解決編 探偵 vs 占い師

 生配信がスタートする。

 私は呼び込まれるまで、カメラの後ろで待機だ。

 千里眼オロチが現れると私には一瞥もくれず、煌びやかなセットのソファに腰掛ける。

 ハリボテの板の英国風なんちゃって背景と違い、すべての家具が3D映像として作り込まれている。


 ――くー、お金持ち羨ましい。


 冒頭の挨拶もそこそこに紹介される。


「本日は今話題の名――迷う方かしら? の探偵さん、藤堂ニコさんをゲストにお招きしました」


 ――現状、特に否定することもできない。


 私は彼女のSNSと過去動画を一瞬で確認し、勝利を確信してゲスト用の一人掛けソファへと腰掛ける。


「えへへ、ご紹介にあずかりました迷う方の迷探偵、藤堂ニコです。よろしくお願いします」

「藤堂さんはわたくしの占いや未来予知をインチキだと吹聴されているということでぜひお話をうかがいたいとお呼びしたのです」


 コメント欄は一瞬だけ目をやったが、私に対する誹謗中傷、罵詈雑言の嵐なのだろう、リアルタイム検閲で殆どが閲覧不可になっていた。


 ――最近はVへのメンタルケアも行き届いていていいですね。


ただ、殺害予告のような行き過ぎたもの以外は表示されるのでちょびっとだけ傷つきもする。


[〈¥10000〉オロチ先生、彼女の死期を占ってやってください。明日ですかね?]

[〈¥42700〉ニコちゃん可愛いですね]

[〈¥15000〉オロチ先生、今日もお美しい]


 とんでもない額が飛び交っている。

 こんな額のドネーションが飛んできたら私なら10回くらい声に出して読みたいところだが、オロチは一瞥もしない。


 ――金持ちは違うなぁ。あと私のこと可愛いってコメント……42700円「死にな」ってことか。そりゃそうだ。基本ここにいるのはだいたいオロチの味方だもんね。


「早速ですが、藤堂さん。私がどんなインチキをしているのかご説明いただいてよろしいですか?」


 占い師Vtuebrは丁寧な口調ながら圧倒的な自信を漲らせる。


「はい、わかりました。まず未来予知のカラクリは簡単です」


 オロチは顔面を引き攣らせる。高性能なVRヘッドセットが中の人の表情筋を正確にトレースしているのだろう。

 精度の高いトレースは人間味が増すが、時に動揺やストレスを隠せないというデメリットも大きい。

 彼女は表情に出るタイプだ。


「続けてください」

「まず、SNSでそれっぽい予知の投稿を大量にします。非公開で。後から当たっているものだけ公開設定にしてあたかも未来予知をしていたかのように見せかけたんです。大企業が運営しているSNSや動画投稿サイトで投稿日時の改竄はできない。つまり投稿それ自体は本物なんです。ただ、その未来予知投稿の他に無数のハズレた予知の投稿があるのでしょうが」


 彼女が何か口を開こうとするもそれを手で静止して続ける。


「動画も同じ理屈です。大量に録ってあったもののうち当たったものだけを公開しています。なぜそう思ったかは簡単で、予知の投稿についているコメントの日時です。どれも初期の予知はなぜか投稿の直後ではなくその後数年経ってから初コメントがついています。それで非公開のまま寝かせたのだろうことは簡単に想像できました」

「証拠は…………あるのですか? なければ言いがかりですよ。名誉棄損で訴訟すればあなたが勝てる要素はありません」

「そうかもしれないですね。証拠はありません」


 私は大きく一つ息を吸って、決定打を出す。


「証拠を出すのはあなたです」

「あなたのSNSの投稿には閲覧者を限定したものが幾つかあります。きっとそれが未来予知なんじゃないですか? 観ている人はメンバーシップ上位クラス限定投稿なんじゃないかとか、特定の顧客に向けたものなんだろうと疑わなかったでしょうが、おそらく似たような内容のものがストックされているんでしょう」

「それを見せてください。もし閲覧資格がメンバーシップの100万円のクラスだとかいうのであればこの場で入会します。出せないのであれば……あなたの負けです」


 おそらく外れた予知投稿はすべて削除しているはずだ。

 だが、今後もし使える可能性があるメッセージあがあれば残してある可能性は十分にあると踏んでいた。私がどこまでわかっているのか読めていない段階で今後の予知すべてを削除することはできないに違いないと思っていた。

 比較的最近の当たっている予知投稿には投稿直後に特定のアカウントからのコメントがついているが、それはコメント日時の不自然さに気付いた彼女のサブアカウントやグルになって未来予知ビジネスを担いでいる連中のものだ。

 きっと昔の投稿は消してしまいたかっただろうが、有名になったきっかけになった投稿を消すことはできなかったんだろう。


「見せて差し上げることはできますが……その必要はありません。あなたの言うとおりだからです」


 オロチはぐったりと項垂れている。

 今頃、彼女を非難するコメントで溢れかえっていることだろう。


「ニコさん、一つ訊いてもよろしいですか?」

「どうぞ」

「なぜこんなことをしたんです? 私を脅すこともできたでしょうし、グルになってお金儲けをしようと持ち掛けることもできたとおもいます」

「それは簡単です。あなたの未来予知を信じて、占いにのめり込んで、絶対に手をつけてはいけないお金に手をつけてしまいそうな人を助けるために私は自分の頭脳を使った。それだけです」

「あぁ、そんな方がいらっしゃったんですね。本当に申し訳ないことをしました」


 Vtuberは涙を流さない。

 だけど、私には彼女の涙が見えた。

 きっと彼女も苦しかったのだ。どこか安堵しているようにも見えた。


「わたくしもここまでですね。もうVtuberは引退しようかと思います」

「今回のためにあなたの占い動画やコメントを沢山観たんですが、本当に救われた人や必要としている人も沢山いるみたいです。その人たちのためにまだできることもあるかもしれませんよ」

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