轟ねねねのチート破り‼

珀花 繕志(ハッカ)

1話 ねねね、魔法少女になる!(1)

「あぐっっ!!」


 強烈な衝撃に襲われ、とどろきねねねは宙を舞った。

 一瞬の浮遊感と共に視界に空が広がり、そして地面に落とされる。


「いったたたた……」


 ねねねは打ちつけた尻をなでる。

 学校指定の紺のブレザーにチェックのプリーツスカート、肩までくらいの短い黒髪をツインテールにした活発そうな少女だった。大きな瞳と芯の強そうな少し太めの眉の可愛らしい顔、健康的に日焼けして引き締まった手足は体育会系の少女といった雰囲気だ。


(ど、どうなったの? なんで吹っ飛ばされたの?)


 ねねねは地面に尻もちをついたまま、驚きのあまり目をパチパチとさせる。

 目の前のピンク色のコスチュームに身を包んだ魔法少女が意地悪そうに笑っていた。


(そうだ! 私、あの子に魔法模擬戦もぎせんを挑まれて、それで……)


 魔法少女育成学園への転校初日、最初の休み時間にクラスメートの篠崎しのざきミモザから魔法模擬戦を挑まれ、右も左もわからないうちに試合開始直後からに魔法を打たれたのだ。

 ピンクの魔法少女・ミモザが杖の先から放ったら空気のうねりは、強い衝撃と共にねねねを吹っ飛ばしていた。


(これがあの子の、ミモザちゃんの魔法!?)


 ステッキを構えていたおかげで大きなケガはなかったが、手がしびれていた。


(いたた。模擬戦なのに、痛みはあるんだ)


 模擬戦を承認した瞬間、別の空間へ転移したので、ゲームのような感覚でいた。

 ねねねは「これ以上痛いのは嫌だ」と起き上がり、ステッキをもてあそぶピンク色のコスチュームを身にまとった魔法少女・ミモザをにらんだ。


「初めての相手にイキナリ魔法を打ってくるなんて酷いじゃない、ミモザちゃん」

「ふふん、模擬戦って言ってるじゃない? 油断してるから悪いのよ」

「制服買ってもらったばっかりなのに、もう汚しちゃったよ」


 ねねねは砂で汚れたスカートを払う。

 ようやく冷静になってきた。周囲を見渡すと、昔の映画にあるようなガンマンが決闘に使ったような荒野だった。遠くには背の高さほどもあるサボテンが見え、砂が風で舞って目に入りそうだった。


(にあちゃんからは魔法模擬戦のバトルステージは仮想空間だって聞いてたけど、こんなに忠実なんだ)


 腕に軽いしびれは残っていたが、模擬戦を続けられないほどのダメージではない。


(今度は油断しないように)


 ねねねは再びステッキを構える。

 それを戦闘続行の意思ありと捉えたのか、ミモザは再び魔法を使い始めた。


「天を揺るがす理よ、我が前に奇跡を体現せよ」

(……魔法使うのにあんな呪文、必要なの??)


 人前で唱えるには恥ずかしい呪文だ。しかし、威力は強力だ。まともに食らえばまた吹き飛ばされてしまう。ねねねもそれに対抗する為に魔法を使う。


「スピード・アップ」


 ねねねが今使える魔法は二つだけだ。身体能力の強化と魔法による防御障壁の作成。模擬戦を続けるならこの二つの魔法を使って戦うしかない。


「我が前の敵を打ち滅ぼせ、ショックウェーブッ!!」


 ミモザが魔法を放った。空気がうねり、衝撃波になって迫ってくる。ねねねは魔法で羽のように軽くなった体で右方向に動く。自分でも驚くような速さで、飛んでくる衝撃波をやすやす避けることができた。


「ちょっ! なんで避けるのよっ!」

「当たったら物凄く痛いんだよ!?」


 ミモザの放つ衝撃波は扇風機の羽程度の大きさだ。空気のうねりなので見えづらいが、どこから打ってくるか分かれば把握することは出来た。


(よーし、ここからだ!)


 再度ミモザが放ってきた衝撃波を軽快なステップで避け、すぐさま地面を蹴ってねねねは走った。


「向かって来る気っ!? なら! 衝撃の波・ショックウェーブ!」


 ミモザは一瞬ねねねの移動速度に驚きはしたものの、迎え撃つように短いワードで魔法を成立させた。


(って、やっぱり! 呪文なんてなくても魔法使えるよね!?)


 心の中でツッコミを入れながら、しゃがんで衝撃波をかわした。再び地面を蹴って猛ダッシュでミモザに迫る。


「んああっっ!!」

「っ!! ショックウェーブ!!」


 あと一歩近づけば攻撃が当たる距離で、ミモザは三度目の衝撃波を放った。ねねねは慌てて横に飛んでかわそうとしたが、衝撃波はねねねを追うように曲がってきた。


(ウソっ! 追尾!?)


