星の露

皇帝栄ちゃん

星の露

 

 死んでほしくない。死んだら私が困る。

 私にはなにもできないから、自力でなんとかしてほしい。

 もちろん、私が満足する結果で。


 しんと静まった星明かりの夜。曲がりくねった道は腐葉土が敷き詰められ、そこかしこに胴まわりの太い樹木が立ちならぶ。ごつごつした枝に吊り下げられたカンテラの光が、夢幻めいた淡さでぼんやり燈っている。周囲を見渡しても古風な木造民家がまばらに存在を主張する程度だ。私たちが渡ってきた川がところどころで清澄な水のせせらぎを湛える。空を眺めると、これまで目にしたこともない神秘に満ちた星々の輝き。月並みだが、幻想的な理想郷という表現がしっくりくる、そんな場所。

 傍らの少女が静謐なまなざしを私に向けた。

せいくん。何度も言いますけど、死が運命だというのなら私は受けいれますよ」

 銀の鈴を転がす、濁りのない澄んだ声音。透明感ただよう綺麗な日本語だ。はたしてその嬌声はどれだけ甘露なのだろうか? 肉体経験はまだない彼女の痴態を想像するだけで恍惚の彼岸に達してしまいそうだ。

 魅力あふれる彼女の容姿をざっと羅列しよう。ツーサイドアップに結えたクリーム色の髪。非凡発現者の特徴だという不思議な赤い瞳。小さな耳には宇宙をかたどったイヤリング。衣服は古代中国の御伽噺から抜け出して現代アレンジしたような、青のブレザーっぽい上着とミニのフレアスカート(上下ともに白のライン入り)。そしてマイペースな印象がひときわ深い真面目な顔は、髪の手入れが少し雑なところを差し引いてもレベルの高い美少女で過言はない。おどろくべきことにすっぴんである。私ですら軽い化粧はほどこしているのに。彼女の外見は十代前半で、本人は毅然として一八歳と主張するところが格別に可愛い。

「もちろん星くんは不服そうですね。それでいて、いまこの状況に至っては、妙な安心感も顔に出ています。私は頭がいいから、私はきっとなんとかするだろうと思っているのですね」

 彼女は親しい相手には年齢や性別にかまわず「くん付け」をする。ちなみに私のほうがひとつ年上だ。背も私のほうが少しだけ高い。誤解のないようはっきりさせておくと私は女だ。彼女ほどではないが整った顔立ちをしている。しっかり手入れしたさらさらの黒髪ミディアム。つんとシャープな鳶色の瞳。ぱりっと映える白と黒のツートンシャツに黒のショートパンツ。全体的にカジュアルなスタイルといっていい。

 さて、問題は彼女のことだ。彼女の名前はつゆ。クォーターで、クリーム色の髪は欧州の血が濃く、血筋そのものは古代中国の伝説の時代がルーツである。頭脳明晰で、真面目で、寛容で、集中すると周囲が見えなくなる天才少女。私は彼女に死んでほしくないのだ。当然だろう。露は――私の恋人なのだから。


 私は過去に数人の男とつきあったことがある。中高生のときは早い段階で冷めて別れた。恋の感覚なんてなかった。もう少し大人になれば芽生えるはずだと考えた。大学生になって念願の一人暮らしを始めた。そのときつきあった男とは初体験をすませて累計五回くらい性交したが、結局は本気になれず別れた。テクニシャンでキスも非常に上手で、そこに関する限りはいい勉強になった。彼は「もうお前に教えることは何もない。本気で好きな相手ができたら、その性戯で悦ばせてやれよ」と激励してくれた。まあ、変人だけどいいやつだったと思う。とにかくどうしても恋愛感情まで到達しなかった。この話を露にしたら、「私は男女問わず何度か告白されたことがありますけど、丁重にお断りしてきました。星くんは私と違っておとなです」と返された。頬を染めていたのがそそる。

 それはともかく、私が露と出会ったのは大学二年目をむかえたときだ。新入生の彼女と食堂で同席になった。ひと目見た瞬間、それまで一切感じることのなかった胸のときめきをおぼえた。恋に性別は関係ないんだと即座に把握した。ちなみに露が食べていたのはチャイネシア定食だったと思う。

 持ち前のコミュ力で積極的に交友を重ねたあと、直球ストレートに想いをぶつけたら、なんと実った。

「星くんに対する私の感情が、化学反応では説明のつかないものに変化しました。自分の気持ちが科学的に解析できないのは初めてです。たぶん、恋だと思います。初恋です。これはとても興味深いです。もっとこの感情を味わいたいです。どうぞ、よしなに」

