第6話

 ここで時間を巻き戻し――西暦2015年。埼玉県草加市で町おこしの一環としてARゲーム展開しようと提案したのは――ひとりの職員だった。職員と言っても、彼の趣味がオタク的な物だった訳でもなく、何故にこの提案がされたのは未だに不明である。彼は将来的にARゲームがブームになると考えたらしい。それを踏まえた上での提案だった。歴史の教科書でも古代ARゲームが触れられていた事も、今回の提案に関係があったのかは分かっていないが。



 ある日、草加市役所内の会議室では定例会議が行われている。その定例会議では草加市で行う予定のイベントに関しての企画検討が行われようとしていた。会議室内では、さまざまな企画が提案され、それに関する議論も行われており――中には却下された案もある。


 そう言った状況で、あのARゲームに関する案が提案されたのだ。これには周囲もドン引きだったが、それは最初だけだったと言う。職員の半数はARゲームに関しては反対派である為に、例の意見が却下されるのは目に見えているが――。


「そのような歴史が実在するとは思えない!」


「明治維新以降で解読できていない文書の類は多いという話があるが、それとこれとは話が違う」


「君は魔法等のファンタジー小説の様な物が実在すると本気で思っているのか?」


「あくまでも古代ARゲームは一部の歴史学者による妄言だという見解も出ている。教科書の採用にしても――」


 古代ARゲームに関しては歴史認識でも間違っているとする派閥も存在し、それを理由に展開するのは非常に危険だとする意見もあった。


「歴史認識は未解読の文書次第で変化します。しかし、それを考慮しなかったとしても――ARゲームはブレイクするでしょう!」


 しかし、この職員は譲らなかった。古代ARゲームがなかったとしても、ARゲームはブレイクすると。


「本当に、ゲームで町おこしが出来るとでも?」


「にわかには信じがたい。アイドルで町おこしの方が早いのでは?」


 対抗意見が出る事は考慮済みで、ARゲームがブレイクすると信じている職員はある映像をスクリーンに表示した。


「これは、別の地域の一例です。町民の理解を得たことで、地域振興としても多大な結果を残している事例は存在します!」


 彼が事例として提示したのは、茨城県大洗市の事例である。それ以外にも、さまざまな成功例を提示してアピールをする。


「それはあくまでも成功事例。失敗事例も多くあるのは知っているだろう?」


「だからこその超有名アイドルによる地域振興が手っ取り早い――」


 ある人物が超有名アイドルの単語を出したことで彼は不快感を示す。顔には出していないが、明らかに――超有名アイドルに関しては否定的と目を見ても分かる。


「超有名アイドルを地域振興に利用したとしても、一部のアイドル投資家のみにしか効果はないでしょう。それに、芸能事務所に億や兆にも及ぶ大金を払うのであれば――」


 この後も会議は続くのだが、この後は議事録にも詳細な記載がない。何故、記載しなかったのかは不明である。それから数カ月が経過した7月には、ARゲームによる地域振興を行う事が決まったらしい。この社員は更迭されたり退職したという話が出てくる事はないが、該当部署を外された可能性は否定できないだろう。一体、彼と市役所との間に何があったのか?



 それから1年後の西暦2016年、あの時の発言は現実となった。ARゲームではないのだが、位置識別型のスマホアプリが爆発的にヒットしたのである。さまざまなバリエーションが展開される内に、モンスターをゲットしていくタイプのアプリが爆発的にヒット、それによって発生するトラブル等が社会問題化していた。


 ニュース番組等では、そのゲームを悪者扱いにし、それとは違うはずのARゲームにも風評被害が及ぶ。当然のことだが、草加市にも市民からトラブルの報告が相次いだ。中には、単純に超有名アイドルの方が人気に出ると作為的な偽情報を拡散するケースもあるのだが――。


