11

――そして早朝になり、一心いっしんたちはホテルを出た。


昨夜のうちにトゥルーが仕込んでおいたマテリアル·バーサーカーらは、いつでも暴れられる状態だ。


「どうホロ? 知覚共有はできてる?」


「うん、バッチリ。いつでもいけるよ~」


「じゃあ、マテリアル·バーサーカーを動かすわ。照準開始」


トゥルーがそう言うと、一心たちがいる位置から離れた場所にマテリアル·バーサーカーが現れた。


早朝の街の各所に出現したのは、前に訓練用に一心が戦ったデフォルメされた布でできた人形ではなく、巨大なペロペロキャンディーや板チョコのお菓子、さらには宝石や時計などの貴金属のような外観をしたものだった。


ホロは両目を瞑ったまま宙に浮かぶと、まるで楽団の指揮者のように手を振り始める。


「砲撃、射撃データすべてにリンク。マテリアル·バーサーカーに伝達」


「作戦開始。これより街を破壊する」


ホロの言葉に続いてトゥルーが口を開くと、街中で爆発が起こった。


マテリアル·バーサーカーが魔法陣を出現させ、そこからレーザーのような光線を発射、攻撃を開始したのだ。


無差別に行われた魔法攻撃の嵐で、早朝の静けさはかき消され、街は一気に火の海となった。


「いい感じだね。戦場は遠距離攻撃で始まり、始末は接近戦で終わる。うん、基本に忠実なやり方だ」


「それじゃワタシたちも行くわよ。ホロはそのままマテリアル·バーサーカーに指示を。一心は周囲の警戒をお願い。警察か自衛隊が現れたらすぐにワタシに言って」


トゥルーが前を歩き出し、一心は彼女の後をついて行く。


人気ひとけがなかった街に、次第に避難を始める群衆の姿が見え出した。


その格好は寝間着の者も多く、慌てて逃げようとしていることがわかるものだ。


その逃げ出していく人の波とは反対方向を、トゥルーを先頭に進んでいく。


「ホロ。状況はどう?」


「西側のほうにはもう警察が駆け付けているみたいだよ。東のほうは空から自衛隊のヘリコプターが複数飛んできてる。あと、強い魔力反応を感じるね。敵側の絶縁者アイソレーターが対処に向かってるみたいだ」


「どうやらこっちの思惑通りに動いてくれているみたいね」


相変わらずフードで顔が隠れているので表情はわからないが。


一心はトゥルーの発した声を聞いて、まるで別人かと思った。


普段の穏やかで暖かさを感じさせるものではない。


まるで身体の芯まで凍らせるような冷たい声。


一心は戸惑いながら、これが人間と悪魔の戦争なのだと、思わず生唾を飲み込む。


「戦力的に短期決戦しかできないのは痛いわね」


「それは敵も同じだよ。なんていったって早朝からボクたちが襲撃してくるなんて考えないもんね〜。でも、時間がない分は実力でカバーするしかないよ〜。トゥルーは心配いらないけど、せいぜい頑張ってね、一心。初めての実戦でビビッちゃってるみたいだけど、君次第で結果が変わっちゃうんだからね~」


ホロの言葉に、トゥルーは何か違和感を覚えたのか、フードから見える口元を歪めていた。


だが一心はそんな彼女のことを気にしている余裕などなく、うわずった声で返事をする。


「お、おう! 作戦通りに俺がトゥルーを守ってみせるさッ!」


無人となった道路の真ん中を歩いて行く一心たち。


爆発はさらに激しくなり、その中には人間たちの悲痛な叫び声が混じっている。


目的地である東京都庁舎は目の前だ。


普段から観光客用に自由見学できるため、特に見張りなどはいない。


かといって当然早朝から開いてるはずもなく、トゥルーが出入り口の扉を蹴り飛ばし、一心たちは中へと入って行く。


「誰もいないみたいね」


「そりゃそうさ。時間的に一般人が見学できるのは、たしか午前9:30とか10:00くらいのはずなんだからね〜。敵がいるとしたら地下だよ~」


建物内に入り、セキュリティゲートを抜けると、ホロが詠唱を始める。


すると一心たちの足元に魔法陣が現れて床に大きな穴が開いた。


「さて、ここからはきっと敵がウジャウジャいるから気を付けないとね~」


「わかってるわ。ホロは目的の物がある場所まで案内。一心は近づいてきた敵の足止めを」


「大丈夫だよ、トゥルー。一心はわかってるさ。ねえ、ちゃんと昨日の夜に確認しあったもんね~」


ホロがいつもの調子で声をかけると、一心は力強く頷いて返した。


建物内の敵をすべて殺せ――。


ホロからはそういう話だと聞いていたが、どうやら地下にいる人間たちのことのようだと、一心は理解する。


大丈夫。


心配ない。


人殺しなんて大したことない。


警察なのか自衛隊なのか相手はわからないが、どうせのうのう生きてきた連中だ。


自分やトゥルーの味わった苦しみを思い知らせてやる。


彼女のためならばいくらでも人を殺してやる。


それが自由を与えてくれたトゥルーへの恩返しだ。


拳を強く握りこみ、一心は絶縁者アイソレーターの力を発動させた。


その身体に、刺青のような模様が現れ始める。


「一心? どうしたの? まだあなたの出番じゃ――」


「ふふふ。さあ始めようか! せいぜい頑張ってくれよ、一心ッ!」


トゥルーの言葉を遮り、ホロが突然声を張り上げた。


そして一心は、白いキツネの大声を聞くと、床に開いた穴へと飛び込んでいった。

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