親子の魂はきっと――

 最近、人気が出てきたとはいえまだまだマイナー寄りの地下アイドルのぴーちゃんだが、今日は満員御礼だ。

 配信チケットもめちゃくちゃ売れたらしい。

 私の配信やSNSでの強めの宣伝の効果も多少はあったのかもしれない。

 私とマッキーは一般チケットを買っていたのだが、スタッフAIに関係者エリアに通された。


「こういうの私、ちょっとだけ複雑な気分なんですよね」

「ニコちゃんは他のオタクと同じに扱ってほしいんだもんね」

「そうなんですねぇ。エコ贔屓されてると他のオタクに思われるのも嫌なんですねぇ」

「そりゃ、もう無理よ。ぴーちゃんの依頼受けて、父親まで見つけてきて、家の手配までしてイチオタクですよってのは」

「わかってるから素直に関係者エリア来てるんですけど……複雑ですねぇ」

「面倒くさいやつ」

「よくわかってるじゃないですか。私は面倒くさい奴なんですよ」


 瀬戸先生は後方彼氏ヅラならぬ後方親父ヅラである。

 緊張から引き攣った顔で腕を組んでいる。

 AIの研究をしてるとはいえ、VR上でアイドルのライブなんて観たことないのだろう。

 おじさんアバターはいっぱいいるが、先生は全然ドルオタっぽくない。

 ちなみに中の人がおじさんの場合、普通に渋いおじさんアバターにするのが一番多く、次が美少女になるらしい。

 意外とイケメンとか男性アバターで美化するパターンは少ないという。

 それは気恥ずかしいのだろうか。


「そろそろ始まるね」


 一瞬暗転した後、ステージ中央にP2015ことぴーちゃんがライトアップされる。

 メタリックな片腕でマイクを掴むと、いきなり歌い出す。

 ぴーちゃんの持ち歌はEDM――エレクトロニック・ダンス・ミュージック――が多く、自然と身体がノッてくる。

 シンセサイザーの音はサイバーパンク的世界観にもマッチしていて良い。


…………………………

………………………

……………………

…………………

………………

……………

…………

………

……


 開演から一気に7曲歌った後、会場全体が明るくなる。

 MCの時間だ。


「ミナサン、ご心配おかけしましタ。ワタシ、帰ってきましタ!」


 会場がわっと盛り上がる。


「おかえりー」

「待ってたぞー」

「かわいいー!」


 配信の方でも投げ銭が飛び交っている。


[《¥10000》家買う金の足しにしてくれー]

[《¥5000》おかえりー]


「しばらくオヤスミをいただいてましタがワタシはもう元気デス! 何があったノ?という方は、詳しくは探偵VTuber藤堂ニコチャンのチャンネルに上がってますのでそちらをご覧くださいネ!」


「観たよー」

「あ! ニコちゃんが客席いる!」

「どこどこ?」

「関係者エリア」

「ニコちゃーん」


 私は苦笑いで手を振り返す。

 関係者エリアは一段高くなっているので、見つかってしまうと悪目立ちしてしまう。

 会場は謎の盛り上がり……なんかウケている。クスクス笑いが起きている。いたたまれないから早くぴーちゃん進めてほしい。


「えーっとですね。ミナサンは私がAIだということはご存知だと思うんですガ、実は今日私を作ってくれた開発者……いえ、お父サンが来てくれているそうでス」


「マジか!」

「すげー」


 ぴーちゃんが故人の人格や身体データを元にして作られていることはけっして公表しない。

 色々な問題が絡むからだ。

 しかし、AIであることは本人ももともと隠していなかったし、私への依頼で知れ渡ってしまったので、こうしてオープンにしていくらしい。


「ワタシには会ってはいかないそうですが、一つだけ。お父サン、ワタシを作ってくれて……ワタシを産んでくれてありがとう。アイドルになる夢が叶いました。あと、お父さんはワタシに正体を明かさずにこっそり見守るつもりだそうですが……どの人かわかりますよ。ワタシはAIかもしれないけど、親子だと思ってるから」


 ぴーちゃんの視線はまっすぐ瀬戸教授を見つめていた。

 瀬戸教授は周囲に気取られぬようにか微動だにしない。

 でも私にはこの瞬間、二人がちゃんと通じ合っているのがわかった。 

 二人がはっきり見える関係者エリアでよかった。


 似てないとはいえ自分の顔立ちに傾向が近いアバターを探したのかもしれないし、ぴーちゃんは一度でもライブに来た客を忘れないので、新規客の中から年齢や性別で一番可能性が高い人物をピックアップしたのかもしれない。

 無意識にAIの処理能力で導き出した結果であることは否定できないし、むしろその可能性が高いと思う。


 でも――魂はあるのだと……親子の魂が惹かれあったのだと……私はそう信じたい。

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