壱章

壱話 吾輩は病弱な物書きである。


 吾輩はノベル・Lリミット・メテオ。

 小説家の端くれ。しがない物書きである。

 吾輩たちの先祖が夢想したサイエンス・フィクションの尽くは現実のものとなった。紙の本など遥か昔に絶えて久しい。

 其れでも「小説」という文化はしぶとく生き残り、栄え続けた。

 全ては、いつの時代にも「物書き」が現れ、「読み手」が居た故の事。

 吾輩は其れを、一人の物書きとして誇らしく思う。


「……っ」


 咳をすれば、鮮やかな赤い血が零れる。今日は気管支の方らしい。

 黒々とした血を吐く時は消化器の方だと医者は言っていた。

 最近は咳の度に出る血の色を予想するのが楽しみの1つだ。回数を重ねる度に何となくの区別が出来るようになり、正答率も徐々に上がり続けている。

 人類が宙に進出して早三〇〇と余年。宇宙を埋め尽くす宇宙線やら星間物質やらは人体を少なからず蝕む。コロニーにおける一〇〇パーセント人工の環境というのも、決して人体に優しいだけの代物では無かったらしい。

 故に。時折、吾輩のような虚弱な身体の「星間病」が生まれる。非常に稀な事ではあるが。

 医療技術も凄まじい進化を果たしているものの、「星間病」は生来の欠陥であると共に、肉体が脆弱過ぎて手術も出来ない。現在の人類に選択できるのは、投薬による対処療法のみ。

 星に生まれた命では、星の外に適応しきれない。是は、其れだけの単純な話である。

 母なる星は生命を慈しみ、護り続けていたという事だろう。

 吾輩は決して長くは生きられない。

 然れども、其れで良いとも思う。

 死ぬ直前まで、吾輩は文字を刻み続ける。妄想に形を与え続ける。其れだけの事だ。

 吾輩が死しても書いた物語は残る。生き続ける。

 故に。吾輩は今日もキーボードに……宙に浮かぶ其れに指を走らせる。

 その時、付けっぱなしのテレビの音が耳に届いた。


『ユファイ連合の宣戦布告から明後日で1年。ユベータ連邦政府は硬直した戦況を打破するべく、臨時徴兵制の導入を賛成多数で可決しました。これによりユベータ宙域に住む全ての成人は――』

「戦争。徴兵か……」


 「ユファイ連合」……「U-Φ-00001開拓宙域」から「U-Φ-39890開拓宙域」までの宙域における国家連合……が、吾輩の住む「ユベータ連邦」……「U-β-00001宙域」から「U-β-99999宙域」までの宙域における連邦政府……に宣戦布告したのが丁度1年程前の事。

 開拓途上のΦ宙域は、既に開拓や入植が完了したβ宙域と比べて立場が弱く、様々な面で不利を強いられていた。其処に起爆剤となる問題が立て続けに発生し、遂にユファイがユベータに宣戦布告をしたという流れである。

 国力に約3倍の開きがあり直ぐに決着するかと思われた戦争は、其の当初の予測を手酷く裏切って既に1年も続いている状態だ。

 そして、此処に来てユベータ連邦政府は徴兵制の導入を決定したという。

 今後、吾輩と同年代、或いはもっと若い世代が戦地に送られていくこととなるだろう。「星間病」たる吾輩は徴兵基準から外れているため戦地に送られる事は無いが。

 思う所は多分に在るが、吾輩は此の戦争を否定しない。安全圏で温温ぬくぬくとしているだけの一介の物書きに何が言える筈も無い。

 然れども……。


『非戦闘員1254名死亡。戦闘に巻き込まれたか』


 数日前に発行された新聞記事を画面に表示する。

 連合と連邦の戦闘に巻き込まれ、民間船が撃ち落とされたという痛ましいニュースである。

 是だけでは無い。此の戦争による悲劇は留まる所を知らない。毎日のように新しく増えていく。


「問。此の現状において吾輩に出来る事は在るか?」


 ――解。無い。


「問。戦いもせず、救いもせず。吾輩の命に意味は在るか?」


 ――解。無い。


「問。吾輩に失うモノは在るか?」


 ――解。無い。


「――答えは出た」


 宙に浮かぶキーボードに、ある筋から入手したコードを入力していく。

 直後。PCのスクリーンが漆黒に染まる。

 次に、紫色の「煙管きせる」を模したマークが浮かび上がった。

 其れこそは、星間ハッカー集団「アエジネチア」の紋章である。

 吾輩が開いたのは、アエジネチアが管理運営するサイト。

 此のサイトを前に吾輩は咳払いを一つ。

 意を決し口を開き――


「吾輩はノベル。ノベル・L・メテオ。諸君らに頼みたい事があり、このメッセージファイルを添付させて頂く。どうか――」

『え!?マジでノベル先生っスか!?……あ、マジだ!PC内に未発表の原稿があるっス!ひゃ~!モノホンっスよ!ウチ、先生の大ファンっス!あ!ちょっと待ってて欲しいっス!……サンちゃん!サンちゃん!ノベル先生からメッセージが届いたっス~!』

『はぁ?何を馬鹿なことを……え!?ホントに!?嘘でしょ!?』


 吾輩が想定していた流れとは大いに異なったものの。

 是が彼女たちとの出逢い。

 吾輩の闘いのプロローグとなったのである。


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