アルカナの旅

式 神楽

第1話 崩壊する

 秒針の音、喉を通る唾の響きがやけに増幅して聞こえる。


 「オープン…」

 捲ったトランプはダイヤの2。ただのカードと普段なら驚かないのに、皆一様に口を開け呆けている。

 

 「っげー…マジで一緒じゃんか!」

 感嘆の声が思わず零れた。絶対に見られないように選んだはずなのに、ランダムに引かれたものがここまで揃うなんて。今ので十回目を過ぎたカードマジックは、目の前でドヤ顔を浮かべる男を本物と称するに値するものであった。


 「だから言ったでしょ?スーパー魔術師マジシャンとお呼びなさいっ!」

 シルクハットを浅く被り、派手な黄色い衣装を着こなす女。高笑いに細い目がトレードマークの魔霧まきり冬花とうかは嫌に胡散臭い。


 「俺も後ろから見てたけど全っ然分かんねかったぜ。」

 「それはタブーだぞしゅん…」

 冬花の背から覗き込み声を上げた大柄で声のでかい男は、馬鹿面を見せる。

 「佐飛中から来た力石りきいし瞬!柔道日本一とは俺のことよぉ!」

 入学初日の超でか声自己紹介を忘れもしない。


 「良いってただ君、僕のマジックが見破られるわけないから!」

 眉間を抑え半ば呆れ混じりの感慨を示した審良あきら忠成ただなりが、スーパー魔術師こと冬花に窘められた。



 夜十時、一つだけ明かりのついた教室に笑い声が響く。月一の密かな宴は不摂生なスナック菓子に人工甘味料入りの炭酸を手に盛り上がる。

 雰囲気に酔うとはこのことか。普段は教科書を広げペンを走らせる机には娯楽の数々。


 「ねーそらもこっち来ればいいのにぃ。」

 「ふふ、そらくんは一人が好きなんだもんね。」

 教室の真ん中九人の輪、一人離れて座る男に声をかける伏見ふしみかえでは机を椅子に仰け反った。朗らかに笑う輪神わがみさくらがコップで口元を隠す。反転した視界に移る男は開けた窓淵に座り、夜風に髪を揺らしている。


 「ふゆのマジックは百回見た…タネも仕掛けもさっぱりだ。」

 「当然よ!!」

 冬花の元気な返しにくすりと笑う天。静かに吐いた声が夜の空へ溶けていく。十年続く関係、ふと昔を思い出した。



 九人と出会ったのは小学校入学式当日。今に思えばその頃から生意気なガキだった。

 「ねぇねぇ!せんせいがさがしてたよ!」

 まだ幼い口調の少女が、一人木陰に座っていた俺に声をかけてきた。

 「誰?おまえ。」

 「おまえじゃなくて、か・え・で!」

 頬を膨らませてぷりぷりする少女、楓。当時はおさげの地味な女の子だった彼女が十年の後ギャルになるとは誰も予想だにしなかった。


 …数秒の間、どうやら名乗るのを待っているらしい。

 「そら、愚道ぐどう天。大勢で何の用?」

 楓の背後には同じ制服に身を包んだ八人の男女。入学初日だというのに、この少女は全員と友達だと言う。


 「ぐどー…むずかしい名前だね!そらくんってよぶね!そらくんもいっしょにいこ!」

 矢継ぎ早に元気な声は相槌を打つ余裕も与えてくれない。強引に引かれた手、この時彼女が声を掛けてくれなければ、俺は此処にいなかった。


 懐かしい思い出から意識を戻す。今も楽しそうに騒ぎ続ける彼らを眺め、つい笑みが零れてしまった。

 この関係も長いなぁ、なんて感嘆。永遠に続けばいいのに…柄に無い思い、小さな呟きが誰にも聞こえてない事を願う。


 誰にも聞かれず風に吹かれた声、安堵と気恥ずかしさに染めた頬を眺め聞く者がいた。崩壊する。パズルのピースが一つ、また一つと落ちていく。

 崩れ始めた光景、床に落ちたピースを拾おうと動かした手が空を切った。


 「天!!」

 声が聞こえない。でも確かにそう言ったのだろう楓は、俺を掴もうと必死に手を伸ばす。他の奴らも突然の出来事に驚愕を露わにしていた。

 

 差し出された彼女の手を無我夢中に求める。中指が僅かに触れた瞬間、色づいた世界が音も無く崩壊した。


 