 私はようやく本物の恋と人生の幸福にありつけたのだ。

 恋仲になってまずは露の髪の手入れをした。露は化粧をしないしヘアケアもわりと雑だ。趣味の漢詩を読みふけったり宇宙物理学の研究と発明に没頭しているから、オシャレには無頓着だという。素のままで顔が綺麗なうえ肌もみずみずしいとか、フィクションの登場人物レベルの反則ではないか。

「星くんに髪をいじられていると、なんだかとても心地よくて気持ちいいです。えへへ。また、よろしくです」

 どうやら自分で身だしなみの向上に取り組む気はゼロらしい。彼女の器量ならまったく問題ないわけだが、興味のないことには怠惰な面があると知って逆にうれしい。それに、私の手入れを喜んでもらえるのは悪くない気分だ。

 その流れでメイクを申し出たら真剣に拒否された。化粧にはよほど抵抗があるらしい。

 衣服に関しては問題ないみたいなので、アパレルショップに連れていってファッションショーを楽しんだら今度は怒られた。

「もう。少し、恥ずかしいです。私……着せ替え人形じゃないんですよ?」

 とがめるようなまなざしも魅力だ。帰りにアクセサリーショップで見繕った宇宙デザインのイヤリングはお気に召してくれた。その後のデートでは必ずつけてきてくれるほどに。

 顔の価値観と好きの理由について意見を交わしたことがある。露が高校一年のとき、三年の女に告白されて断ったという話が発端だ。丁重にお断りしたらその女は「ちょっと顔がいいからって調子に乗るんじゃないわよ!」と激怒したらしい。

「私の顔が目当てだったそうです。彼女は美人さんでしたから、私なら恋人として容姿が釣り合うと考えたのでしょう。私は、彼女のプライドを傷つけちゃいました……。彼女は可哀想な人でした。人間は――とくに女性は――顔がすべてだという認識に、それで人生のほとんどが決まるという狭い妄想にとらわれてしまっていたのですから。顔の美醜で人の良し悪しは測れません。人間を人間たらしめているのは心です」

 お断りされた女はいい気味だが、露の意見は聞き捨てならなかった。世の美人の多くは自分をよりよく魅せたいという努力の上に成り立っている。私だってそうだ。心をどうこう口にするなら、良くも悪くも顔は人の心を映す鏡ではないか。人を判断するのにまず見るのは大抵の場合において顔だ。人間は第一印象で値踏みされる。顔はそのもっともわかりやすい集約だ。王子様がシンデレラを見初めた理由を考えると単純明白だろう。私が露にひと目惚れしたのも、彼女の顔の端正な可愛さが好みにストライクだったからだ。

「なるほどです、星くんが私を好きになった理由の七割は顔ですか。それでは残りの三割をだいじにしてください。大切なのは三割のほうです」

 大切なのは中身だ――なんて言葉ほど面倒なものはない。不細工な人間が口にすれば嫉妬乙のコンプレックスだし、露みたいな美少女が口にしたら顔がいい人間の綺麗事と受け取られる。そういう煩わしさを克服するため、私は少しでも美人になろうとがんばったのだ。

「星くんにお聞きします。もし私がエイリアンに侵蝕されて中身が別物になってしまったら、それでも私を好きでいられますか?」

 ノー。ノー。ノー。

「ほお、好きになれない、愛せない、ですか。でも、顔はまったくおなじですよ? 顔が好きというのは、つまりそういうことじゃないですか?」

 つゆ先生、誘導質問はずるいと思います。

「じゃあ、もひとつ質問です。私が呪いで外見がミイラになってしまったら、それでも私を好きでいられますか?」

 むむーん。むずかしい。状況を想像しよう。露のことだからまちがいなく「私のことは捨ててください。星くんの負担になりたくありません。どうか忘れ去ってください」などと訴えるはずだ。これは胸にぐっとくる。そういういじらしさに私は弱い。たとえミイラになってしまっても彼女のそばにいてやりたくなるだろう。でも、その感情が長続きするかというと……ねえ? ミイラだよ? どれだけ愛情があってもそれ維持するのは厳しくない? 断言する、絶対にキツい。

「そ、そんなに悩むことですか? てっきり即答してくれるものと思ってましたけど……。えっ、やっぱりミイラはきついから無理かも? そ、そうですか……さすが星くんです。ちょっと質問の仕方をまちがえちゃったかも」

