47 僕のジョン

「さあ、ジョンとお別れして」


 言われて僕はジョンを入れてる箱をおじさんに渡した。

 おじさんはジョンを連れていって、骨にして返してくれるって。


 ジョンは僕が生まれた時から兄弟みたいに育ってきた犬だった。

 ジョンの方が僕の5つお兄さんで15歳、人間にすると80歳近いおじいさんだったんだって。

 でも僕にとってはジョンはずっとジョンだ。


 ジョンが小さな箱に入って戻ってきて、写真の横に並べた。


「ジョン……」


 僕はさびしくてさびしくてさびしくてさびしくて、学校から帰っても何もする気にもならなくて、あれだけ大好きだったゲームも、マンガも、どれもどうでもいい気持ちになっていた。


 そんな頃、ジョンを連れていったおじさんがお父さんとお母さんに話をしに来た。


「ええ、よくあるんです。ペットロス、聞いたことはありませんか?」

「ええ、あります」

「家族みんながさびしいのは同じなんですが、特にあの子は生まれてからずっとジョンと一緒だったもので」

「ええ、分かります。ご心配ですよね。それでこれを……」

 

 と、おじさんはタブレットの画面を開いてお父さんとお母さんに何かを見せた。


「これは?」

「ロボットペットです。動物は個体差が大きいもので、火葬する前に色々とデータを取る必要があるのです。それをこういう形で活かしてはどうだろうとなりました。今はまだプロトタイプ、試作段階ですので、特別にサービス価格で制作させていただけますが、どうでしょう」

 

 お父さんとお母さんは顔を見合わせて考えている。

 サービス価格と言ってもそれはそこまで簡単に手が出せる価格でもないようだった。


「見た目はほぼ元通りのロボットジョンの制作が可能ですが、もちろん、生きていたジョン君との思い出が大事、そのような物は不要、それよりもデータを削除してほしいとおっしゃるのなら、そうさせていただきます」


 そう言われて、結局制作を頼むことになった。


「ジョンだ!」


 二ヶ月後、僕のところにジョンが戻ってきた。

 ロボットになって。


「ジョン ! ジョン!」

「ワン! ワン!」


 全く元通りのジョンだった。

 ジョンの性格などもインプットしてもらうために今まで撮っていたデータも全部渡してあったんだけど、ちょっとしたクセや反応の仕方、やってたいたずらまで元の通りのジョンだった。


 こうしてジョンとの生活が戻ってきた。


 僕とジョンは元通りになかよしの兄弟になったけど、僕が毎年お兄さんになっていってもジョンはそのまま。元々動物ってそういう感じが大きいけど、ロボットのジョンは本当に変わらぬジョンのままだった。


 ジョンが死んだ時小学校4年生だった僕は中学生になり、高校生になり、大学生になり、社会人になった。その間もずっとジョンはジョンのまま。ロボットのジョンの設定は死んだ時の年齢の15歳ではなく1歳、人間でいうと15、6歳の一番元気な時に設定してもらっている。


「もしも飼い主の方が高齢になられて、元気で持て余すようでしたら年齢の再設定もできますから」


 と言われていたが、まだ僕も若く、そのままの年齢のままにしてあった。


 そして僕は結婚し、子供ができて、ジョンは今度は子供たちのお兄さんになり、弟になってくれた。


 この頃になると、時々ジョンは故障をして修理をしてもらったが、修理を終えると元のジョンに戻り、また元気に走り回る。


 子供たちが大きくなり、大人になって社会人になり、今度は孫たちのお兄さんになり、弟になる頃、もっともっとジョンは頻繁に故障をするようになり、そして……


「そろそろ部品が調達できなくなってきましたし、これ以上は修理してもまたどこかがの繰り返しだと思います。いっそのこと、新しいボディを作成し、そちらにデータを移されてはどうでしょう」


 前から同じようなことは言われていた。

  

「お父さん、修理会社の方もそう言ってるし、そうしたらどうかな。それか、また別のロボットペットを飼うか、本物の犬でもいいよ」


 と、息子は言ってくれたが、そうではない、それは違うのだ。


「私はこのジョンがいいんだ」

「そうかい」


 僕がそう言って断ると、息子もそれ以上は何も言わず、


「できる範囲でお願いします」


 と、修理依頼をしてくれていた。


 さらに月日が経ち、僕はジョンが人間の年齢であったらと言われた年、80をとっくに過ぎたおじいさんになっていた。


「ジョンはどうした?」

「うん、お父さん、それがね」


 息子が言うには、もう修理は不可能だということだった。


 この頃ジョンはうとうとと眠ることが多くなった。起動すらできなくなり、スリープ状態で待機のまま、思い出したようにふと動くぐらいだ。


「そうか、ジョン、そうなのか……」


 僕はうとうとしているジョンの頭をそっと撫でる。

 ジョンは眠りながらゆっくりと少しだけ尻尾を振る。


「本当によくがんばってくれたなあ。こんなに長く一緒にいられるとは思わなかったよ」


 最近は僕もうとうとと眠ることが多くなり、一日のほとんどをそうしてベッドの上で過ごしている。


 たとえそれが機械でも、僕のジョンはずっと本当のジョンなんだ。

 夢の中で僕は10歳の僕、ジョンは1歳。

 そのままでいつまでも、最後まで一緒に走り続けるんだ。

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