 酷い頭痛が襲う、朦朧とした意識に微かに聞こえる叫び声は聞き慣れた皆の声。

 「そらぁ!良かった目を覚ました…」

 耳に響く声が頭に響く、痛みがひどくなるから少し静かにしてほしい。


 「楓、頭を打ってるんだからもう少し声を控えて。」

 「あ…ごめん。」

 窘めるのは、正親おおぎ紗菜さなの澄んだ声。落ち着いた口調が痛みを引かせる。


 頭を打ったのか。一番近い記憶は確かそう、夢としか思えない光景を思い出す。窓淵から転げ落ちて机の角にでもぶつかったのだろうか。

 薄目を開け、重い頭を左右に動かす。皆心配そうに俺を囲んで膝をついている。膝枕をしてくれていた、ぱっと見女子皇すめらぎゆうの立たない方が良いと言う制止を振り切り、瞬の肩を借りて起き上がる。


 「…はぁ?」

 思わず声を出してしまった、と同時に鋭い頭痛に頭を抑える。机も椅子も、コンクリートの壁にガラス窓の一切が無い。四方一面閉鎖的な石壁に、石畳の床には白い模様が広がっていた。

 

 「本当にご無事で何よりです…ずっとずっと心配で心臓が止まりそうでした…」

 聞き慣れない声が耳に届く、反射的に飛びのこうとした身体が両脇に構えていた優と瞬にロックされた。


 「怪我人は落ち着けって、ちゃんと説明すっから。」

 いくら力を籠めようとびくともしない身体を諦めて前を見る。


 「ソラ様ですね…私はリーナ・フォルデ・ユートリア。ここはあなたが居た世界とは異なる場所なのです。」

 青天の霹靂とはこのことを言うのだろう。人生においてこれほど理解が追いつかない事に出くわすとは思わなかった。

 「はぁ?何言ってんだあんた。つかお前らは落ち着き過ぎだろ!」

 大声で詰め寄りたいが、まだ少し響く頭痛に尻下がりになる。


 「まぁ俺らは十分驚いたしなぁ…」

 瞬の言葉に深く頷く一同。


 「うんうん…てか、天!あんたなんて言っちゃダメだよ、彼女は王女様なんだから。ねーリーナ!」

 「ねー!」

 口元を抑えて笑うリーナという少女、王女様だという彼女は確かに優麗な所作で身を飾る。というよりずいぶんと仲が良い、楓に合わせた相槌はまるで昔馴染みのようだ。


 「まぁ一から説明するとね…」

 咳払いを一つ落とし場を整えたのは、クラス委員を務めている陽野ひの昂輝こうきだ。いつも頼りになる常識人のこいつは見方だ、と思っていたがどうやら違うようで、これまでの出来事をすらすらと語り始めた。



 

 「皆無事!?」

 心配に上ずった大声が響く、紗菜の声とは思えない程焦った叫びが、見に起きた事の大事を語っていた。


 教室とは然程変わらない広さの石部屋、床の白い模様は漫画で見る魔法陣のような形をしている。まるで理解の出来ない状況に不安が募る。


 「皆さま突然の事に驚かれているでしょう…ここはユートリア王国、王城地下…」

 「誰…っ!」

 九人が全員振り返る。続けようとした言葉を思わず飲み込んでしまうほどの衝撃が襲った。全身に優しい風が吹きつけたような錯覚を覚える。絶世の微笑み、彼女の美しさを形容しようと、無意識に頭の辞書を開く。


 「私はリーナ・フォルデ・ユートリア。この国の第一王女であり、あなた方十人を召喚させていただきました。」

 「…かわいい。」

 数秒の沈黙、結局出てきたのは楓の小さな呟きだった。感謝のお辞儀をする動きでさえ美しい。


 召喚?なんのことだと思考する。異なる世界やら聞いたことのない国の名前。目の前で垂れさがる金の髪が確かに元の日本でない事を如実に語っていた。

 顔を上げこちらを見渡した彼女の笑みが、徐々に怪訝そうな表情に変わっていく。


 「一人足りません…」

 思えば声が足りない、慌てて振り返ると足元に倒れる天の姿。横たわる彼の鼻から一筋に血が伝う。


 「天!!」

 重なった声、全員が慌てて屈む。しかしそんな中正体不明の美少女が皆を押しのけた。驚いて止めようとした手を振り切り駆け寄った彼女は、天の頭上に手をかざす。

 何をやっているのか誰も理解出来なかった、しかし真剣な彼女の顔を見て止めることなど出来なかった。


 「……」

 彼女はぶつぶつと呟いた、すると次第にかざした手を光が覆い始める。淡い光は穏やかで温かく、見ているだけで落ち着く輝き。

 奇跡がそこにはあった。手に集まった光がゆっくりと天の頭に移動し、苦しそうに強張る彼の顔を弛緩させていく。



 「こんなことになるなんて…」

 息切れをした彼女が深く頭を下げ、何度も何度も謝罪をした。異世界召喚。異なる世界から人間を召喚するという秘術が行われたと彼女は言う。その術を行使した時に何らかのアクシデントで天が怪我を負ってしまったようだ。


