第14話 隠者と死神
「グラン団長!」
静かな廊下に響いた若い声に振り返る。燃えるような赤い鎧に身を包む金髪の男が小走りに近づき、姿勢よく正対した。
「おぉベル、帰っていたか。」
「はい!つい先ほどですが無事に。」
肩に優しく手を乗せ、任務帰りの部下を労う。近々戻ると聞いてはいたが無事で何よりだ。
彼はベルモッド・ミナグレイ。ミナグレイ公爵家の跡取りでもあり、王国騎士団三番隊の隊長を務める彼は、遠くアガニの山脈に出現したというドラゴンの調査任務を任されていた。半年にも及んだ任務を終え無事に帰還したことは何とも喜ばしい。
「報告は後で聞くとしよう、しっかりと身体を休めろよ。」
長話も良くないだろうと話を切り上げ立ち去る、表情から見るに任務は良い結果を迎えたのだろう。
「…あの!」
軽く手を挙げたグランを呼び止めたベルモッド、先ほどとは打って変わって浮かない表情だ。
「例の召喚されたという者達についてなのですが。」
帰って来たばかりなのに耳が早い、どうやら今度はあまり良くない事らしいのが顔を見て分かる。
「謁見の間において無礼を働いたと…」
貴族連中も手が早いことだ、純粋すぎる彼に大げさな情報を吹き込んだのだろう。それに公爵家の人間として貴族からの言葉を無視できないのはまた事実だ。
「気にしても仕方がない、俺たちが成すべきことを違うなよ。」
グランの言葉に相槌を打つベルモッドの顔はどうにも浮かない。若く正義感の塊の彼のことだ、自分がなんとかしなければとでも思っているのだろう。
「あまり気負い過ぎるな、ほら!さっさと鎧を脱いで来い。それとも、稽古をつけて欲しいか?」
「…ぜひお願いします!」
「冗談だよ…」
なんて言葉を交わしベルモッドを見送る。城に残る召喚された五人と彼が出会った時のことを考えると頭が痛くなるが、今そんな事を心配しても仕方ない。目立つ赤い鎧が見えなくなったことを確認し、ため息をついた。
「盗み聞きとは感心しないですな。」
目を向けたのは反対側の道角、ずっと感じていた不気味な気配に声を掛ける。グランの言葉に答えるように姿を現した女性が不敵に笑う。
「気づいたのはあなただけですね。」
女性にしては長身な、細長い手足の彼女は短く切り揃えられた髪に触れる。
「俺なんかを尾行しても面白くないだろう?カレン・セオ。」
名前を呼ばれた彼女は召喚された者達の一人、その中でもグランが特に警戒する二人の内片方だ。
「おかげで知ることが出来ましたよ。」
「…それはどういう意味だ?」
また不気味に笑う。先ほどの会話で何を知り、いま彼女が何を考えているのかさっぱり分からない。そのことに恐怖だけが募っていく。
「自らが正義だと、善人だと思い込んでいる。彼は可愛い人だね。」
可愛い、それが容姿を表していないことは分かる。確かに、ベルモッドは誠実で常に正しさを求めている。命令に忠実な彼はまるで牙の折られた飼い犬のようだ。
「嫌うのは自由。でもそれが敵意に変わり爪を立てるなら…」
言わなくても分かるだろうという顔、笑みの消えた表情が冷たく張り付いていた。十人に共通する一つのこと、それは仲間に向けられた敵意に対する異常なまでの嫌悪と容赦のなさ。
「いつの時代、どの世界においても行き過ぎた正義が向かうのは破滅だ。上に立つ人間なら知っているだろう?」
「あぁ…」
痛い程よく分かる。理解とは違い染み付いた経験が教えてくれるのは彼女が、彼女達が完全な見方ではないということ。少しでも間違えれば敵となる危うさを孕んだ存在であること。
「あいつには伝えておくよ。」
「よろしくね、これはお互いのためだから。」
お互いのためとはよく言ったものだ、手負いとはいえ天災を単騎で退かせる能力の持ち主が十人。それが敵になってはこの国延いては世界の破滅、なんて大げさではないかもしれない。
いつの間にか消えていた彼女は嫌な空気だけを残していった。
血をインクに小さな足跡が散乱している。ペタペタと音を立てながらはしゃぐ幼女は凄惨な現場だというのに笑顔を絶やさない。
「マク、りりむがんばったよ!」
「えらいえらい。」
老紳士に頭を撫でられて満足げにほほ笑む彼女がこの状況を作り出したなどと、叫んだって誰も信じないだろう。
