【短編】シンドローム・ビレッジ
お茶の間ぽんこ
シンドローム・ビレッジ
Day1
ここは地球にある六人の村人だけが住む集落。外界との接触はなく法律は適応されない。皆それぞれある病気を患っている。
その日の早朝、タドウは外気に触れながら歯磨きをしていた。
何気なく空を眺めていると、円盤のような物体がこちらに向かってきたのだった。
非日常すぎる事態に慌てふためいている間にタドウの上を通りすぎ、数百メートル離れたサカヅキの家を押し潰して着陸したのだ。
タドウは他の村人たちを呼んでサカヅキの家があった所へと向かった。
そこには人家ぐらい大きい円盤が瓦礫の上に立っていた。
「これってUFOよね?」ナルコが言った。
「そう、これはUFOだ。ところで何の略なんだ?」タドウが訊ねた。
「そんなことも知らないのかい? Unreal Foolish Object 非現実的阿呆物体の略さ」
ウソタがタドウを馬鹿にして笑った。
「違うわ。Unidentified Flying Object 未確認飛行物体の略よ」ハイマーが訂正した。
「違うよ‼ ハイマーは噓をついている、僕が言ったことが真実だ! 信じて!」
「お前が言うことは大抵嘘だからハイマーを信じることにするよ」タドウが言った。
「あぁ僕はちょびっとだけ本当のことを言うのに」
「今の発言の対偶は『本当のことを言わないのはいつもだ』になるわ」ハイマーが補足した。
「あ、あの…」ウツミが委縮しながら言った。
「なんだ?」タドウが答えた。
「サ、サカヅキさんの安否は確認しなくても大丈夫なんでしょうか…?」
「どうしてサカヅキのことを気にしないといけないんだ?」
「だ、だってUFOの下敷きになっているかもしれないんですよ…」
「何で下敷きになっている可能性があるんだ?」
「ここ、サカヅキさんの家じゃないですか…?」
「あぁ忘れていた! ということはこの瓦礫はサカヅキの家だったのか!」
「タドウはUFOがあることにしか注意が向かなかったようね」ハイマーが言った。
「じゃあサカヅキは死んだことにしよう」タドウはハイマーを無視した。
「え…もしかしたら生きているかもしれないのに…」ウツミは涙ぐむ。
「サカヅキは死んで当然の人間だ。酒癖は悪いし、酒を取り上げたら暴れ出す奴だった。死んでくれるとありがたい」
「そんな…あんまりです…」
「あぁ? 俺に歯向かうってのか⁉ 前々からお前のもごもごした話し方が気に食わなかったんだ! お前なんか死んじまえ!」タドウがキレた。
「わ、私…そんなつもりじゃ…」ウツミが静かに涙を流した。
「タドウ、口が悪すぎるわ。 ウツミ、サカヅキはこの様子だとどこかに出かけていない限り手遅れよ。それに彼はいつも昼間まで寝ているからきっと死んだわ。とにかく今後のことを考えましょう。その方が建設的だわ」ナルコが二人を宥めた。
「これからのことって何だ?」タドウが訊ねた。
「このUFOの住人、つまり宇宙人は私たちにとって危害を加える存在かどうかを検討すべきだわ。友好的ならこのままでよし、そうじゃなかったら」ナルコは話している途中で倒れた。
「ど、どうしたんですか…⁉」ウツミがナルコに駆け寄った。
「彼女はナルコレプシーよ。睡魔に襲われて寝てしまったんじゃない?」ハイマーが解説した。
「あぁもう面倒臭い。今日のところはサカヅキが死んだお祝いをしよう。ハイマーの家で宴だ!」タドウが嬉々として言った。
村人たちは同意した。皆、サカヅキのことが嫌いだったのである。
こうして、五人の村人はハイマーの家へと向かった。
Day2
昨日、村人たちは酒宴で盛り上がり、ハイマーの家で寝ていた。
そして、ハイマーのヒステリックな叫び声で全員が目を覚ました。
ハイマーの視線を追うと、天井から伸びたロープを首に巻きつけて宙に浮いているウツミがいた。
「ウツミは何をしているんだ」タドウが欠伸をした。
「見て分からないの⁉ ウツミは死んでいるのよ!」ハイマーが泣きながら答えた。
「誰かに殺されたんだ‼」ウソタがわざとらしく言った。
「いや、見てこれ」ナルコが死体の真下に置いてある紙を指さした。
そこにはウツミの筆跡でこう書かれていた。
『タドウさんに『死んじまえ』と言われ、何かが弾けました。 ウツミ』
ナルコはタドウを睨んだ。
「何で俺を睨むんだ? 俺はウツミを殺してなんかいないぞ」タドウは言った。
「これは宇宙人のせいだ‼」ウソタが言った。
「そうか! これはUFOに乗っている奴らが殺したのか!」タドウは納得した。
