犯人はわかっても

 私は女子大生に質問を投げかける。


「その赤い服の女の人の顔は見ましたか?」

「いえ、上からだったので」


彼女が指差したのは3階のベランダだった。


「背は高かったですか? 低そうでしたか?」

「ちょっとわからないです」

「そうですか。では髪型はどうでした? 色とか」

「それもちょっとわからないですね。すみません」


 なるほど……ね。

 なんとなくわかってきた。


「はい、だいたいわかりました。ありがとうございました」

「お役に立てずすみません」

「いえいえ、私にとっては十分です」


 私は地面に書かれた番地をスマホで撮影して、愉快な仲間たちに声をかける。


「行きましょう」


 二人はきょとんとしている。

 そして顔と見合わせた後、歩き出した私の横に並ぶ。

 私たちは再び大通りに出てくる。

 夕暮れに近づいてきて西日が眩しい。


「TJ、今ので何かわかったの? 探偵ヤバいね」

「わたしには何もわからないってことしかわからなかったなー」

「TJは天才だからなんでもわかっちゃうんですよー」


 ヘラヘラしているなぁ。


「リンちゃんってホラーとか好きなんだっけ?」

「え? なんで? 苦手だよー。でもTJの小説は頑張って読むけどねー」

「今の状況って結構ホラーっぽくて怖くない?」

「あー、たしかに言われてみればー。でもTJが一緒だから怖くないよー。オバケとか出てもやっつけてくれるっしょ?」

「やっつけらんないわ。私をなんだと思ってるのよ」


 肩を軽く小突く。

 適当なことばっかり言うんだ。このピンク髪ギャルは。


「でもリンちゃんが言うとおり、東城ちゃんの怖いもの知らず感って一緒にいてすごく安心感あるけどね」

「築地さんのがお姉さんなんだから助けてくださいよ」

「嫌よー。わたしも怖いの苦手だもん」


 頼りがいねー。なんだ、こいつらー。

 そして……。


「まー、でも私の予想だけどさ……さっき地面に書いてあった住所に行けばこの事件ってそれで解決するような気がするんだよね」

「え、なんで? 推理?」

「推理っていうか……そろそろ夜だから」


 私がそう言うと二人は再び顔を見合わせる。


「どういうこと?」

「わかんないけど。まぁ、なんとなくそんな気がするってだけ」


 そう言って私は歩き始めた。

 犯人はこの二人だ。十中八九。

 あとマッキーも関与してるかもしれない。


 おそらくあの血文字の物件は今日のために借りていたのだろう。

 そしてここへの誘導も意図的なものだ。

 さっきの女子大生は明確に嘘を吐いていた。仕込みだと断言できる。

 なぜなら顔や身長は上から見ていたならわからないだろうが、そんな地面に落書きをしている変な女を見て、その髪型がわかないわけがないからだ。去っていく後ろ姿でもわかる。

 仮に帽子やフードで見えなかったとしてらそれを言うはずなのだ。目撃した角度から確実に見えているはずの部分がわからない。なのに赤い服の女が地面に数字を書き残していったことだけは覚えている、というのは不自然すぎる。

 たまたま目撃者である彼女が現れ、しかも面識もない私の話を最後まで聞いてくれたというのもおかしい。


 極めつけはこの異様な状況に対して、リンちゃんが落ち着き過ぎていることだ。

 私がいるから大丈夫だとか言っていたが、ホラーが苦手な人間は推理力があっても幽霊には何も効果がないことなどわかるはずだ。


 そして、そもそも私の書いた小説に似た状況をわざわざ私の前で作り出そうなんてことを考えるのは数少ない友人たちに決まっている。

 まだ仲良くなって日が浅く、帰国したばかりの築地さんを使ったのは目くらましとしては有効だったが、流石にここまでであろう。


 ただ……目的がわからない。

 何が目的でこんなことをしているのだろうか。

 どんどん日は沈んでいく。

 そして目的の場所は――。


「映画館だ」


 私の感謝祭を開催した、あの名画座を指示していた。

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