 「何故僕らは召喚されたんですか?」

 純粋な疑問、何故この十人が選ばれたのか。そして目的は。


 「…この術で選ばれるのは特別な力を持った人間であり、私が選んだわけではありません。そして目的は来るべき天災に立ち向かうため…そう伝え聞きました。」

 苦虫を嚙み潰したような苦悶の表情、自分のせいで天を傷つけてしまったという事実に切なげな眼から涙が零れた。

 

 「…まってください。というのはどういうことですか?秘術というのは貴方が行使したのでは?」

 丸眼鏡を光らせた忠成がちょっとした疑問に声を上げる。マイペースで細かい男は異世界でも健在だ。しかし、お前のせいでは?と言っているように捉えてしまうようなもの言いは悪い癖。


 「…言い訳にしかなりませんが、私は秘術の触媒にすぎません。人の手には余る神の奇跡、それを成すための。」

責任を逃れようとしたものでは無かった、固い決意が自らを追い詰めている。


 「ちょっと待ってよ、それリーナさんのせいじゃないじゃん!!」

 感情が溢れ言葉を零す楓が力強い目で王女を見る。

 「悪いのはその神様!だってリーナさんは怪我した天を治してくれた、初めて会ったのにだよ?あたしだったらそんな事できるか分からない…」

 楓は皆を説得するように叫ぶ。忠成だって分かっている、さっきの真剣な表情は嘘では無かった。


 「うんうん、私も彼女は悪くないと思うよ。だってこんなに美しいんだから…」

 今まで静かだった世尾せお花蓮かれんがすり寄ってきた。女子にしては高い身長の彼女が口説くように王女の顎に触れる。


 「あ、ありがとうございます。その言葉だけで心が救われました……あの離して…」

 王女の顔に笑顔が戻った。神という不定形な存在を恨むべきなのか、今はまだ分からない。横たわる天の看病を続けながら、九人と王女は少しずつ打ち解けていった。




 「それで今ではリーナとカエデって呼び合う仲ってわけ!!」

 途中から昂輝の話を奪った楓が語りを終える。この世界に呼ばれた目的は未だはっきりしないが、やるべきことの目途は立った。


 「じゃあまずはその特別な力ってやつが何なのかを理解しないとな。」

 頭痛も治った、王女に深く頭を下げて礼を言う。俺たちが選ばれた理由の得意な能力、天災というものが何であろうと必要になるのは間違いない。


 そうと決まれば話は進む、能力の確認には特殊な水晶が必要だと王女の案内に石部屋を後にした。

 薄暗い廊下、規則的に並ぶ小さな光は明らかに電球ではない。


 「魔法だぁ…」

 誰ともない呟いた声、そんな折またも忠成が疑問を口にした。

 「秘術というのも魔法なのですか?」

 それは純粋で単純なものだった。天を治した治癒の魔法、そして点々と光る不思議な光。


 「いえ…簡単に言うと魔法は魔力を触媒に行う小奇跡。秘術とは魔法を超越したものです。」

 皆一様に足を止める。

 「待って、秘術の触媒にリーナが…って、え?」

 楓の声が言いようのない不安を煽る。振り返った王女の顔には笑顔が咲いている。なのに、怖い。聞きたくない。


 「触媒は私の寿。ご心配には及びません、覚悟の上ですから。」

 再び歩き始めた王女の足取りは変わらない。しかし握りしめた手は微かに震えている。世界を跨ぎ十の人間を呼ぶなどという人の域を超えた術、犠牲があったことなど薄々分かってはいた。しかし、これではあんまりだ…


 「みんな…あたし決めたよ。この世界救って必ず神をぶっ飛ばす。」

 それは固く結ばれた十の決意。可憐な笑顔を汚した罪は酷く重い。小さくなってしまった背中を追いかけるように再び歩みを進めた。


 不定形な神は笑う。

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