ショートショート『幸不幸法』
新しい法律が制定されるらしい。
出勤前、朝食を食べながら見ていたニュース番組で綺麗なスーツを着た不自然な笑顔の女性アナウンサーが言っていた。
【幸不幸法】と言うらしい。
なんでも、幸運と不幸の量が人によって差があるからそれを皆一律同じにしよう、ということらしい。
よく分からないがつまりこの法律が制定されると、幸運な出来事があった人にはそれに見合った不幸な出来事が起こる。逆も然り、不幸な出来事があった人にはそれを埋め合わせられるだけの幸運な出来事が舞い込むよう国が補償してくれるらしいのだ。
国と言ったが、実際には国が作った最新のAIが判断し実行してくれるらしい。
最近はバラエティ番組でも見かけるようになった、異例の若さで総理大臣になった男が決めたのだとか。
会社に行くまでの電車の中では、この新しい法律の話題でもちきりだった。
私が乗った車両はさながら不幸自慢の集会所のような状況だ。
財布を落とした、彼氏に浮気された、仕事で失敗した、テストで悪い点をとった、などなど。
各々が自分の最近あった不幸な出来事を話し合い、それに見合う幸運な出来事とはなんだろう、と楽しげに話し合っている。
「あなたの最近の不幸はなんですか?」
隣に座っていた50ぐらいの年齢の男が急に話しかけてきた。
「・・・え?」
「私はね、妻に浮気されましてね、そのショックで仕事はミスばかり、毎日死にたくなるぐらい不幸でしたよ、ほんと人生終わったような気持ちでしたがね、この法律のおかげで救われる気持ちですよ。いやー、一体どんな幸運な出来事が舞い込んでくれんでしょうかね?もしかして宝くじの1等が当たったりして、いやそれぐらいに見合う不幸な男ですよ私は。いやいや、あんな何処の馬の骨かも分からないような若造が総理大臣になった時はこの国も終わりだと思ってましたけど、良い仕事をしてくれましたよ本当に」
と聞いてもないのにベラベラと語りだした。
隣でまだまだと不幸自慢をする男を無視して、私はあの若い総理大臣のことを思い出していた。
とある有名大学の学生時代、貧富の差について研究してたとか。
今回の新法はその研究の成果なのだろうか?
「幸不幸法今日の12時から適用されるって!」
前に立っていた学生が興奮気味に携帯を見ながら言った。
いくらなんでも早くないか?今朝ニュースで発表があったばかりじゃないか。
会社についてからも話題の中心は幸不幸法のことばかりだった。しかも、それが今日の昼からということで皆仕事どころではなかった。
残り数時間で不幸を作り出そうと皆模索していた。
取引先に電話をかけわざと怒らせ、無理やり仕事の失敗という不幸を作り出そうとするやつもいた。
しまいには自分の手に鋏を突き立てるなどの自傷行為に及ぶやつも出始めた。
そんな駆け込み不幸で社内に異常な空気が充満した頃、時計は12時のチャイムを鳴らした。
皆期待に膨らんだ顔をし、お互いを見る中、1人の社員が急に倒れた。
倒れた社員に近寄ると、息をしていなかった。
そこからは早かった。
他の社員も次々と、状況が飲み込めないまま、何が起こっているのか分からないまま、次々と倒れていった。
どんどんと死体の山ができあがっていった。
窓の外に目をやると、外も同じような状況らしい。次々と通行人が倒れ、車が歩道に突っ込んでいく。
私は何となくこうなることが予想できていたため、さほど驚きはしなかった。理由は単純である。
斜めに傾く視界の中私は思った。
普通に生活でき、この歳まで生きることができた、これ以上に幸運な出来事があるだろうか?
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