第5話 それは無限
城のはずれ、堅牢な塔の内部。強固な壁には無数に刻まれた傷、砂地面には幾多の黒い染み。それら全てが、普段この場所で何が行われているかをありありと物語っている。
「おぉ雰囲気あるねぇ…!」
興奮気味に呟いた冬花の声が闘技場に反響する。リーナがこの場所に連れて来た目的、それは各々の能力を詳しく確認するためであった。
「早く、さぁ早くやりましょう…っ!」
すでに丸眼鏡を懐に仕舞った忠成は、筋肉のついていない細く白い腕を見せる。まるで戦闘経験をしたことがないであろう構えは酷く不格好だ。
「落ち着いて、順番を決めたでしょ。」
「そうそう、最初は紗菜と僕!」
追い払うような動作で忠成をどかした冬花は、何処からか派手な色をした異様な形の帽子を取り出した。
「ちょっと急すぎないかな、冬花。」
彼女の希芸にはいつも驚かされてばかりだ。そして今も、何処に隠すことも出来ないような大きい帽子に目が奪われてしまう。
「ふふ。僕は剣闘士でも武闘家でもないんだ、
帽子の中を見せつける、何の変哲もないただの帽子だ。種も仕掛けも、なんてよくやることだ。
1、2、3のカウント、、中からは純白の鳥が羽ばたいた。
「僕の奇術に酔いしれなよ…」
彼女がいつも必ず言う、ショーの始まり。冬花の頭上に飛んだ鳥を大きな音と共にはたき潰す。雪のように舞う羽の奥、冬花の手には短いワンド。
「魔術師の能力、僕の力は無からの創造!」
高らかに声を上げる。空中をなぞったワンドから蒼く燃ゆる炎の球。
「そして…飽き尽きることは無い、驚きの連鎖だよ。」
それは無限を意味する。十、二十を軽く超えて尚広がる炎の群れ。
「うそ、でしょ…っ!」
紗菜は後退る、しかしどこに逃げ場があると言うのか。冷や汗が止まらない、まさに凶暴と言うしかないそれを操る冬花の顔は、驚き称賛する観客を見て酔いしれる魔術師だ。
「幕引きだよ。ごめんね、一方的になっちゃった。降参して、怪我するから。」
至って真剣に、静かに言う。百を近くして止められた広がりは、まともに当たれば重症を免れない。
「…来なさいよ。本気で、絶対に当てなさい。」
諦め、出ない事を露わにした笑顔。彼女がこの顔をするときには絶対の信用が伴うのだ。
「あはっ!紗菜ならそう言いうと思ったよ…行って、紗菜の全てを焼き付くすの。」
十年もいっしょにいる友人に吐く言葉じゃない、しかし悪意のない純粋な殺意をもってワンドを振り下ろす。
何十もの炎の球が一斉に降り落ちた。それは轟音と共に紗菜が居た場所を蒼く染めた。
「サナさん…っ!今すぐ救助を!」
慌てふためくリーナを花蓮だ止める。必死な顔と対するように彼女は深い笑みを浮かべた。
「静かに見ていてリーナちゃん。紗菜がこの程度でくたばる子なら私たちのリーダーは務められないよ。」
花蓮の腕の中で小さく暴れる少女に言い聞かせる。炎の群れが降った場所は未だ衝撃で舞う土煙が晴れない。
リーナには分からない、ある種狂気的ともいえる信頼。徐々に小さくなる煙を注意深く見つめた。
紗菜の姿が僅かに映った、そして再びの驚愕に襲われる。
「あははっ、演技者だねぇ紗菜も!傷一つ無いじゃんか。」
ショックだなぁ、とわざとらしく肩をすくめる冬花。対する彼女も余裕の顔を見せる。彼女は黄金に光る障壁の奥で笑った。
「全く危なくなかったわ、余裕ね。」
挑発するような態度に言葉、わざとらしく冬花を焚きつける。
「みたいだねぇ…」
悔しそうな笑顔を返す。立ち上がった紗菜の手には金色の天秤が握られている。
「私の能力、正義が示すのは絶対の公平。真正面に限りいかなる攻撃も相殺する公平の天秤の行使、だったかな。」
得意気に語るのは、正に人知を超えた絶対的防御能力。冬花だけでなくこの場の全ての人間が口を開けた。
「絶対防御か、それは…意地でも破りたくなるねぇ!!」
圧倒され落ち込む、そんな事を冬花はしない。負けず嫌いの彼女は力の差があればそれを埋めようと限界を超えるのだ。再びワンドを振り上げる。
「もういっちょだよ!」
頭上に顕現したのは燃え滾る槍、柱のような太さを持った炎の槍が勢いよく紗菜を襲った。
「そこまでだ…っと!」
闘技場が震えるほどの轟音、炎の槍は標的に触れる前に爆ぜた。
「あちっあち…ふぅぅ、やっと消えたぜ。」
服が右腕部分だけ焼け落ちてしまったが、そこから覗くふと腕には火傷一つ無い。
「そろそろ代わってくれよ二人とも、身体がうずいてきやがってな。」
まるで何事も無かったかのように元気な笑顔を浮かべた瞬は、対決を終わらせようと間に立つ。炎の槍を腕一本で受け、あまつさえ無傷で弾け飛ばした衝撃に静かな空気が流れた。
「瞬大丈夫?結構力入れて打ったから…」
「ああ、思いっきり殴ったから何とかなったわ。熱かったけどな。」
紗菜との対決を終え、冬花は瞬に駆け寄った。けろっとする彼は本当に何でも無い様で安堵する。
「怪我が無いなら始めようか、瞬!」
優しく笑う昂輝が呼んでいる。すでに反対側に位置どった彼は丹念に準備運動を行っていた。
「おうよ!ほらお前も離れてろ。」
拳を握り瞬が返す。二人に激励する冬花を離して準備は整った。
「悪いけど、怪我させちゃうね…」
「ん?何か言ったか!」
わざと聞こえないように言った昂輝の顔には笑顔が、しかしどこかいつもと違うのはその奥に込められた闘志が原因だ。
「先行はもらうね。」
今度は確かに聞こえるように言うと、両手大きくを広げた。
「太陽!」
それは眩しい輝きを持って顕現した。
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