「違うわ。昨日あなたがウツミに言ったことがきっかけで自殺したんだわ」ナルコが言った。
「俺が自殺の原因だとしても問題ないだろ?」タドウは悪びれずに言った。
「その場合は間接的にタドウが殺したことになる。だからあなたをこの村から追放するわ」ナルコは冷徹に言った。
「え、昨日何かあったのかしら? というか、どうして皆私の家にいるの?」ハイマーが不思議そうに尋ねた。
「お前は本当に物忘れが激しいな」タドウが呆れた。
「昨日、UFOがサカヅキの家を押し潰したのよ。そのときの会話でタドウがウツミに向かって『死んじまえ』って言ったの。どうしてここに皆いるかは私も途中で寝ちゃったから分からないわ」ナルコが説明した。
「サカヅキが死んだのを祝うためにハイマーの家で宴をしてたんだよ」タドウが補足した。
「あぁなるほど!」ハイマーはサカヅキが死んだことにはそんなに驚かなかった。
「あなたのせいだわ、タドウ」ナルコがタドウに詰め寄った。
「俺が『死んじまえ』って言った証拠があるのか?」
「ハイマーが『死んじまえ』って言ったんだよ」ウソタが言った。
「え…私が言ったのかしら…」ハイマーが不安そうな様子を見せた。
「あなたは言ってないから安心して」ナルコが優しく言った。
「証言者はナルコだけだから信用に値しないよな」タドウがしたり顔で言った。
「そうね。でも、この遺書の筆跡がウツミのものだわ。最も信頼できる証拠じゃない?」
「これも宇宙人が用意したとすれば宇宙人の仕業だと言える。宇宙人ならこれぐらいのことはできるかもしれない。仮に俺が『死んじまえ』と言ったとしても、それが引き金となって自殺するなんてあり得ないだろう。きっと俺たちの話し声を聞いた宇宙人が偽造工作して、俺たちを疑心暗鬼に陥れようしたと考えられるんじゃないか」タドウが珍しく論理的に答えた。
「私から見ればあなたの発言が自殺の動機でしかないわ。宇宙人が味方か敵か分からないわけだし」ナルコが反論した。
「そんなことは決まってる、宇宙人は地球人ではないから敵だ!」
「そんなの根拠にならないわ。宇宙というマクロな視点で多様性を尊重するべきよ」
「何で尊重しなきゃいけないんだよ」タドウは耳をほじりながら言った。
「私たちも皆ハンディキャップを認め合って生活しているじゃない。それを地球にとどまらず宇宙にも適応しなければいけないわ」
「地球人はお互い同種だという安心感で多様性が成り立っているんだ。宇宙人は同種ではないから駄目だ」
「同種が条件である必要がある?ウソタが飼っている犬のポチは人間じゃないけど、皆可愛がっているじゃない?」
「僕はポチのこと嫌いだよ」ウソタが得意顔を見せた。
「じゃあ何でポチの世話をしているの?」ハイマーが当然の質問をした。
「それはポチが可愛くないからさ‼」ウソタは堂々と答えた。
「多様性の規模を広げることにどうして抵抗を持つ必要があるの? もちろん明らかに害をなす存在であれば追放するべきだけど、まだコミュニケーションを取っていないじゃない?」
「だったら宇宙人が仮に敵だと分かったらウツミの自殺は宇宙人の仕業だと考えていいだろ?」タドウは話が進まないことにイライラし始めた。
「それは駄目よ。宇宙人の犯行説が濃くなるだけで更に検証しなければいけない」
「あぁもう面倒臭いな! じゃあお前が宇宙人にウツミを殺したかどうかを聞いてこいよ!」タドウがキレた。
「何言っているの? 皆で行かないと意味ないじゃない。私だけ行っても信用されないわ」
「俺は嫌だぞ。宇宙人に何されるか分からないからな!」
「私も怖いからパスで…」ハイマーは申し訳なさそうに言った。
「僕は行かないよ‼」ウソタは元気溌剌に言った。
「ウソタ、それは一緒に行ってくれるってことかしら?」
「ウソタが行ったところで何の意味もないだろ。お前一人で行ってこい。何も害がなければここに連れてくれば問題ないだろ」
「分かったわ。行ってくる」ナルコは身支度して家から出ていった。
「よし、うるせぇ奴もいなくなったことだし宴の続きをしようぜ」タドウは言った。
「その前にウツミの死体を処理したいんだけど…」ハイマーはブラブラ揺れるウツミを見ながら言った。
「あぁ、それもそうだな」タドウは死体の処理を始めた。
Day3
「大変だ大変だ!」
ウソタの声によって家で寝ていたタドウとハイマーは目を覚ました。
「なんだよウソタ」タドウは目をこすった。
「ナ、ナルコがポチに食べられちゃった!」ウソタは真剣な顔で言った。
「また意味わからねぇことを言って」
「えっと、何であなたたちが私の家にいるの?」ハイマーはキョトンとした顔で訊ねた。
