第2話 始まり
色ガラスを通した暖かな光、薄暗い地下に灯った魔法の明かりとは違い温度を伴ったそれは、心地よく眩しい。
壇上に笑う石像が嫌に存在感を放つ。あれが例の神とやらであるのは間違いない、が気なるのはその形。
「ねぇ…顔が無いけど、この石像。」
目も口も鼻も顔面を形容する全てが欠落している。それだけではない、片方だけに広がる六の翼、右腕が四本に左腕が三本という異形の怪物なのだ。
「この世界の神は不定形、人々が想像するままに形を変えていく…そういう存在なのです。性別や声も知られていない、いや…それも無いかもしれませんね。」
ほほ笑んだ彼女は形式的な祈りを一つ、振り返った彼女は椅子に着いた十人に目を配った。
「それでは、能力の確認といきましょうか。水晶へ手をかざしてください。」
両手に抱えた水晶玉の魅惑的な光は渦を巻いている。
「はいはーい!あたし最初!ね、いいでしょ?」
元気に挙手をした楓はステップでリーナに詰め寄る。いつもの癖だ、目立ちたがり屋の彼女はいつも先頭に立ち皆を導いて来た。
「こう?……ぅわ!綺麗…」
楓が手をかざす、途端に白い光を放った水晶に文字が映し出されていく。徐々に浮かび上がる文字を順に読み上げていった。
節見 楓
【節制】
調和 謙虚 正当
「…だって。後は小さい文字でいっぱい書いてある。」
「それは能力の詳細ですね、カエデの能力は【節制】でその下は特性のようなものです。」
なるほど、と相槌を打つ。しかしそんな真剣な彼女の背後で九人が同様に声を抑えていた。
「…ぷっくくく…だっはぁ!だめだ!!もう抑えらんねぇ!」
大きな笑い声で静寂を破った瞬は、腹を抱えて涙を流す。
「だってよぉ楓が謙虚?ありえねぇって!」
「ちょ、どういう事だし!」
頬を膨らませて怒る楓、しかし他の者も次第に笑い声を漏らす。まるで正反対の特性の能力が水晶に浮いていた。
「…まぁでも正当とか調和って言うのは分からくもないよ。」
ひとしきり笑い息を切らす一同、その場を整えるように忠成が声を上げた。
「でしょ?あたし嘘はつかないからね。」
楓の言葉に皆頷いた、それにいつも十人の中心で輪を崩さないように立ち回る彼女には調和という特性も当てはまる。
「カエデ、これを水晶にかざして下さい。」
話がまとまったのを皮切りに、リーナが何かを差し出した。手には青紫の小さい板を持っている。
「これはカード。高純度のミスリルで作られたプレートで、水晶の内容を移し替えることができる優れものです。」
嬉しそうに語るリーナ、しかし聞き慣れない単語が出たことに興奮気味の男が言葉を挟む。
「ミ、ミスリル!それって銀より高貴で鋼より頑丈な性質を持つというあの架空の金属ですか!?すごい、すごい…っ!」
鼻息を荒く早口で捲し立てる忠成は丸眼鏡をずらして立ち上がった。
「は、はい。この世界では現実に存在しますが…」
「うおぉお!!」
いつもの寡黙な彼とは思えないほど大きな叫び、言葉にしようにない声が教会に響いた。
「次は僕の能力を!」
勇み足で水晶に歩み寄る忠成を呆れ顔で見送る。彼は楓と同じように水晶に触れ、次々に読み上げた。
審良 忠成
【審判】
復活 発展 転生
「ほぇーなんか…分かりにくいね。」
冬花が呆けた声を出す。楓と比べて能力の特徴をえない三つの特性であるのは間違いない。
未だ詳細をぶつぶつ読み上げている忠成から文字を取り上げるように、リーナがカードへと移した。
「次の方は…」
カードを渡され夢中に読み続ける忠成を尻目に水晶を見下ろす瞬は、腕まくりをして期待に震えていた。
「うぉっし!俺の番だ!」
喜色満面、両頬を叩き気合を入れた瞬。捲った腕から覗く血管が逞しい。
力石 瞬
【力】
強固な意志 勇気 冷静
「ははっ!ぴったりだな俺に!」
カードを掲げて見せつける。
「冷静じゃあないけどね。」
いつの間にか瞬の背後に忍び寄っていた紗菜が静かな声で言い放った。
正親 紗菜
【正義】
公正 誠意 決断力
「ほら、私の方がぴったり。」
無駄の動作一つ無く、カードを受け取り颯爽と椅子へと帰っていく。能力名だけを見れば、公正の権化とも言うべき紗菜に最も適していると言えるだろう。
その後も順調に能力の確認が続いた。
輪神 さくら
【運命の輪】
運命 幸運の到来 結束
「わ、わ…なんかいいこと起こりそうな能力じゃない?」
映し出された文字に喜び沸き立つ者、
魔霧 冬花
【魔術師】
創造 可能性 技術
「まぁ僕のマジックは技術じゃないけどね。」
ごく当然、と享受する者、
陽野 昂輝
【太陽】
喜び 勝利 栄光
「うん、悪い能力じゃあなさそうだ。」
不安を照らし消してしまうような笑顔でカードを見せる者、
皇 優
【女教皇】
神秘 直感 聡明
「ちょっと!僕のだけおかしいんだけど!大体僕は…」
納得いかないと不満に騒ぐ者。皆カードを見せ合い、あーでもないこーでもないと言い合いに花を咲かせている。
「君のが一番気になるね天。」
短く切り揃えられた髪、男目から見ても女受けしそうな面をした花蓮が微笑でこちらを向いた。
「そうか?お前の方が何考えてるか分からないからなぁ…」
「そう言うことなら私が先に行かせてもらおうか。」
怪し気に笑う彼女は、不思議と惹きつけられてしまう色香を漂わせている。長身故か、身廊を歩く姿がやけに似合っている。
「さてと。私には何を与えてくれたのかな…」
横に立つリーナに微笑みかけ水晶に触れる。
世尾 花蓮
【世界】
完成 正確無比 欠けることのない成功
「パーフェクト、だね…それに見たところなかなかに特別な能力らしい。」
カードに一つ、口づけを落とした花蓮は自己陶酔に耽る。
皆の顔が最後方の椅子に向く、満を持して天の番だ。
「どうぞ…」
丸い水晶に手を触れる。淡い光に浮かび上がる文字。
愚道 天
【愚者】
自由 冒険家 始まり
「なーんか天らしいや…」
「でも名前が気になるな、天が愚かだったら俺は人間じゃあねえよ…」
歯を見せて笑う楓、自分の言葉に肩を落とし慰められる瞬。反応に違いはあれど皆どこか納得という表情を見せた。
「まぁ、悪くはないか。」
呟いた声に強く頷く。
場所は違えど集うは同じ、夜の教室一人離れた天の手を引き輪を作る。そんな光景が本来だったら…なんて過去は見る者は一人もいない。
ここが始まり、十人の冒険家が自由を求めて旅をする。丸眼鏡光らせた男の言葉を当てはめた名演説を笑って聞く。
離れた場所に一人、すこし羨ましそうな表情の王女が佇んでほほ笑んだ。
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