初は気のせいかと思ったらしいんだけど、気になって耳を澄ませたらやっぱり音がするの。なんだろう、てしばらくそこにいたら急にバン!てマンホールを下から叩くような音がして女の子はそこで怖くなって帰ったんだって」

バン!のところでたえちゃんが急に声を大きくしたせいで私はビックリしてしまった。

少しムッとした私はたえちゃんに言った。


「その話のどこにおじさんがマンホールの下に住んでる噂に繋がるの?もしかしたら中で工事をしてただけかもしれないし、たえちゃんの話つまんない!」

たえちゃんはその返答を予想していたかのようにニヤッと笑った。


「でもね、その音がするマンホール、他にも聞いた子がいるんだって、しかもその聞いた子達は学年もクラスもばらばらだし、場所も違うの」

たえちゃんはさっきからずっとニヤニヤしている。どうやら私の反応を楽しんでいるようだ。


「中にはマンホールの下から何言ってるかは分からないんだけど確かに声を聞いた、て子もいるの、しかもおじさんの声。だからマンホールさん」

私は話を聞きながらいつの間にか頬を伝う汗を感じた。


「でね、その話を聞いた子達が言ってたマンホールの場所を繋げていくと……段々と私たちの学校に近づいてるんだってー!!」

たえちゃんはまた大きな声を出した。


たえちゃんの声に驚いて私はしばらく黙ってしまったが、乾いた口を何とか開けて言った。


「…でもでも!学校には先生や大人の人がいっぱいいるから大丈夫だもん!!」

私は完全にたえちゃんの話に呑まれてしまった。たえちゃんはそんな私を見てまたニヤッとし、口を開いた。


「…嘘だよー!」

たえちゃんは舌をペロっと出した。


「は?」


「もうさきちゃんビビりすぎー、こんな所に人なんかがいるわけないじゃん」

たえちゃんはケラケラと笑ってみせた。


そしてたえちゃんは今まさに先程まで話をしていたマンホールの上に立ち、そこでジャンプしてみせた。何度も何度も。


私はさっきまでの緊張感から解放された安堵感で肩の力が抜けた。


「…もうやめなよ。近所迷惑だし。…それに早くしないと学校遅れちゃうよ」

私はたえちゃんの背中を押すように急かした。たえちゃんがぶつくさ言い先を歩く中、私はちょうどさっきまでたえちゃんが乗っていたマンホールをチラッと見た。


すれ違った通勤途中らしいサラリーマンがそのマンホールに歩いて行った。そして咥えていたタバコを火も消さずマンホールの穴に落とし、スタスタと行ってしまった。

あっと思い、私はマンホールに近づいてしまった。







「あつっ」


マンホールの下から声が聞こえた。







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田中文学部の短いおはなし 田中文学部 @tanakabungakubu

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