なぜポーションは飲み薬?
――ズバッ!
「ぐっ……!」
敵の攻撃を避けきれず、脇腹を切られた。
「下がれ!」
「あ、あぁ……!」
替わって前に出る仲間に任せて前線から下がると、腰のポーチを探る。
ガラス瓶の蓋を取り、一気に
連戦はやはりキツい。肩でしていた息が整うのを待って。
「――よし! 交代!」
もう一度戦うために前線に出た。
………………
…………
……
ファンタジーではお約束、魔法の治療薬・ポーション。
ゲームではお馴染みだが、『ポーションを使った』などと表現されて、その使用についてはアバウトだ。
これが文章・映像作品の場合、『使用時に飲む』とされている作品が多い。
患部にかける設定も時折見られるが、圧倒的に内服薬として使用している。
■厳密な『傷薬』は存在しない■
まず現実の事情だ。
内服薬だろうが軟膏だろうが、厳密な意味での傷薬――これを使えば切り傷・打撲に効くという薬は、存在しない。
意外に思うだろう。『傷薬』と銘打つ薬は実際存在するのだから。
だが、効果が違うのだ。
『風邪の特効薬が作れたらノーベル賞モノ』という話を聞いたことないだろうか?
市販の『風邪薬』は、実際には発汗作用・咳止め・粘膜の炎症を抑える作用、モノによって解熱作用があるだけ。薬を飲めば治るという『風邪の特効薬』ではない。
治すのはあくまで人間の体の自然治癒力。風邪薬はそれを待つのを少々楽にする効果しかない。
傷薬もそれと同じ。
外傷を負った時に使う薬には、軟膏と内服薬の二種類がある。
軟膏の場合は主に殺菌作用と、傷口の保護、保湿を目的としている。場合によっては止血作用もあるか。
内服薬の場合、鎮痛剤か抗生物質……痛み止めか化膿止めのどちらかだ。
傷を治すのはあくまでも自己治癒能力で、傷の再生を促す作用なんてありはしない。
……というか、薬効を浴びたら細胞が短時間で増殖とか起こり得たら、怖いんだが。ひとつでも遺伝子が傷ついた細胞があったら、ガン化してあっという間に死にかねない。
■外傷の薬をなぜ飲む?■
飲むだけで傷が回復する薬は存在しないと書いたが、まぁこれは現実の事情だ。
だからこそ、人間の願望として求め、フィクションの中に存在しうる。
なので『使えば傷がすぐ治る傷薬』がフィクション作品の中で登場するのは全然構わないのだが……
なぜ飲む?
ポーションは例外なく、小型のガラス瓶やフラスコ・試験管に入った水薬をして描写される。
そして飲む。
切り傷・刺し傷なら患部モロ見えなんだから、直接ぶっかけたほうが間違いなく効く。なんで迂遠な方法をわざわざ?
普通に考えたら、傷の薬は患部に直接塗らない?
内臓破裂とか打撲だったら飲む以外にないだろうけど、飲み薬が外傷に効くってどういう理屈?
例えば市販の頭痛薬は、一般的にはタブレットの飲み薬だ。
『なんで頭に塗らない?』という疑問を抱いたとしても、脳や神経の問題なので、皮膚の外からは届かない。胃や腸の血管を経由して薬効を患部に届ける飲み薬以外の選択肢がない。
そんな理屈が傷薬にあるか?
薬は粉薬や錠剤、カプセル剤などと、同じ薬効だとしても目的で形態が変わる。
水薬も同じことが言えるのだが、なぜ液体にするかの理屈は、大きく分けて二つだろう。
ひとつは粘膜への塗布。目薬・うがい薬などはこれだ。患部が皮膚に守られていない部分なので、薬効を直接届けることができるため、小細工抜きでぶっかければ済む。
もうひとつは体内への直接注入。注射針を通じて体内に送り込むには、液体以外の選択肢がない。麻酔や点滴薬全般はこれだ。
例外的に子供用の風邪シロップみたいなのもあるが、これは飲みやすさの問題で、大人になればスルーできるので、除外する。
しかし、傷薬であるポーションは、このどちらの理由にも当てはまらない。
粘膜ではない皮膚部分に使うシチュエーションが圧倒的と想定できるので、水薬である必要性は低い。体内の傷に使うとしても、錠剤を飲めばいいはずだ。
というか、使うシチュエーションで考慮するなら、錠剤か軟膏の二択だ。
屋内でケガすることも十分ありえるが、ポーションなんて魔法薬が登場する剣と魔法の世界なら、屋外での戦いが使用シチュエーションのメインであろう。
そんな状況へ、壊れやすい容器に入れた、こぼれやすい水薬を持っていくなんて、どう考えても不適当と言える。
■『ポーション=傷薬』は日本独自のサブカル文化■
そもそも英語での『Potion』は水薬、液状の薬全般を指す。『部分』とか『割り当て』といった意味も持つが、今回は関係ないので除外。
ただし薬といっても、実在の薬品よりも空想上の薬といったニュアンスがある。実在の医薬品は『medicine』を使うことが多い。
それで、だ。
実際に文中で使われる『Potion』は、効果を示す言葉が入る。
ハリー・ポッターシリーズだと、『Polyjuice Potion(ポリジュース薬・他者変身)』『Pepperup Potion(元気爆発薬)』なんてのが登場していた。
最近はどうか知らないが、洋ゲーだと『Potion of~』と記されていた。HP回復は『Potion of Healing』と。攻撃力UPなら『Potion of Strengths』とか。
『ポーション』という言葉のみで傷薬を示しているのは、日本独自のサブカル文化というか解釈なのだ。
これ絶対に大御所RPGシリーズのせいだよな……最後のファンタジー……
もうひとつの大御所RPGシリーズ、竜を倒す冒険で出てくる薬草は、まだいいのだ。
『やくそうをつかった!』だけでは、どのように使っているかが明確になっていない。草を食べている可能性もあれば、患部に塗っている可能性もある。ふんわりしているから判断しようがない。
他に、食べ物で回復? という疑問も生まれる作品も、そこまでファンタジーだとツッコめない。『そういうもの』として流すしかなかろう。
で。ポーションに疑問を感じない人も、その延長の感覚だろう。
全てを数値で管理しているゲーム内ならば『ポーションを使った』で充分なのだが、現実的に空想を描写……つまり小説や漫画の場合だマズい場合が考えられる。
本気でやろうと思えば、ポーションがどのように人体の損傷を回復させるのか、生化学的なメカニズムを設定する必要があるのだが、詳しくやると面倒で長い話になるので割愛する。
効果が『自然治癒力を高める』だと、異物が体内に入った場合や、折れた骨が飛び出す開放骨折を起こしていたら、どうなるの? あと
『元に戻る』的な効果であれば、『低級のポーションだと欠損した手足が元に戻ることはない』といった、多くの作品で見られる設定と矛盾してしまうんだが?
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