48 今どきの看病

「夏風邪ひいたみたいで」


 鼻をずずーっとすすりながら画面にそう言う。


『ちょ、大丈夫? なんか悲惨なことなってるけど』

『うん、見るからに顔が赤い』

『熱あるのか、あれじゃないのね?』

「うん、大丈夫、保健所に連絡して指示もらってから病院行ったから」


 そうなのである。

 夕べからなんか熱っぽくって、もしかしたら私もと思って電話で問い合わせたら、まず保健所に連絡って。


「しんどかったんだけど9時になるの待って保健所に連絡して、それで大丈夫じゃないかって言われてから病院行って発熱外来に通されて、そこで完全防備の医療スタッフに色々検査されて、簡易検査で一応陰性って」

『そうかよかったね、って、何が原因でも熱あってしんどいのは変わらないよね』

『水分と塩分摂らないとだめだよー』

『食べるもんとかあるの?』


 友人たちが画面を通して色々と聞いてくれる。


「いちおうあるんだけど、何しろしんどくてあんまり食べる気にも」

『ちゃんと食べないとだめだよー』

『いや、ほしくないってことは体が欲してないってことだから、無理に食べなくていいって聞いたことある』

『程度の問題じゃないの?』

『ずっと食べられないと命に関わるけど、アキの場合は栄養はたっぷり取れてるからしばらく問題なさそ』

『もっともだ』


 自分でもそのへんは大夫かなとは思うが、


「とりあえず、スポーツドリンクは買ってきた」

『何買った?』

「ピカリドリンク」

『あ、そっちか。風邪の時にはそっちのがいいかな』

『なになに、なんか違うの?』

『うん、ピカリとアクアウォーターは成分が違う。特にピカリは『飲む点滴』って言われてるぐらい体液と成分が似てるから、体調不良の時に飲むにはいいけど、糖分も多いから、なんもない時に飲むと太るよ』

『え、そうなん? 私、いっつもピカリ飲んでた』

『だからサエはまんまるなんだ~』

『もう、失礼ね!』


 みんながドッと笑い、私もつられて笑った。


『だからピカリ飲んでたら、ちょっとぐらい食欲なくても大丈夫』

『カナ詳しいなあ』

『そりゃ野球部のマネージャーやってて色々勉強したからねえ』

『それがこんなとこで役立つとは』

『こんな時期じゃなければ行って看病してあげるんだけどなあ』


 私達は高校の時の同級生で、みんな地元で働いているので全員実家住みだが、親が転勤で少しばかり遠くへ行って、仕事もあるし、数年のことだしと、私は一人でそのまま実家に残ったのだ。そういう理由で一人暮らし。


『やっぱ病気の時は一人は不安だよね』

『うん、本当、今の時期じゃなかったらなあ』

「いや、大丈夫だよ、ただの風邪だし」 

『風邪は万病の元、甘く見ないでゆっくり寝てなさいね』

「はい」


 そうしてテレビ会議を終えて、私は一人でうとうととまどろむ。

 体が熱っぽいし、やはり家に一人はちょっと不安は不安だ。

 まあ風邪ごときで死ぬとは思っていないけど、なんとなく心さみしい。


 どのぐらい寝ていただろうか、しばらくすると、


「ピンポーン」

 

 チャイムが鳴った。


「はあい」

 

 インターフォンの画面には宅配のお兄さんが映っていた。


「お急ぎ便です」


 なんだろうと上着を羽織って出て受け取る。


「1つはクールです」

 

 大きな荷物と小さな荷物が一つずつ。差出人を見てみるとカナになっていた。


 台所のテーブルで荷物を開ける。アイス、缶詰のみつ豆、りんごジュースなど、ひんやりと病人にうれしいおいしい物の詰め合わせ。


 もう一つは大きさの割に結構軽い。開けるとなんだか正体不明のふにゃふにゃしたぬいぐるみ。


「あ、これ、あれだ」


 テレビで見たことがある。介護施設なんかでお年寄りにうけてるって一応癒し系ロボット。大した動きはできないけど、手触りとその動きで癒やし効果があるらしい。


 さっそくまたテレビ会議につなぐ。


『届いた? 名前は代表で私だけどみんなから』

「ありがと~みんな」

『いいっていいって』

『元気になったら倍にして返してもらうって』

『またあんたはそんな』

  

 わあわあと女子高生に戻ってみんなで騒ぐ。


『ロボットちょっと触ってみ』


 電源を入れると、


「くう~ん」


 なんといっていいものか、顔があるようでないようで、手足もあるようでないようで、見ようによってはキモいとも言える造形なのに、そんな声で甘えてくると妙にかわいい。


『すりすりー』

「あれっ」


 カナの声に連動して、正体不明の生き物がすりすりしてくる。


『それさ、こっちからもネット経由で連動して動かせるの。もちろん持ち主がオッケー出せばだけどね』

「へえ!」


 その後、みんなが次々に色々と命令をする声に合わせて動いてくれた。

 頭に当てると頭をなでなで、頬に当てるとすりすりと、まるでみんなが本当に撫でさすってくれてるような。


『実際にそっちに行けないけど、これでなんとか元気になってよ』

「ありがとね、もうかなり元気になった」


 なんだろう。

 実際に触れてはもらえないけれど、今の時代だからこそ孤独を感じずに済んでる感じ。

 妙な癒やしロボットを通してみんなに看病してもらっている気分。


「これで一応の隔離期間3日間を乗り切って、元気になってみんなに会うよ」


 今は嫌な時代だけど、いい時代にもなったもんだ。

 そう思いながら私もロボットにすりすりした。

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