対魔組織ディヴィジョンズ
コラム
01
都内にある女性用風俗店で、中年の男が車椅子を押して店内を進んでいた。
女性用風俗店の多くがデリバリーサービスが基本なのだが、めずらしく店舗を持つタイプだ。
今日も来店する客のために、各個室で様々な容姿端麗な男性らが性的サービスをしている。
中年の男が受付で足を止めると、それを見た店員が苦い顔をした。
「また来たんですか? うちは今キャスト募集をしてないってこないだ言ったじゃないですか」
「そこをなんとかさ。うちの
どうやら中年の男は、車椅子に乗る少年をこの店で働かせようとしているようだった。
それも以前に断られているにも関わらず、しつこく食い下がっているようで、店員の態度が悪くなるのもしょうがない。
「この店は男でも身体を売るんだろ? こいつを見てくれよ。面だけはそこそこいいんだ」
「いや、そこじゃなくてさ。あんたの
店員はスマートフォンをいじりながら、どうでもよさそうに言葉を続ける。
「一昔前ならともかく今はそんな無茶できないから。それに自分で歩けない人間は雇えないよ。お客さんにサービスできないでしょ、そんな身体じゃ」
「介護プレイを売りにするとか、いくらでもやりようがあんだろ? なあ、頼むよ」
「無理無理。いいからさっさと帰ってくださいよ。あんまりしつこいとこっちも出るとこでますよ。営業妨害だってね」
結局、中年の男の願いは叶わず、店の奥から出てきた黒服に追い出されてしまった。
その後、中年の男は渋々自宅である団地へと戻った。
乱暴に車椅子を押しながら、ブツブツと文句を呟いている。
男の甥と思われる車椅子に乗る少年は、先ほどから俯いたまま何一つ言葉を発さない。
「おら、さっさと降りろよ!」
家に戻ると、中年の男は少年ごと車椅子を蹴り飛ばした。
玄関に転がった少年は、表情を変えることなく、ただナメクジのように這って奥へと入って行く。
そこら中にゴミの詰まったビニール袋が錯乱し、大手飲料メーカーが出しているビールよりもアルコール度数の高いチューハイの空き缶も、ゴミ箱に捨てられることなく転がっているのが見える部屋。
さらにはそれらとタバコの臭いがこびりついており、もはや換気しても取れないくらい染みついていた。
「ふざけやがって……。なにが出るとこ出るだ! 社会の底辺が粋がってんじゃねぇぞ!」
中年の男は冷蔵庫を開けると、転がっている空き缶と同じ銘柄のチューハイを一気に飲み干す。
そして、空き缶を少年に投げつけた。
「テメェはいつになったら働くんだよ! 無駄メシ食いが!」
中年の男は少年の顔面を蹴り飛ばすと、馬乗りになった。
そこからさらに握った拳を振り落とし、反抗しない少年の顔が腫れ上がっていく。
「こんな奴を俺に押しつけて死にやがって……。テメェも姉貴と一緒に事故で死んでりゃよかったんだ!」
髪の毛を引っ張り、酒臭い息を吹きかけながら中年の男は少年を殴り続けた。
次第に血塗れになっていく少年だったが、その表情は虚ろで、苦痛による叫びも呻きも悲鳴すらもあげない。
おそらく慣れているのだろう。
その態度は、ただ暴力という嵐が過ぎるのを待っているだけのように見える。
少年の名は
彼は元々は母と二人で暮らしていた。
だが一心が物心つく前に交通事故で母は死に、彼は下半身不随となった。
その後、父親がいないのもあって、唯一の身内である叔父に引き取られた。
まともに学校に通っていれば中学生、いや高校生くらいの年齢になっていたが。
一心は自分の年齢さえ知らない。
ずっとこの汚い部屋に押し込まれ、誰とも会話することもなく、ただ叔父の暴力を浴びる生活を強いられている。
「テメェももういい大人だろ!? いい加減に働けよ! いつまで俺に頼ってんだよ! 金なんてすぐになくなっちまうんだぞ!?」
何の反応も見せない一心に、叔父は罵倒と暴力をぶつけていく。
すでに交通事故で死んだ母の保険金が底をつきかけており、また彼自身も一応自営業主の肩書きを持ってはいるが、まともな収入はない。
かといって一心は半身不随で仕事などできない。
そこでここ最近は風俗店を回ってなんとか一心を働かせようとしていたのだが、当然どこへ行っても断られてしまっている。
「誰のおかげで生きてられんだ!? なんとか言えよ! 言ってみろよ!」
役立たずは生きる資格なし。
叔父は一心を引き取ってから毎晩のように彼に死ねと言い続けていた。
小さな子供が毎日そんなことを言われ続けたらどうなるか。
その結果、一心は感情を失い、自分はいらない子なのだと思うようになっていた。
学校もろくに行ったことがないのもあり、さらには絵本の一つを与えられない――ものを知らない彼は自殺という選択肢すら考えられない。
他人との関わりは叔父からの暴力だけ。
一心は、どうして自分がこんな目に遭っているのかということすら理解できない。
そんないつもと同じ状況だったが、突然玄関の扉が開いた。
叔父は鍵をかけたはずだと玄関のほうを見ると、そこにはフードを深く被ったトレーニングウェア姿の人物が立っていた。
一体何者だと、叔父が声をあげようとした瞬間、狭い汚部屋に炎が舞い上がる。
「なッ!? あぁぁぁ!」
青い炎は叔父を一瞬で焼き尽くし、骨まで残さずに消してしまった。
その光景を見ていた一心は、叔父が焼き殺されたという事実よりも、その鮮やかな青い炎に見とれた。
なんて綺麗なのだろうと、これまで感じたことのない心の動きに戸惑っていた。
「あなたが楠木一心ね」
トレーニングウェア姿の人物は、呆けている一心に声をかけてきた。
その声は女性――少女のように高い声だった。
ピッタリとしたトレーニングウェアで体型がわかるのもあって、突然叔父を焼き殺した人物が女であることを一心は理解した。
女は一心に言葉を続ける。
「大事な話がある。あなたは、
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