お猫様探偵

雪野蜜柑

お猫様探偵〜クッキー勝手に食べたの誰だ事件〜

ここはとある住宅地の至って普通の一軒家。なんの変哲もない、けど他の家よりちょっと騒がしいぐらいの極めて一般的なこの家では毎日何かしらの事件が巻き起こっていた。今日も、ほら。また騒がしくなってきた。


ない。たしかにない。今朝まであったはずのものがない。限定のデパートのクッキーがない。私がパート先でもらってきた、ちょっといいとこのクッキーがない!今朝出かける時に今日のおやつに食べようと思っていたのに。これは…事件だ。到底許せる行為ではない。我々…いや、私一人か。私は徹底的に交戦するつもりであります。いけない、おかしくなってきた。ええい、知ったことか、食べ物の恨みは恐ろしいんだ。そうして私はその時家にいた人物たちを集めた。


「よく集まってくれた。今回集まってもらったのは他でもない。高級クッキー紛失事件についてだ。私の見解では、犯人はこの中にいる。」

私は周りを見渡す。席についているのは長女の茜、長男の太郎、末っ子の優だ。我が高宮家では何か事件が起きた際には家族会議という名の犯人捜索が始まる。

「え〜私じゃないよ。私お母さんが家出た後すぐ出たよ。食べる時間なんてなかったよ。」

大学に通い獣医を目指す茜は忙しい日々を送っている。しっかりしている風だがなかなか抜けているところもある。確かに今日は早くから準備をしていた。しかし食べる時間がなかったとは言い切れない。そもそも茜は前科が多いのだ。シュークリーム事件の惨状は忘れてはいけない。食べ物の恨みは恐ろしいのだ。

「俺じゃねえよ。もういいだろクソ。こっちは忙しいんだよ。」

明らかに暇そうな太郎は高校2年生だ。どうにも反抗期というものに入っているらしくまったくいうことを聞かない。しかし面倒ごとにはなりたくないのか席にはしっかりついている。こういうところはまだまだ可愛い。実は一番前科が少ないのが太郎だが何せ食べ盛りだ。お菓子を食べることは少ないがいくらご飯を作っても足りない。

「僕は家にいたけど誰かが食べてる様子はなかったな。」

末っ子の優は中学2年生だ。上の二人を見ていたからか優しく穏やかないい子に育ったと思う。我が子ながら手にかからない子になった。しかし前科は意外にも多い。どうやら良くないところも学んだらしく、そもそも隠すことが上手くなったりごまかしてきたりするようになった。末っ子だからと甘やかしすぎたのかもしれない。

「どうせ太郎がお腹すいて食べたんでしょ?さっさと白状しなさいよ。」

「はぁ?ふざけんなクソ姉貴。そんなクッキーなんて俺食わねえよ。いつでも腹減ってるわけじゃねぇんだよ。そういう姉貴こそ犯人なんじゃねぇの?最近太ったのもそういうの食べすぎたからじゃね?」

「あんた言って良いことと悪いことあるわよ!」

茜と太郎がギャンギャン噛みつき合う。

「デケェ声出すんじゃねぇ!このバカ!」

「バカって言ったほうがバカでしょ!バカ!」

一体幾つなんだ君らは。末っ子を見習え。

「太郎と優は今日家にいたんだよね?なんか見た?」

そうやって尋ねてみると優が

「うーん、でもずっと部屋にいたからわかんないな。兄さんもでしょ?」

「まあな。」

そうか、手がかりはなしか。

「ていうかママが自分で食べちゃったんじゃないの?なんか前そういうこともあったよね。」

前のことは忘れろ!と思うが自分でも覚えがあるためそれは言わないでおく。

「食べたとしたらあんたたちにわざわざ言わないわよ。完全犯罪にしておくわ。」

「それはそれでクソだけどな。」

私がもらってきたクッキーだ。君らももう子供じゃないんだから受け入れたまえ。

「とりあえず怪しいのは太郎ね。なんでいまこの晩御飯前にお腹すいてないかわからないもん。」

「俺だっていつでも腹減ってるわけじゃねぇって言ってんだろ!それにずっと黙ってる優の方が怪しいぞ!本当に部屋にいたのかよ!」

「いたけど…。僕は姉さんだと思うな。帰ってきてすぐ部屋に引っ込んじゃったもん。部屋でこっそり食べたんじゃない?」

「そんなことしないって!」

話が振り出しに戻ってしまった。こうなったら彼を呼ぶか…。

「ワトー!今回も教えてー!」

そうやって声を出すといつの間にそこにいたのか床から飛び上がって食卓の真ん中に座った。彼の名前はワト。うちの猫だ。推理小説好きの茜がかの有名なシャーロック・ホームズの語り手のワトソンから名前をつけた。すると何故かうちで起こる難事件をたちまち解決してしまうようになった。我が家の探偵さんだ。しかし気まぐれなので答えにすぐ導いてはくれない。もしかしたら遊ばれているだけなのかもしれないが、今はそれ以外に手がかりがない。

