ありがとう

 今回は私からファンのみんなへの恩返し企画なのでスパチャは禁止――受け付けていない――である。

 ゲストへのギャラも全額私持ちだ。

 みんなはいらないと言ってくれたけど、プロのアイドルのスケジュールをカラオケ企画のために埋めたのだ。

 そこは普段出るライブのギャラの倍払わせてもらった。

 というか、みんなが言う普段の出演料が安すぎたので倍でもなお安い。

 みんなはチェキとグッズが主な収入源でライブ出演料は微々たるものらしい。

 アイドルも世知辛い。


 それはともかく……。


「皆さん、こんばんは。名探偵Vtuberの藤堂ニコです。いつもは私の推理力で楽しんでもらっているんですが、たまには違う形で感謝をお伝えしたいと思って、ライブイベントを開催させていただくことになりました。私一人だと学芸会レベルのものになってしまいそうなので仲間……友達にも来てもらいました」


[ニコが友達って言ったぞ]

[やっとマッキー以外も友達認定もらえたのか]

[課金できない。資金提供できない俺に価値があるのか]

[これまでのスパチャに報いてくれてるんだから、おじさんも素直に楽しめよ!]


「えー、私という存在を形成するものは事件と謎、そして自分の推理力だけだと思ってきました。でも最近違うと気づきまして……。あのー、気恥ずかしいんですが、私を応援してくれるファンの皆さんやこうしてイベント開催を手伝ってくれたVtuber仲間……友人たちも私が私でいられるためにとても大切だったんです。推理ショーに対していただいたお金でもですし、応援のコメント一つ一つもですが、対価としてもらい過ぎだなと。もらい過ぎた分は皆さんにお返ししたいなと……なので一つ、この場でお伝えさせてください」


 私は大きく一つ息を吸い込む。


「皆さん、いつもありがとうございます。どうやら……私は皆さんのことが結構好きみたいです」


[俺たちも好きだぞー]

[言い方はあれだが伝わった]

[結構好きみたい、って言い回しがニコっぽい]

[映画館で号泣してるおじさんがいる……もしや……]


 上映会は観ながらコメントできるようにスマホ操作可となっている。


「さて……というわけで、これから拙い歌とダンスではありますが、ファンの皆さんからのアンケートをもとに色々パフォーマンスをやっていきますからね。まぁ、ぶっちゃけ私のクオリティは微妙ですが、アイドルのみんながうまいことやってくれるでしょう! では最初の曲――」


     ※


 まぁ、なんだかんだライブは盛り上がった。

 私の絶妙なヘタウマさがクセになるという謎の評価が多数を占めていたのであるが……。


[なんだろう……上手くはないんだが……なんだろう]

[声に安定感はまったくないんだけど、音程だけはまったく外さないの逆にすごいな]

[一瞬、音痴か?と思わせておいて、あれ?そんなこともないの?ってなるな]

[声質は可愛いのに、不安定すぎる]

[洗脳されてるみたいだった]

[絶妙な微妙さ……ニコって声はかわいいからな]

[金を払わせてくれ!]


 この感想に釈然としないところはあるが、みんなが喜んでくれたならよかった。

 第二回はやるかわからんけどな!


 みんなで打ち上げをした後のスタジオからの帰り道――。

 私はマッキーの自宅マンションに向かって、夜の学生街をゆっくり歩く。

 疲れて速く歩けないのだ。

 学生街なので街は騒がしい。スタジオからは少し遠回りして映画館の前を通らないようにする。

 もうファンのみんなも帰っているはずだが、なんだか気恥ずかしくて前を通る気になれなかった。


「みんな喜んでくれたみたいでよかったね。わたしもすっごく楽しかった。帰ってアーカイブ観よ」

「恥ずかしいから観ないでよ」

「いいじゃん、いいじゃん」


 マッキーが満面の笑みを湛えて、私の肩をたたく。


「しかし、ドッと疲れた。2キロくらい痩せたと思うね」

「ぴーちゃんの復活ライブに続いて、今日の感謝祭と立て続けにこんな神ライブ観れてオタク冥利に尽きるよねー」

「ぴーちゃんの素晴らしいライブと私のお遊戯会を同列に語らないでよ」

「そりゃ、TJの歌とダンスはまぁクオリティ的にはなんとも言えないけど、感動でいえば同じくらいだったよ」

「まぁ、クオリティについては自分でもわかってるからまったく否定はできないし、ライブの質じゃなくてマッキーの気持ち的一緒だったならそれは良しとするか」

「うんうん」


 ふとスマホを観ると連絡先を交換していた瀬戸教授から「感謝祭の配信観ました。P2015と仲良くしてくれてありがとう」という簡素なメッセージが届いていた。

 これからも彼女のことを遠くから見守っていくのだろう。


「瀬戸先生もぴーちゃん観るためにさっきの配信見てたらしいよ。ぴーちゃんが楽しくアイドル活動してたらそれで親孝行になってるんだろうね」

「わたしも何か親孝行しようかな」

「マッキーらしからぬことを言う」

「たまにはそういうこともやってみたくなる時があるのよ。ぴーちゃんとTJ観ててさ、感謝を伝えるとか大事だなって思った」

「ま、悪いことじゃないよね。恥ずいけど」

「最初の挨拶、照れてたねー。素直に『みんな大好き!』って言えばいいのに」

「言うわけないでしょ、そんなの」

「逆に言わないからこそ気持ち伝わったとこあるけどね。『結構好きみたいです』だって」

「あーあー、うるさいうるさい。声マネすんな!」


 私はマッキーの肩にチョップする。

 身長差がけっこうあるので頭にはキレイに手刀が入らないのだ。


「TJは親孝行しないの?」

「ちょっと考えてた。私、実家との折り合いがあんまり良くなくてさ……ちょっと避けたところもあるんだけど……私ならではのやり方で喜ばせてあげることもできるかなって」

「へー、どんな?」

「お父さんとお母さんね、ホラーとかファンタジー小説が好きなんだ。私が作家になるって言った時、そういうの書いてほしかったみたい……だから、ホラー小説出して、親に渡そうかなって。前にホラー小説もちょっと書いてるって言ったじゃない?」

「『夜道を歩く時』ってやつでしょ? 読んだよ。わたしは結構好きだった」

「あれ、出版社から書籍化の相談しませんか?って連絡もらったんだよね。私はミステリ作家だからって思ってたけど、ちょっと請ける方向で話聞いてこようかなって」

「おー、いいじゃんいいじゃん」

「まぁ、話聞いてみて検討って感じだけど」

「それでもいいと思うよ、そういう気持ちが大事なんじゃん。もし書籍化しなくてもたまには実家に帰ってあげなよ」

「そうだねぇ。もうVRでしか会えなくなっちゃうっていうのも目の当たりにしちゃったわけだし……それも検討しとく」


 そんな話をしているうちに私のマンションの前だ。


 これからも色んな事件や謎が私を待ち受けているだろう。だけど、そのことばかりではなく、応援してくれる人たちや友達のことも忘れずに大事にしていこう。

 そうすれば、私はこれからもきっと私が好きな私でいられるはずだ。

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