第4話 正義とは

「それを、私たちに倒せと……少し考える時間をください。」

 ふらふらと、操り人形が歩きを真似するように国王に背を向ける。昂輝は国王と王女の二人に頭を下げて、先を行く紗菜の背中を追った。


 重い扉が閉まる。外に待っていた七人が彼女の姿を見て肩を貸すように近づいた。

 「さな…大丈夫?」

 心配そうに手を取った楓がゆっくりと彼女を座らせた。話せない事を悟り、苦い顔で立ち尽くす昂輝へと水を向けた。


 

 「では、天災は人型の怪物だと?」

 丸眼鏡を拭きながら忠成が尋ねる、中での出来事を聞き青ざめなかったのは彼と花蓮、そして瞬の三人だけであった。他は皆不安と恐怖を露わに顔を歪めている。


 「倒せばいいんだろう?」

 まるで何事も無いように言い放つ花蓮。それがただの強がりから来た言でない事が余計に紗菜の感情を強く撫でた。


 「間単に言わないで…っ!あなたはあれを、あの腕を見てないから…」

 「さな、落ち着いて…花蓮も!今は静かにしてて。」

 こういう時、彼女は心の柱となる。調和の特性、節制を与えられた彼女は今にも泣きそうな紗菜の背中を優しく撫でた。


 「そんなにだったのか?その…腕?」

 「うん。見ているだけでどんどん寒気が増していく、あれは本当に…本当に怖かった。」

 気まずくなった雰囲気を変えるように瞬が昂輝へと問う。諦めたように笑う顔には太陽の熱を感じない。


 「…俺が思うに。」

 汚れを拭った丸眼鏡を装着する、集めた視線に答えるように忠成は話し始めた。


 「俺たちは演じなければいけないと思うんだ、このカードに映る能力を。」

 皆を見渡す。遮る者がいない事を確認し、再び話を継ぐ。

 「紗菜、君は決断しなければならない。これは押し付けじゃなく義務なんだ。」 

 いつも正論を延々ぶつける彼とは打って変わって、優しく諭すように紗菜へ言葉を送る。


 「それで…私の決断で誰かが傷ついたら?誰かの命を奪ってしまったら?そんな重いもの背負えない…!!」

 「それをひとりで背負い込まないように俺たちがいるんだろ!」

 声を荒げる紗菜と忠成、今にも嚙みつかんとする二人を誰も止めようとしない。


 いつも皆の先頭に立って導き手を担ってきた、正義感に溢れ曲がったことが嫌いな少女。しかしその内は仲間を大切に思うが故に心配性でとても臆病だ。

 理屈っぽく、しかし嘘は決してつかない。自分の正しいと思う事にひたすら貪欲で前向きな彼は、心に激しい情熱を秘めている。

 心配と信用のぶつかり合い。


 「紗菜だけじゃあない。さくら、優、冬花、昂輝、楓。俺たちが揃って出来ないことがあったかい?いや、一度足りとも無かったはず…そうでしょう、天!」

 いつから気づいていたのか、忠成は廊下の角へ投げかける。

 「なんだ、熱い言い合いだったから邪魔しないようにしてたが……紗菜、お前が折れてしまったら俺たちは旅にでることすらできない。」

 彼女の前に手を差し伸べる。手を取るまでたとえ何時間経とうが引く気はない。


 「今まで居なかったくせに口説こうったって…まぁ小言は後にするわ。分かった、私はもう迷わない。皆付いて来てくれる?」

 弱い心は、弱い自分を捨てることは無い。ただそれを優しく包んであげるだけ。

 

 それは愚問だった。言葉を発することなく頷いた九人、正義の決断を道しるべに進んで行く。

 「…ところで、あの子は何??」

 さくらの言葉に振り返る。忘れていた、廊下の角、片目で覗くように半身を出した少女が気まずそうにこちらを見詰めていた。



 「かっっっわいいいい!!」

 わしゃわしゃと音が鳴るほどに撫でまわす楓とさくら。ルーナは鬱陶しいと手で払おうとするが叶わない。彼女は天に助けて欲しそうな目で訴えるが、気づかないふりを続けて何があったのか話を聞いた。


 「大体理解した。」

 あっさりという天に信じられないという顔の紗菜、だがしかしこの男はそういう人間であることを思い出し、溜息を吐いた。


 ギギィッと軋み音を上げて開かれた扉、顔まで力を込めたリーナが一生懸命に押している。

 「…お話は終わったようですね。」

 おそらく全て聞こえていたのだろう、全てを察した彼女は一息ついて微笑んだ。

 

 「お姉様ぁ!」

 意識が彼女に移った隙にルーナが脱出する。小走りでリーナの背に隠れるとベロを出して威嚇した。

 


 「天災退治、やらせていただきます。」

 決意を込めた紗菜の言葉、覚悟が決まったことを感じたリーナも真剣に頷いた。

 「本当にありがとうございます。我が君主ジークハート・フォルデ・ユートリアの名の下、生活の全てを支援させていただきます。必ずや…天災を。どうかこの国をお救いください。」

 心よりの誓いと祈り。断る理由は無い。


 「よぉし…旅を始めるか。」

 魅惑的に愚者は笑う。異なる地での新しい冒険、その足取りはいつもふらふらと目的もなく漂っている。自由の旅。

 十人は歩き始める、たとえその道が血と憎悪にまみれていようとも。





 「憎悪が、殺意が止まらねぇ…抑えようとも湧き出てきやがる…っ!」

 浅黒い紫の体色、体に刻まれた無数の刻印が不気味さを増している。六本の短い角を持った男は失った腕の付け根を静かに摩った。











 

 

 


 

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