首の無い死体にただ息をするだけの生人形が転がっている。食べた物を戻していないことを喜ぶべきか、極力見ないように眼を反らすさくらの背中をさする。
仮面の老紳士マクベルこちらを見てお辞儀する、とりあえず護衛としての合格点は規定以上に与えられそうだ。しかしそんなことは今どうでもいい。とりあえずの心配は後片づけをどうするかというところだろう。
静かな車内、外で後片付けを行うマクベルをジッと待つ。疲れてしまったのか眠りについたリリムの頭を撫でつける瞬の顔も少し強張っていた。
「まさかこんな子がなぁ…」
こんな子、というのは幼気で無垢な顔で夢を見る彼女のこと。つい先ほど十人余りを惨殺したとは思えないほどに幼く愛らしい。
「お待たせを。」
マクベルが扉を開けた。やけに早いお帰りだ、服には微塵の汚れも無い。何をしたのか聞くのは野暮だろう、銀の杖を握る彼は椅子に座ると窓の外の顔を向けた。
馬車が静かに進み始める。窓の外に広がる草原は変わらず穏やかだというのに、暗い車内の空気は淀む。
「マクベルさん…あの。」
「はい。」
忠成が切り出す。質問されることなど予想していただろうマクベルは仮面の顔を向けた。
何を聞こうか。逡巡した忠成は口ごもる、興奮と恐怖とが入り混じった頭の中が混乱でまとまらない。こういう時に頼れるのは一人だけだ、窓際の天に目を向ける。
「ん、ああ。それであんたの異能は何なんだ?それにリリムも。」
明らかに踏み入れすぎた質問をした彼に、忠成が焦る。そこまでの問いを求めたわけではない、しかし天は平然とした顔でマクベルを見詰めていた。
「ふふふ…」
初めて声を出して笑った気がする、仮面の口元を抑えたマクベルは杖の柄を撫でながらひとしきり笑った。
「失礼、あまりにも直球な質問で。嫌いじゃありませんよその素直さ…しかし、簡単に教えることは出来ませんね。」
「別に詳しく知りたいってわけじゃあない、ほら。」
天は懐から能力プレートを出し見せる。机に置いたプレートには名前と能力、それに特性だけが表示されていた。
「ほぉ…っ!これは、なかなかに高価な代物をお持ちで。【愚者】ですか…自由、あなたらしい。」
やはり能力プレートは珍しく高価なものらしい、掴み上げたマクベルがじっくりと文字を見詰めている。
「これ一枚、金貨が必要になるやも…」
「それで、見せてくれるか。」
まるで当然というように天が聞く。まるで尋問の様な雰囲気で問い詰められたマクベルは仮面の下で笑顔を見せた。指に挟んだミスリルの板が二枚、自分とリリムの分だろう。
マクベル・レンドルーカ
【隠者】
悟り 秘匿 思慮深さ
リリム・レンドルーカ
【死神】
破滅 新生 死屍累々
机の二枚を齧りつくように見る五人、物騒な二文字が目に映る。隣で眠る彼女には似合わないがしかし、あの時の光景を思い出す。死を纏い踊る、小さな手で握った大鎌が命を刈り取っていく光景を。
「リリムを嫌わないでやって欲しい。色々と複雑でね、君たちもそうなのだろう?」
それは暗にこれ以上詮索するなと言っているようで、表情の分からない仮面が冷たく笑っている。
「しかし、驚きましたなぁ…まさかこんなところでアルカナの異能を持つ人間に会えるとは。」
「あるかな…?」
聞き覚えの無い言葉に冬花が返す。マクベルの声は嬉しそうに弾む、杖を突き前に乗り出すと五人を順に見た。
「私とリリムが旅をする目的、それはアルカナの異能を探すこと。」
語られた旅の理由。アルカナの異能、それがどんなものなのか分からない。しかし彼の口ぶりからすれば天の【愚者】もアルカナの異能であるということになる。
「で、アルカナの異能っつうのは?」
堪らず瞬が問う。呼応して頷いた冬花とさくらは興味津々にマクベルを見た。
「何から話すべきか…」
しばらく考え込んでしまった彼の言葉をジッと待つ。目を見開いた彼が口を開いた。神妙な面持ち、をしているのだろう仮面の下で息をする音だけが聞こえる。
「皆様は神を信じますか?」
開口一番、待っていたのはどこぞ聞き飽きたような胡散臭い台詞であった。
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