 避けられない、そう思ったねねねはステッキを突き出し、もう一つの魔法を使う。


「ガード・アップッ!!」


 衝撃波が当たる寸前で魔法の障壁を作り出した。光の障壁に衝撃波が激突し、バチバチと火花を出す。しかし、それも束の間、衝撃波は障壁を破り、ねねねの脇腹に突き刺さった。


「いったぁ! くぅ……」


 障壁魔法のお陰で威力は下がっていたが、野球のデットボールを受けた時のような痛みに、ねねねはよろめいてひざをついてしまう。

 その一瞬の隙をつかれて、ミモザは後ろに下がっていた。遠距離への攻撃魔法を持たないねねねにとってその距離は致命的だ。


「ふふん。私に追尾魔法まで使わせるなんて、初めてにしてはやるじゃない?」

「いたた……。ミモザちゃんは強いね。正直、適いそうもないかな」

「それは当然よ! 私は学年トップクラスの魔法少女なんだから!」


 ミモザはオーッホッホッホ、と貴族のお嬢様が出しそうな声で笑った。いつの時代の子さ、と悪態をつく元気もなかった。


(やっぱり私には無理だったかな。にあちゃんの仇を討つなんて……)


 ねねねは悔しげに唇を噛み締める。その脳裏に浮かぶのは、自殺した幼馴染鷺ノ宮さぎのみやにあとの記憶だった—―。



 商店街のファーストフード店「マジック」の店内の一席で女子学生が身を乗り出して友達らしき女子学生に興奮した様子で話をしていた。


「それがね、聞いてよ。ねねねちゃん! 新しい学校、周りはみんな魔法少女なんだよ! みんな魔法少女に変身できるし! それでね、凄いんだよ! 私たちがやったことないようなスポーツがいっぱいあるの! ホウキの上での空中サッカーとか魔法を使った剣道とか!」


 店内は喧騒けんそうに包まれており女子学生が騒いでいても目立つことはなかったが、窓際に座っているような大人しそうな美少女が長い髪を振り乱し、アニメの声優のような声を張り上げて、店内の少ない客の視線を集めていた。


「そうなんだ。凄いね、にあちゃん。……でも、ちょっとだけブレーキかけて?」


 ねねねは目の前の少女・鷺ノ宮を優しく諭す。


「あ、ごめんね……」

「あはは、にあちゃんはホント魔法のことが好きだね」


 にあは気を落として席に座った。青色のロングスカートとボーダーのニットは幼さの残る顔の彼女によく似合っていた。


(ちょっと魔法に嫉妬しちゃうな)


 色素の薄い白い肌と茶色くて長い髪、垂れ目がちな大きな瞳。普段は大人しいのに魔法のことになると夢中になってしまう。

 ねねねはそんな彼女に憧れを抱き、好ましいと思っていた。


「それにしても、日本で唯一魔法を教える魔法教育女子専門学校かぁ。凄いなぁ、あそこの倍率五倍以上でしょ? それに受かったなんて凄いね」


 ねねねはテーブルの上のコーラをすすりながらにあを見つめる。


「そんな。私よりねねねちゃんの方が魔法の才能あるんだから、ねねねちゃんも魔法少女育成学園にを受ければよかったのに……」


 にあは心底がっかりした様子でウーロン茶の入った紙コップの中身をストローでクルクルと回す。


「嬉しいけど、私のは、人に見せられるような魔法じゃないよ」

「えー、そんなことないよ! ねねねちゃんの魔法は私のなんかよりずっと凄いよ! ねねねちゃん。今からでも転入試験受けてみない?」


 にあは再びずいっと身を乗り出す。ちょっと顔を動かせば唇が触れてしまいそうな距離に、ねねねはドキドキしてしまう。


「に、にあちゃん、顔が近いよ? ……入れるなら入ってみたいけど、難しいと思うよ。私、魔法使えるなんて実感もないし……」


 にあには魔法の才能があった。昔、鬼ごっこで捕まりそうになるとどこかに消えてしまったり、暗がりに明かりを作り出すことができたり、幼いころからその片鱗があった。だから、にあが魔法少女育成学園の入学試験に合格した時、ねねねはやっぱりと思った。


(学校が分かれてしまうのは、凄く寂しかったけど)


 ねねねにも、魔法と言えるかわからない不思議な力はあった。

 小学校の頃にねねねは陸上クラブに入っていたのだが、あまりに足が速すぎて他の子の二倍以上差をつけてゴールしてしまったことがあった。それを見ていたにあが「それ、魔法だよ!」と指摘されて、ねねねは初めて魔法を使えることを自覚した。


「そんなことないよ! 受ければ絶対に受かるよ! ねねねちゃんには魔法の才能があるんだから!」

「そうかなぁ……?」


 にあと同じ学校に通えるならチャレンジしてみたいと思うが、この春中学校に入学したばかりで今から転校なんて両親には言えなかった。


(難しいよね……)

「……ねぇ、ねねねちゃん?」

「ん? 何?」


 声のトーンが急に落ちたのが気になって、にあに視線を向けるとうつむいて真剣な顔をしていた。


「もし、ね。私が死んだら、悲しい?」

「えぇ!? そんなの、悲しいに決まってるよ! ど、どうかしたの?」


 にあはさっきまでの明るい表情とは打って変わって、深刻そうな顔をしていた。


「ううん、ごめん。なんでもないんだ。もし、私が……許してね?」


 消え入りそうなその声をねねねは冷静さを失っていて、聞き取ることが出来なかった。


「そんなにつらいことがあるなら相談してよ! 私はにあちゃんが死んだら悲しいし、絶対後悔するからね!」


 ねねねは怒ってにあの肩を掴むと「やっぱりねねねちゃんは強くて優しいね」とに彼女は泣きそうな顔でほほ笑んでいた。

 その後もにあを問い詰めたが、結局それ以上のことは語ってはくれなかった。

 そして、この数か月後、にあは自殺して亡くなった。

 そのことに気づけなかったねねねはひどく後悔をした。

 泣いて、泣きはらして、彼女の仏壇の前で「絶対、私が魔法少女育成学園に入って、魔法少女になる……! にあちゃんの無念を晴らしてみせるから!」と決意したのだった。


(そうだった。私、にあちゃんの仇を取るまで、諦めないんだ!)


 ねねねは唇を噛んでぐっ、と足に力を入れた。

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