 正直に答えたのに、なぜ引き気味の反応なのか。

 私ばかりあれこれ問いただされるのは理不尽なので、露はどうして私のことを好きになったのかきいてみた。

「はい、私が星くんを好きになった理由ですか? 星くんとは逆で、まず中身です。交友をくりかえすうちに楽しいって気持ちが湧いてきて好感をもちました。星くんの顔を好きになったのは初恋を意識したあとです。星くんのどこを好きになったか、ですか? それは――むずかしいです。告白を受けたときも言ったとおり、恋心を自己分析できません。ええと……いえ、なんとなく、つかみかけてきてはいるのですけど……これじゃ私も人のこと言えませんね。すみません。はあ、恋ってむずかしいです」

 露がため息をついた。私は悩ましげな彼女を見ているだけで満足だ。

 ここまでくると冒頭で露の特徴として述べた「頭脳明晰」「天才少女」の部分に疑問を持たれる方もいるだろう。実は彼女のそれらが発揮されるエピソードは結構ある。単に私が理解できなかったから伝えないだけだ。たとえば彼女が物理学専攻の秀才たちと論議してセンセーションを起こした「ヴォマクトの法則」など、いくら説明されてもちんぷんかんぷんだった。極めつきは露が護身用に発明したという手のひらサイズの機械――宇宙猫ならぬ宇宙鳥を模した「アピシア人くん」で、人間の脳波を適正な位相と電圧にある電界に傾け、記憶を平面化プレイノフォームさせるという、理論はまったくよくわからないが、とにかく相手を一時的あるいは永続的に廃人かつ記憶喪失にしてしまうアヒルの置物である。もちろん危険すぎて私以外の人間には秘密のままだ。こんな極端な例を出されても困るだろう。

 あと、露の語彙や言葉の組み立て方は私たち凡人と変わらない。どころか説明下手だ。普通の会話だけだと教養はまったく感じられないだろう。結論として、露の優秀さは私だけが知っていればよいのだ。

 ともかく、フォーチュンハッピーな毎日が半年くらい経過してから、事態は急変した。

 露が突然に「私はあと数ヵ月で死にます」と打ち明けた。

 彼女の家系はとても古く、数世代に一人は非凡で類稀なる天才が生まれるという。その代償は短命で、長く生きても三〇歳をむかえることはない。一族は常に複数の子を成すことで血脈を途絶えさせずにきた。会ったことはないが露には歳が五つ離れた妹がいる。「私が発現者でよかったです」と露はほほえんだ。

 普通はこんな話は信じられないだろう。そんなことはありえないと思うだろう。オカルトでもスピリチュアルでも神秘思想でも中二病でもなんでもいい、とにかく所謂そっち系の信者か電波ではないのかと疑うだろう。でも、彼女はカルト特有の思い込みには陥らないのだ。嘘もつかないし、冗談を口にしたことさえない。それは恋仲になって半年の私でも理解できた。ただの迷信、単なる偶然の歴史、思春期の思い過ごしだと笑い飛ばせればどんなにいいか。私にはそれができなかった。彼女とつきあえば、彼女の言葉を信じざるをえないのだ。理知に誓ってまぎれもなく真実であると。

 その短命を回避する方法はないのかと詰め寄ると、厳粛な面持ちが返ってきた。

「方法はあります。私の家系の源流である遠い先祖は、当時交流した未知の存在から遺伝子に希少な後発性の非凡因子を植え付けられ、同時に代償の短命を回避する知識も伝授されたそうです。だけど、その知識は誰にも解読できないものでした。交流した存在は忽然と姿を消し、二度と現れなかったそうです。そうして古代からずっと解読が試みつづけられましたが、短命者の誰も成功した人はいません。そのうちこれは運命であると割り切られるようになったのです」

 説明だらけの説明不足を脳内で咀嚼した私は、彼女自身も伝授知識の解読を試みたのかきいた。

「現状では意義ある答を得るにはデータ不足です。過去の分析データとつきあわせた感じだと、文字列全体に解があるように見受けられますけど……写真やスキャナーでは解析できません。正直かなり絶望的ですね。一族の歴代短命者が運命を受けいれたのもわかります。陶淵明が形影神の神釈で結んでいるように、帰去来の結びにもあるように、どうしようもないことは気に病まず、天命に身を任せるのが妥当かと」

 もちろん私は納得しなかった。

 露は困った顔で肩をすくめる。聞き分けのない子供の扱いに手を焼く大人のようだ。

「星くんが納得できないのもわかります。私だってそれはおなじです。ううん、私が悪いんです。半年も経ってから事実を打ち明けたから……本来なら最初に伝えるべきなのに、私は、初めての恋をいきなり失うのが怖かったんです。ごめんなさい」

