43 禁断の領域

「え、関東の天津飯ってケチャップ味なの?」

「いや、逆に関西ってケチャップ味じゃないの?」


 一緒にテレビを見ていた一人がそう言って驚き、もう一人もそう言って驚いた。


「いやいやいや、赤いのが天津飯でしょ」

「いや、かに玉みたいな白い餡を乗っけたのが天津飯」

「うそ~」

「うそ~」


 お互いに「信じられないー」と言い合う。


 解説によると関東の天津飯の餡はケチャップが入った甘酢あんで、関西のは醤油味の甘酢あんの違いらしい。


「いやいやいや、白い天津飯なんてないわー」

「いやいやいや、赤い天津飯の方がないわー」


 わあわあと言い合うが、どちらも自分の方こそおいしいと信じているからどこまで言っても決着がつきそうにない。


「やめよ、どこまでも平行線」

「そうだね、まあその土地にはその土地の味があるってことで」


 そうなのだ、結局はそういうことなのだ。


「そういやたぬきって言えば関西ではそばなんでしょ?」

「そうそう、それも聞いた時びっくりした。天かすがはいったうどんがたぬきってなんでやねんって思ったよ」

「天かすって揚げ玉よね? 関西じゃ揚げ玉が入ったうどんはなんて言うのよ」

「ハイカラうどんかな」

「ハイカラ~? なんで?」

「いや、なんでかまでは。じゃあさ、関東じゃあげさんが入ったそばはなんての?」

「あげさんって、本当になんでもさんづけなんだね。油揚げのはいったそばはきつねそば」

「ぶっ、どっちもきつねなんだ」

「だって油揚げだもの」

「きつねがあげ好きってのだけは共通してるんだ」

「そうだね~」


 二人でそう納得する。


「他にもそういうのあるのかな」

「そういや、関西の中でも違うのあるよ」

「へえ、何?」

「かすうどん」

「かすうどん?」


 関東出身の方が目をぱちくりする。


「それこそ天かすじゃないの?」

「それが違うのよ、これは私も知らなかったんだけど、油かすがはいったうどんだって」

「油かすって何?」

「うーんと、牛のどこだっけかな、油絞った後のかすかすになった部分を油かすって言うらしいよ」

「へえ、初めて聞いた」

「同じ関西だけどどこだっけかな、大阪の南の方、河内だったかな? そのあたり発祥だった気がする。私も知らなかったし食べたことない」

「へえ、さすがに関西は食べ物無駄にしないんだ」

「だねえ」

「そういや天津飯に戻るけど、あれ、日本発祥って言ってたじゃない」

「言ってた言ってた、てっきり中国料理だと思ってた」


 さっきの番組、餡の話でわいわい言ってる耳にこそっと入ってきたのがその言葉だった。


「びっくりするよね~だったら和食じゃん」

「ほんとだ」

「日本発祥って言えばオムライスだってそうなんだよね」

「ああ、それは聞いたことある」

「オムレツとライスを合わせてオムライス、知らなかったら絶対西洋料理と思うって」

「思う思う。あ、私も思いついた」

「なになに」

「生姜焼き、あれも子供の頃西洋料理だと思ってた」

「って、え! 私は今もそうだと思ってたよ、違うの?」

「違うのよ、一応日本料理らしい」

「うわ、それでか、やっと謎が解けたー」

「謎?」

「うん」


 聞いた方があらためて説明をする。


「子供の頃ね、なんでも勝手に英語にしてみてた時期があってね」

「ほうほう、なかなか勉強熱心だ」

「そんで、生姜焼きって生姜がジンジャーだからジンジャーステーキだなって思ったの」

「それは合ってんじゃないの?」

「おそらく合ってると思う。問題はそこから」

「何よ」

「材料を英語に訳してて、豚はポーク、焼く油はオイル、そんで生姜はジンジャーじゃない? それから醤油ね、英語で醤油はソイソースだってのは分かったんだけど、なんで西洋料理の材料に醤油が出てくるんだろうって悩んだ」

「なるほど」

「それで、何かの番組で見たのかなあ、外国でも醤油が好まれてどうたらって言ってたので、ああそうか、新しい料理だからそれで醤油使ってるのかと納得してたのよ」

「へえ、そりゃ思うわ」

「でしょ? でも日本料理だって聞いて納得した。日本って豚肉食べてなかったからてっきり外国のだとばっかり思ってた」

「ほんとだね~」


 その後もひとしきり「いなり寿司の形」や「おにぎりに巻くのは焼のりか味付けのりか」などでわあわあと話が盛り上がる。


「こうして聞いてみると簡単にこの料理はこの味って言えなくなるねえ」

「本当だね、料理、奥が深いわ」

「ラーメンはどこどこラーメンってのやたらと多いけど、こりゃ増える理由も分かる気がする」

「私はあんまり種類とお店増えすぎて、もうどこのでもいいようになっちゃってるかも」

「言われてるお店はさすがにおいしいと思うけど、数時間並んでまでは今はないかな」

「並ぶと言えば、この季節はやっぱりかき氷かな」

「冷たいの食べるために炎天下に数時間並ぶのもなあ」

「でもその分おいしいかもよ?」

「かも知れないけど、その前に熱中症で死にそうだ」

「ほんっと、食べ物の話って終わらなくなるね」

「もっともだ。終わらないからテレビでもつけよっか」


 ぷちん、テレビがつくと画面では、


「関西ではチョコミント味があまり受け入れられないらしく、好きだと言う人は10%未満で……」


 どうやら禁断の領域に踏み込んでしまったようだ。

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