違和感

 私は支払いを済ませ、ぴーちゃんと店を出る。

 実際には一滴たりとも液体を摂取することができないVRのカフェにお金がかかるのにはいまだに納得がいかないが、ぴーちゃんと一緒なら許せる。

 むしろAIがお茶をするところがなかったら怒り狂っているところだ。

 ぴーちゃんのために現実世界のチェーン店並みに数を増やすべきである。


 ここで私はふと一つ気になることができた。

 VR空間内のカフェは雰囲気を楽しむものであり、個人的な話をするための場所であり、レアケースとして今回のようにAIがお茶をすることもある。

 だが、それがおかしいのだ。

 今までなぜ何の違和感も覚えなかったのだろう?


 ――絶対おかしい。なんで……?


「ニコちゃん? 難しい顔してどうしたんですか?」

「うーん……ちょっと気になることができまして……。歩きながら話しましょう」

「ハイ」


 ぴーちゃんの家はカブキシティのマンションだ。

 これから先ずっと住み続ける、終の住処になる可能性が高いからとかなり奮発したそうだ。

 現実に土地が存在するわけではないので、料金さえ払えば間取りは自由に決められるので、だいぶこだわったという、

 ぴーちゃんはなるべく現実にありそうな部屋にしたいということで、使いもしないトイレや浴室、洗面所にキッチンも付けているらしい。

 リアルな人間のVR上の家は実用性皆無なので完全に逆転現象だ。

 私の家なんてそれこそ玄関からいきなりリビングで、キッチン、トイレ、風呂どころか窓もないし、電灯もない。

 明るさは設定で決められるので電灯は飾りでしかないのだ。


「こっちです」


 ぴーちゃんに案内されながら、私たちはカブキシティのサイバーパンクじみた雑踏を抜けていく。


「リアルだったらここのモデルになっている新宿歌舞伎町になんてとても住めないんですよ。色んな意味で」

「いろんな?」

「人が住むような街になってないんですよ。遊びに行くための場所みたいな感じです。百貨店や映画館、劇場、ライブハウス、レストランにバーとあらゆる商業施設が揃っていますが、スーパーも少ないですし、昼夜を問わず人が騒がしいんですね。さらに人が集まるので地価が尋常じゃない高さでそれに伴って家賃もとても高いそうです」

「なるほど。みんな歌舞伎町に遊びには来るけど、違うところに棲んでいて、そこに帰っていくんですね」

「そうなんですよ。VR上だと建物の見た目と中の広さに相関関係がないので、どこでも金額は一定なんですけどね」

「好きなところに住めるっていうのはVRのいいところですね」

「まぁ、そもそも拠点を変えるメリットってそんなにないので初期登録の場所そのままですけどね、大抵の人は」


 カブキシティはVR上でも遊ぶための場所や誘惑は多いが、別に治安が悪いということはない。

 スラムが別で存在するのでそこに集約されている。

 むしろ人が多い分、セキュリティが強固で警備AIのロボットなども多数巡回しているのだ。


「ところでさっきニコちゃんが言ってた"気になること"ってなんですか?」

「カフェの存在自体です。私はこれまで何の違和感もなく使ってきたんですが、そもそも存在していることがおかしいんです」

「おかしいですか?」

「はい、おかしいんです。喫茶店なんてあんなクオリティでこの世界に存在させるメリットはあまりありません。現実に近づけるために飲食店なんかもありますが、正直それにお金を払おうという人は殆どいないんです」

「たしかに、さっきのお店もワタシたちだけでした」

「休憩したければ、勝手にヘッドセット外してリアルでお茶飲めばいいだけですからね。ホームなりひと気のない場所なりで話はすればいいですし、わざわざ盗聴できない場所なんてそんなに使う機会もありません」

「じゃあ、なんでカフェがあるんでしょう?」


 セーラー服を纏ったサイボーグ美少女が首を傾げる。

 高性能AIは計算能力は高くても、別に推理力が高いとか閃き能力が高いということはないらしい。

 人間がAIに完全に敗北するにはまだ時間がかかりそうだ。


「これは私の推理……というか予想でしかないんですが、もともとAIが使うために作られたんじゃないかと感じています……AI用に作ったものを人間が利用するからただクローズな場で会話をするためのスペースだとかに転用されたんじゃないでしょうか」

「でも、なんのために?」

「それはわかりません。いつかわかる日が来るかもしれませんし、私のただの勘違いかもしれません」

「なんだか気になりますね」

「ま、気にはなりますが、仮にAIのために作られた施設だったとして、それが何のためかわかるのはかなり先のことになるでしょうね。今はただの雑談というか陰謀論みたいなものです」

「ニコちゃんはいつも面白いことを話してくれます」

「こういうくだらないことをしていると……すぐ目的地に着きますからね」

「あ、本当だ。もうワタシのおうちです」


 ぴーちゃんのマンションはザ・近未来って感じの高層ビルだった。

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