たとえ記憶がなくなったとしても

 ぴーちゃんの復帰ワンマンが開催されることになった。

 大江戸ライブ2という本館より少しキャパが小さいライブハウスだ。

 装飾は本館と変わらずケバケバしいネオンと提灯が光り輝き、ピンク色の暖簾がはためいている。

 似非ジャパンサイバーパンク感がたまらない。


「ひえー、2の方も相変わらず下品だねー」


 お上品モデル系中の人が入っている金髪ゴスロリアバターが言う。

 情報量多いねん。

 ちなみに私は探偵ニコちゃんスタイルである。

 そして……。


「緊張するね」


 私とマッキーの隣にはもう一人。

 本人をトレースしただけのスーツで白髪のおじさんアバター、というか瀬戸教授がいる。


「緊張とかするんですか?」

「自分でもなんの緊張かよくわからないんだが……そうだな、何年ぶりかもわからないが緊張している」


 マッキーが「おじさんでも緊張ってするんですねー」とか言ってる。


「自分でも驚きだよ。歳をとるごとに緊張しなくなるのではなくて、自分から緊張するような新しい体験を避けるようになるだけなのかもしれない」

「もう受験したり、就職活動したりとか自分の人生を左右するようなことしなくていいですもんね」

「そういうことなんだろうな」


 彼はアバターでもソワソワと落ち着きがない。

 亡くなった娘の人格コピーが自らの力でアイドルになり、それを目の当たりにするのだ。

 本当ならもう見ることができないはずの娘の人生の続きを垣間見るというのは普通の精神状態ではいられないだろう。

 たとえ、ぴーちゃんには生前の記憶は残されていないとしても。


「最前列で観ます?」


 私が冗談めかして言うと、教授はようやく破顔した。


「いや、遠慮しておく。遠目に見るだけでいいんだ」

「ところでぴーちゃんの風貌っていうのは娘さんがモデルになってるんですか?」

「あぁ、顔と声は生前の動画データを元にしている」

「なるほど。先生には似てませんね」

「妻に似たんだ」

「納得です」


 となると、ぴーちゃんはリアルでも相当な美少女だったのだろう。

 アイドルを夢見ていたというのも頷ける。


「君もリアルの姿をトレースしているのか?」

「トレースまではしてないですね。イラストレーターさんに似せて描いてはもらいましたが」

「そういうことか。VR上でもすぐに東城さんだとわかるな」


 VR上で本名の東城って呼ぶなよってちょっと思ったけど、まぁVR慣れしてない人に言っても仕方ない。

 ニコちゃんとか呼ばれてもなんか変な感じだし。


「ぴーちゃんのガワだけ作っておいて、後からそのアカウントにAIのデータ紐付けたんですね」

「あぁ」

「サイバーパンク趣味は瀬戸先生のですか?」

「いや、本人のスケッチブックに描いてあったものを参考にした」

「良い趣味してたんですね」

「ちょっと変わった子でね。アイドルには憧れていたようなんだが、子供の頃からお姫様とかよりロボットや怪獣が好きだったんだ」

「それでVR上でサイボーグキャラのアイドルをするようになるっていうのは妥当でもあり不思議でもありますね。生前の記憶を残さなくても、容姿とか人格のセンスに引っ張られるんでしょうか」

「そういうものなのかもしれないな。君も記憶喪失になったら、再び探偵をやるんじゃないか?」

「あー、まぁそうかもしれないです。記憶はないけど、ある程度一般常識が残っていて、知性が今のままなら自分の服装や容姿からアイデンティティを構築しそうです」

「興味深くはあるね」


 だが、このことが研究されたり発表されることはない。


「確かに記憶喪失になって、この金髪ロリアバターで目覚めたらわたしも今と違う性格になってそうな気がするなー」

「マッキーは全然リアルと違うもんね。でも金髪ロリに多少引っ張られてもなんか本質は変わらなそうな気がしますよ」

「そう?」

「えぇ、なんか……魂が強そう」

「魂とか非科学的なこと言うの珍しいね」

「探偵は科学者じゃないですし、私はホラーとかオカルトも好きなんで、このくらいのことは言いますよ」

「そういえばホラー小説も書いてたもんね。あ、そろそろ開演時間だよ。入ろう」

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