永い遺書

しゅりぐるま

第1話

 私ね、小さな頃から存在感があったの。小学校の通知表にも書かれた。見た目が整っていたのよ。渋谷、原宿を歩けば必ずスカウトに声をかけられたし。池袋、新宿、恵比寿とかの繁華街を歩けばナンパされる。銀座でスーツ姿の紳士に名刺を渡されて、クラブのホステスにならないかと言われたこともある。


 でもね、中身が伴っていないの。明るく前向きな性格ならよかった。平凡で面白みも無くて、一目置かれるような中心的人物でもなければ、友達からたくさんの相談を受けるような誠実さもない。自分のことばかりで、大勢から好かれたいくせに、すぐに他人を見下す。


 そんな自分に気が付いたのは、最近だけどね。


 私は、他人の気持ちにも、自分の気持ちにも、ずっと鈍感に生きてきた。

 これまでに傷付けた人は数知れないだろう。もしかしたら、中身のない薄っぺらい奴だって、すぐに気がついて、傷付く前にみんな離れて行ったのかもしれない。私に友達が少ないのは当然だ。


 近頃、ふと思うことがある。私は、この世界に向いていない。何か大きなことを成し遂げたい訳じゃない。そんな力は私には無いと、いくら鈍感な私でも気がつくくらいには年をとった。ただ、普通に暮らしたいだけだ。

 何もかもうまく行くとは思っていない。仕事がつらい日もあるだろう。病気にかかることだってあるだろう。落ち込む時だってあっていい。それでも普通に生きていく。

 朝起きて、顔を洗って歯を磨いて食事をする。平日は働き、休日はやりたい事をする。時にはさぼって一日中寝ていたっていい。そして夜はお風呂に入り、清潔な身体で就寝する。ただそれだけだ。ただそれだけ。それだけのことが、私にはできない。


 明日から7時に起きよう。そう決めてやり始めるのに数ヶ月かかる。やり始めても、一週間続かない。奇跡的に続いても、心にダメージを負うと途端に何もできなくなる。そうしてまた、数ヶ月を腑抜けて過ごす。


 結婚はしている。子供はいない。子供が欲しいとは思っている。そのための活動も夫婦でしている。

 でも、こんな私の元に来てくれる子供はいないだろうとも思っている。授かったところで、面倒が見られるのか。

 風呂も入らない。歯磨きもしない。心にダメージを負っている時は、その状態が1週間続いたりする。そんな女のところに来たい赤子はいないだろう。


 夫はそんな私を何故見捨てないのか。私でなくては駄目だという夫は変わっていると思う。こんなお荷物でしかない私の、どこがいいと言うのか。


 こんなことを考えているうちに、一日一日が過ぎていく。明日も、この合わない世界と生きていく。何をどうしたら普通に生きることができるのか。最期のチャンスとしてゆっくり考察したい。これまで私に何が起きて、何が起きなかったのか。世界がどう変われば、私は思うまま生きられるのか。


 私は、私というどうにも扱いにくい存在を、どうしたら好きになれるのか。考察の果てにこの答えが得られる事を、私はきっと、心のどこかで願っている。

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