タドウは呆れながらハイマーに一昨日と昨日のことについて説明した。
ハイマーは信じられなさそうにしたが、何とか状況を飲み込もうとしていた。
「僕の話をちゃんと聞いてよ! あ、僕嘘しかつけないんだっけ? それなら、ナルコはポチに食べられてないんだ!」ウソタは必死に訴えかけた。
「しつこいな。分かったよ、眠気覚ましに見に行ってやる」
二人はいつも以上にしつこいウソタの後についていった。
案内されたのはウソタの家の前だった。
そこには誰か判別できないほどに顔がえぐりとられた死体が転がっていた。
犬小屋で寝ているポチの口もとは血で汚れていた。
ハイマーはあまりの惨さで嘔吐した。
「こいつ、本当にナルコなのか…?」流石のタドウも驚きを隠せない様子だった。
「ナルコの服を着ているわ…。ナルコに間違いない!」吐き終えたハイマーが涙を流しながら言った。
「ほら、僕本当のことを言ってるでしょ!」ウソタが言った。
「本当のことを言うなんて珍しいな。でも何でポチが食ったんだ?」
「一昨日からポチに何にも餌をあげていなかったから、腹をすかせたポチが道で寝ていたナルコを食べちゃったんだと思う。 ほら、首輪もつけてないし」
「何でナルコは道で寝ていたんだ」
「きっとナルコレプシーよ」ハイマーは冷静さを戻して答えた。
「昨日、二人とも寝ちゃってから暇つぶしに散歩していたら見つけたんだ!」
「待て、お前。様子がおかしいぞ」タドウが言った。
「ウソタが本当のことしか言っていないわ」ハイマーも異変を感じとった。
「あ、それは…その…」ウソタの目が泳ぐ。
「お前、さてはウソタに変装した宇宙人だな! きっとポチにナルコを殺させたんだ!」タドウがウソタを問い詰めた。
「ち、違うよ! 実は、僕も君たちが寝てからUFOに行ったんだ。UFOには宇宙人がいて、僕の虚言癖を治療してくれてまともに話せるようになったんだよ!」ウソタは必死に弁解した。
「それは本当なの⁉」ハイマーは驚きの声をあげた。
「あぁ本当さ! 宇宙人は優しかったんだ。サカヅキのことを気に病んでいてお詫びに治療してくれたよ。ポチが食べちゃったことは本当にさっき知ったんだ!」
「駄目だ。お前は宇宙人に改造されたんだ。つまりウソタも敵だ」タドウは突き放すように言った。
「な、何言っているんだい?」
「お前を放っておいたらポチを使って俺たちを殺すかもしれない。ポチを連れてこの村から立ち去りな」
「ちょっと待ってよ! UFOに行けば君たちの病気も治るんだよ!」ウソタは二人に訴えかけた。
「宇宙人の奴ら、ウソタの個性を殺しやがったんだ。お前も宇宙人だ」タドウはウソタに背を向けた。
「タドウ! 君は本当に話が通じないね!」ウソタはタドウにつかみかかった。
「何するんだ!」
タドウとウソタは揉め合いになった。
ハイマーはオロオロと二人の様子を見守ることしかできなかった。
そして、タドウが強くウソタを押し倒した。
ウソタの頭は道に転がっていた石に激しく強打し、やがてウソタは動かなくなった。
「う、うそ…」ハイマーは口を押さえた。
「ああ、ウソタも死んじまった。まあいいや。ハイマーも今は辛いかもしれないが、お前の個性できっとこのことだって忘れられるさ」タドウは興味なさそうに言った。
「い、嫌よ。どうしてこんなことしちゃったの⁉」ハイマーはヒステリックに叫んだ。
「それはウソタがうざかったからだ。ただ殺そうと思ってはなかった、はずみだ」
「私もここから消えるわ。あなたの偏執的な性格が怖いわ」ハイマーは足早にタドウから離れていった。
「なんだよ。お前も宇宙人のところに行くのか?」
タドウがハイマーに声をかけたが、ハイマーから返ってくる言葉はなかった。
「ちっ、なんだよ」
タドウは自分の家に戻った。
Day4
朝目を覚まし、外気に触れながら歯を磨く。
サカヅキの家があった方に目をやるとUFOは姿を消していた。
ハイマーも宇宙人に会いに行ったのだろう。そして共にどこかに行ってしまったのだ。
しかし、タドウは気にしなかった。
「何が多様性だ。一人だけで過ごす方が随分気分が良い」
UFOが来てから、タドウ以外の村人たちは次々と死んでいった。
これはきっと偶然ではない。宇宙人による陰謀であるに違いなかった。
しかし、それを決定づけるものは何もなかったし、タドウ自身も興味はなかった。
【短編】シンドローム・ビレッジ お茶の間ぽんこ @gatan
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