「やはり、超有名アイドルタイアップ型にしておくべきだったのだ」


「アイドルタイアップならば、政府が援助をしてくれるという話もある」


「今からでも遅くはない。超有名アイドルの――」


 今回の事件を受け、草加市がARゲームでの町おこしを取りやめ、今からでも超有名アイドルコラボに変えるべきと発言するが――彼には聞く耳持たずであった。


「それが、今回の狙いでしょう。超有名アイドルコンテンツで日本は全世界を手中に収めようとしている。それこそ、超有名アイドルは唯一神であると海外に知らしめるための――」


 結局、ARゲームでの町おこしは続行される。その後、超有名アイドルの芸能事務所が草加市の行動に関して非難する声明を発表するが、これは一部のまとめサイトによる罠だった。現在の彼は該当部署を外されており、今回の一件に関してはノータッチのはずだが、これも風評被害だろうか?


【アイテム課金型ソシャゲとARゲームはシステムも違うと言うのに、同じように見るのは――】


【AとBは違うのに、同一に扱われるのはネットではよくあることだ】


【最近言われるようになったクラウドファンディングゲームは一体――アイテム課金を投資と言う形にしたゲームではないのか?】


 ネット上のつぶやきでは、今回のARゲームが爆発的にヒットした事よりも別の事が話題になっている。



 そこから先、一連の事件がどうなったのかはネット上を調べても詳細が書かれていない。その理由として、まとめサイトの記述ばかりが拡散し、真実が書かれていないという話もある。


「結局、アカシックレコードに書かれた技術を使う事――それがコンテンツ流通の戦争を呼ぶ展開になるのか」


 町おこしを提案した職員は思った。自分が目撃したサイト――アカシックレコード、それが世界を歪めてしまうサイトだったのかもしれない、と――。


 その後、彼の姿を草加市役所で見た者はいない。該当部署を外された事により、市役所に関して恨みがあったという事がネット上では書かれているが、市役所側は否定している。それに加えて、その彼がARゲームの運営に加わったという可能性も運営側の取材で否定。運営に関しては「個別案件」と言う事で詳細を語ろうとはしない。こうした反応もアイドル投資家や他の勢力が暗躍する事を許した可能性は高いだろう。



 西暦2019年3月、その職員は気が付くと草加市役所ではなく、別の勢力に招集されていたのである。そのガーディアン組織は正しいARゲームの知識を伝え、ネット炎上勢力の思うようにはさせないという趣旨の団体。ARガーディアンと呼ばれているようだが、それはネット上での話であり――実際の組織名は不明だと言う。


「人の命を軽んじるデスゲーム推進勢力、超有名アイドル以外を認めないようなフーリガン――そうした勢力は許す訳にはいかない!」


 彼の発言こそ、ネット炎上勢力の思う壺とも知らず――。これが悪魔の3日間、あるいはネット炎上戦争とも言われるきっかけである。この3日間の詳細はアカシックレコードにも記載がない。WEB小説サイトには、いくつかの二次創作があるのだが、大体がナマモノと言われる部類の作品で、資料としては役に立つ事はなかった。しかし、この夢小説やナマモノカテゴリーの作品は、後にARゲーム運営で大きな意味を持つようになる。



 4月10日午前9時50分、コンビニから近くのゲーセンへと移動していたのは飛龍丸(ひりゅうまる)だった。彼女の目的は――ゲーセンにあるのだろうか?


「あの事件さえなければ――」


 飛龍丸は一連の事件に関して、不満しかないような表情をしている。しかし、それを今更言った所で歴史を変える事は出来ないだろう。彼女にはタイムリープ能力を持っていなければ、世界線を越えるような事も出来ない。歴史改変能力や記憶操作の部類なんて、もってのほかだ。そこまでできれば、もっと別の行動を起こすだろう。


「ARゲーマーにしかできない事を、伝えていくしかないのか」


 飛龍丸は思っていた。自分にしかできない事、それをこなしていくしかない。対話のテーブルを用意し、完全和解とまではいかないまでも――ARゲームの風評被害を止める為に。

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