「今回の事件のことわかる?」

なんて聞くと

「にゃぁお」

なんて言って机からぴょんと飛び降りた。言葉が通じてるのかと思うぐらいだ。そしてスタスタと歩き出す。その後を全員でついていく。ワトは階段を登っていった。階段の上はそれぞれの個室だ。そんなところに何かあるのだろうか。階段の前に行くと子供達がそわそわし始める。やっぱりこの中に犯人はいそうだ。


「にゃあ」

そう言ってまず太郎の部屋の扉をカリカリとし出す。もしや太郎なのか。

「なんだよワト。なんもねぇよ。入んなよ!」

そう言って太郎は私たちが部屋に入るのを阻止しようとするが、我が家のヒエラルキートップはワトだ。太郎が敵うわけもなく「にゃあ」の一言で侵入を許してしまった。

部屋に入るとかなり汚くなっていた。

「あんた掃除しなさいよ!」

「ウッセーよ!良いだろ俺の部屋なんだから!」

また別の事件が起こりそうになったが今日のところは見逃してやろう。今度いない間に掃除してやる。

「にゃー」

ワトは部屋に入ると真っ直ぐに太郎の学校カバンに寄って行った。

「その中にあるのね!」

茜が真っ先に駆け寄って鞄を強奪する。

「おい!やめろ!おい!」

騒ぐ太郎をよそに茜はカバンの物色を始めてしまう。

「うわ、プリンとくちゃくちゃ…。これテストじゃないの?」

「バカ姉貴!やめろっつってんだろ!」

ついに太郎が力尽くで鞄を放ったくる。しかしその勢いが強すぎたのか中身が全部飛び散ってしまった。

「ん?何これ。」

その一番上に可愛らしいラッピングの後と「頑張って作ったから食べてね。」と可愛い文字で書かれた手紙がくっついて出てきた。

「兄さんそれって…?」

「あああああ!見んなくそ!」

慌てて太郎が隠すが見てしまったものは仕方ない。それに私と優だけじゃないぞ見たのは。

「へぇ〜?これはこれは可愛らしいプレゼントだねぇ?そっかーこれ食べたからお腹も胸もいっぱいだったのかー。そうかそうかー。」

茜がニヤニヤしながら話す。太郎は珍しく大きな声も出さず

「最悪だくそ…。」

と俯いた。ここは母の出番か。

「とにかく太郎が犯人じゃないのは分かったわ。次行きましょ。」

そういうとワトも部屋を出る。茜は「チェー、つまんないのー」なんて言いながらついてくる。だがこれだけは言っておかなければ。

「それと太郎。」

「んだよ…。」

「大事にしなさいよ。」

「…うす。」

うん、良い返事だ。


次は茜の部屋である。ここはドアを叩かずその前で丸まってしまった。

「よし、開けるぞ。」

復活したらしい太郎がやられたことをやり返そうとすぐに前に出る。

すると茜が

「ちょ、ちょーっとみんな?お腹空かない?今日は私が出すから外食にしようよ!」

なんてとぼけ始める。今更なんのつもりだ。

「姉さん、それは無理あるでしょ…。」

「バカ姉貴!良いから入るぞ!」

そうやって強引に突破しドアノブに触れようとしたところで部屋の中からガタッ、と音がした。茜がスッと目を逸らし後ろに下がっていく。こいつ逃げる気か!

