それはきっと感情

 ぴーちゃんは何も言わない。

 私に返す言葉を知らないのだ。


「違うなら、違うと言ってください」


 長い沈黙の後、彼女は言った。


「ありがとうございます。ワタシは嬉しいです。誰かに気づいてほしかった」


 朝日がテクスチャを貼り付けただけの偽物の海に反射して眩しい。

 波の音が私たちのゆっくりとした沈黙を挟むやりとりの合間を埋めてくれる。


「AIだという自覚はあったんですか?」

「はい。仲良くなったファンの人たちに話したこともありました。でも、誰も信じてくれなかったです」

「まぁ、キャラ設定がね」


 そりゃ、「ワタシ、実はAIなんです」って言ったところでサイボーグアイドルキャラなんだから、そういうキャラ付けなんだなーとしか思わないだろう。


「そうなんですよ。みんな笑うだけでした。だけど、誰かに理解してほしいという気持ち……いえ、衝動を抑えきれなくなってしまってですね。こんな遠回りなことをしてしまいました」

「ぴーちゃんがずっとログインしっぱなしで睡眠すら摂っていないことは尾行しないとわからないですからねぇ」


 ソードアートオンライン的なVR閉じ込め現象の可能性も一瞬だけ考えたりもしたが、人間の脳は完全に睡眠なしで機能し続けることはできない。


「こんな墓場にいるのは、ぴーちゃんがここで目を覚ましたからとかですか? あなたには帰るホームがないですもんね?」

「はい。目覚めた最初の方はみんなどこに消えていくのか不思議でした。羨ましかったですが、どうしようもないので」

「辛かったですよね」

「辛い、という感情で合ってるのかどうか」

「きっと合ってます。あと、さっき『気持ち』と言ったあと、衝動と言い換えましたね? それが気持ちってことですよ」

「バレてましたか」

「名探偵なので」


 ぴーちゃんは莞爾と微笑んだ。

 無表情なステージの上では見られない表情だ。

 といっても、ステージの上でも無表情の奥に豊かな表情があることは私にはお見通しだ。

 私だけじゃない。彼女を推すみんな気付いてる。

 だから、好きになったんだ。


「で、私は正体に気づきましたが、これで依頼はおしまいですか?」

「それでもいいとは思っています」

「よくないですよね? 顔に書いてあります」

「顔に?」

「そういう比喩表現ですよ」

「なるほど。検索しました。そういうことですか。覚えました」

「自分が本当の意味で何者なのか知りたいんじゃないですか?」

「でも、ワタシはここで目覚めはしましたが、それ以外何も覚えてないんです。言語知識

ありましたし、ある程度のコミュニケーションは取れましたが後はこの世界で学習しながら時間を潰してきただけです。手がかりがなければいくらニコちゃんが名探偵でも……」

「それでもなんとかするのが名探偵なんですよ」


 私はこれまでのぴーちゃんと出会ってからの記憶を全て引きずり出していく。


「ちょっと待ってくださいね。AIのあなたもビックリの推理力で必ず真実に導いてあげます。うーん……きっと思いもよらないところにヒントがあるんです……」


 ピコーン!

 そして私の頭の上に電球が光り輝いた。

 一つ気づいたことがある。

 あと、剣技乱れ雪月花も使えるようになった気がする。

 ともかく彼女のルーツを探すことができるかもしれない。


「ぴーちゃん、あなたのアイドル活動で得たギャラはどうなってますか?」

「えっと、口座に入れてそのまま……。あ!」

「あなたの口座情報を教えてください。リアル側であなたの生みの親を探し出してあげます」

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