「させるか!」

太郎が茜を羽交い締めにする。

「ちょっと離しなさい!」

「優!開けろ!」

そう言われた優がゆっくりとドアを開ける。部屋の中は綺麗にされているが部屋の真ん中にタオルが引かれており、その上にちょこんと1匹の子猫が座っていた。

「茜、説明しなさい。」

これは流石に放って置けない。茜は諦めたように小声で

「たまたま道にいて、弱ってたみたいだから家に連れてきて診察してたの…。」

獣医志望の茜はどうやら弱っていた猫を放って置けなかったらしい。全く良い子なんだか悪い子なんだか…。

「だから姉さんすぐ部屋入ったんだね。」

「うん…。ねえママ、この子どうしよう。」

はぁー、っと大きなため息をつく。

「拾ったからには最後まで責任取りなさい。命の重みを知る良い機会かもね。でもそういうときはちゃんと言いなさい。」

「え…うん!ありがとう!」

家計が苦しくなるが、この子の世話代は茜に任せてみようか、なんて今後を考える。するとワトがちょこちょこと子猫に近づき毛繕いを始めた。

「この子の世話をしてたなら茜でもないわね。そんな暇なさそうだもの。」

茜の性格からしても子猫を抱えてクッキーなんて食べないだろう。それなら残りは一人だ。


子猫が落ち着いた後、茜の部屋で休ませて次に進む。ワトは優の部屋の前に着くと今回は鳴くこともなく優の方をじっと見つめた。なんとなく今までと違う雰囲気に何も言えなくなる。茜も太郎も珍しく静かだ。優は少し泣きそうになりながらワトに近づく。

「そっか、知ってたんだね。今がいい機会なのかもね。」

そうやって呟くと、こちらを向いて真っ直ぐに私の目を見た。ただクッキーを食べたことを話すわけじゃなさそうだ。

「母さん、話があるんだ。」

どう見ても只事じゃない。身構えてしまう。でも、私は母だ。逃げるわけにはいかない。

「あの〜私たちいないほうがいい…?」

茜がおずおずと切り出す。太郎も気まずそうだ。

「二人も聞いててほしいな。」

そう言ってニコッと笑うと部屋の扉を開けた。

その中には前に見た時と変わらない優の部屋があった。優は部屋を歩いて行ってクローゼットに向かった。

「実はこのクローゼット裏に少しだけ収納があるんだ。」

そう言ってクローゼットを少し動かしてクローゼットの後ろ側を開いた。そこにはスカートやフリルの服など女性用の服が何着か入っていた。

「優…。」

何も言わず優が何かいうのを待つ。優は俯いていたが深呼吸をすると

「僕、普通の男の子じゃないみたいなんだ。僕は女の子の服が着たい。」

そう言った。

「そうだったんだね。でもごめんね。母さん知ってたんだ。」

そう、私は知っている。優が一人で洗濯をしていたりした時に見てしまった。でも、優には聞けなかった。自分から言えるまで待とうと思った。それが正しいか間違いかはわからない。でも、言ってくれるまで待っていた。

「ありがとう、ちゃんと伝えてくれて。」

そうやって自分の思いを全部伝える。

「ごめんなさい。普通の子になれなくて。」

そう言って泣いてしまう。そんな優を抱きしめて

「何言ってるの。あなたは自慢の私の子よ。」

といった。優はびっくりしたように目を見開き、小さく頷くと私から離れた。

「兄さん、姉さん。そういうことなんだ。黙っててごめんね。」

すると茜は貰い泣きしながら、太郎は目を逸らして

「私も、ほんとは知ってた。力になれなくてごめん。」「実は俺も薄々。ごめん。」

と言った。これには私も優も驚いてしまった。

「私は優が私の部屋から使わなくなったメイク道具持ってったの見ちゃったんだ。聞こうと思ったけどいたずらには思えなかった。でも、聞く勇気がなかっただけかも。ごめんね。」

「俺は優がわざと声高くしてるなって思ってた。それで全然しゃべらなくなった。なんでかはわかんなかった。だからしゃべらせようとしてたんだけど、今納得がいった。そういうことだったんだな。ごめん。」

ああ、もう、うちの子たちはいい子すぎる。私は三人を抱きしめた。ワトは嬉しそうに「にゃあ。」と鳴いた。


「それで、結局優でもなかったね。」

散々鳴いた茜がようやく話し始める。さっきまで優と「今度ショッピング行こうね!」なんて涙声で言っていた。いい子に育ったもんだ。

「じゃあ誰なんだよ。」

太郎はいまだに気まずそうだ。でも優を見る目は優しい。きっと優もわかっている。

「そうだね。ワト、どうなの?」

優は散々泣いた後、「父さんにもちゃんと話す。」と言っていた。たかだかクッキーの話でこんな話になるとは思ってなかったけど、結果としてはよかったかも。

「まあ、もうクッキーはいいかな。」

なんていうとみんなが頷く。うん、それ以上のものを得られたよね。

するとワトが「にゃお」と鳴いて歩き出す。

「ワト?」

ワトが向かった先は玄関だ。なんだろうと思って近づくと、その瞬間ガチャっと玄関が開いた。

「ただいま!いやー実は戸棚のクッキーが美味しくてさぁ!みんなの分買ってきちゃった!」

ふーん。ふーーーん。そっか。

「あなたは今日のご飯抜きね。」

高宮家は今日も平和です。

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