 私は切れた。我慢の限界だ。どれだけ好きか、ありあまる激情を一方的にぶつけた。自分の気持ちをまくしたてた。絶対にあきらめずに全力で解読に取り組むことを強要した。露の気持ちはすべて突っぱねた。彼女のびっくりした顔がとてもレアで眼福だったことは否定せずにおこう。

 ほどなくして、露は私を避けるようになった。多忙だという理由で会える機会は少なくなった。たまに会っても、なにかしら考えに没頭していて、私の話なんて上の空だ。耳たぶを甘噛みしたときは大きなリアクションがあったが、よけいに距離を置かれた。こんなことで私たちの関係は終わってしまうのか。まだ唇が触れる程度のキスをしただけなのに。私を悲しませないように時間をかけてフェードアウトするつもりだろうか。やっと得られた本当の恋と幸福なのに。

 ところが、転換期は意外と早く訪れた。

 露のほうから誘いがあったのはつい先日のことだ。彼女は妙に緊張していた。

「こほん。星くんと一緒に行きたいところがあります。私も初めて行く場所です。其処へ行ったら、私と星くんは此処に戻れる保証はありません。決断をどうぞ」

 私は二つ返事でOKした。両親とはいろいろあって絶縁状態だし、特別に仲のいい人間もいない。まったく問題なしだ。

 そこから先をかいつまんで話すと、彼女に連れられた先は中国だった。日本のおとなりの中国である。どことも知れぬ農村の林の奥に川があり、水面に向かって露がスマホをいじくると、いつの間にやら古色蒼然とした筏が浮かんでいた。二人乗りの小さな筏だ。

「これは個人用の挂星槎けいせいさです。私の家系がぎょうの時代にまで遡ることは前にお話したと思いますが、伝説とされる堯は実在したことがわかりました」

 筏に乗った私たちは向かい合わせに腰をおろした。筏は自然に進みだした。露はどこか気まずそうに私の様子をうかがうが、私はなにも質問しなかった。不安げな彼女の表情を見ているだけで体の底が熱くぬめってくるからだ。そのうち夜の帳が降りた。不可思議な筏は蛍めいた明滅をして、群青色に染まる周囲を照らした。露は満天の星々を見上げて詩を吟じた。


  渡水復渡水みずをわたりまたみずをわたり

  看花還看花はなをみまたはなをみる

  春風江上路しゅんぷうこうじょうのみち

  不覚到君家おぼえずきみがいえにいたる


 たしか中国明代の詩人、高啓の「尋胡隠君」だったか。古風な筏でいくつもの川を渡り、知識にないめずらしい花々を見て、柔らかな涼風を楽しむ私たちの状況は、なるほど詩の内容と合っている。露はいくつもの漢詩を流れのままに詠んだ。星の雫のような朗読に聞き惚れていた私は、気がついたら船着場に到着していた。

 船着場に釣り人がいた。露が声をかけると、意味不明の言語が返ってきた。すると露も謎言語で話しだした。どうやら非凡発現者は普通に会話できるようだ。わりと時間がかかるっぽいので、私は周囲を観察することにした。風景は最初の場面で描写したが、桃源郷やイーハトーヴが現実に存在したらこんな感じではないだろうか。そういうイメージで察してほしい。

 話を終えた露がかしこまった表情で遠くの丘陵を指した。二階建ての屋敷が見える。そこが目的地らしい。

 ――かくして冒頭に戻る。


 死んでほしくない。死んだら私が困る。

 私にはなにもできないから、自力でなんとかしてほしい。

 もちろん、私が満足する結果で。


 そんな気持ちを正直に伝えると、露は待ってましたといわんばかりの微笑を浮かべた。

「はい。実はなんとかしてみせました。伝授知識の鍵はQRコードリーダーでした。QRコードで文字列全体を読み取ると地球の言語に変換される仕組みだったんです。伝授知識のほうは宇宙物理学を総動員して試行錯誤を突きつめることで解読できました。現代科学の勝利です。解読した知識を指定場所で使うと個人用の挂星槎を招来できます。結論から言うと、此処はもう地球ではありません。私たちが乗ってきた筏は個人用の挂星槎と言いましたよね? 挂星槎は堯王の即位三〇年後に出現した巨大な筏で、星へ至る筏――すなわち宇宙往還船スターライナーです。私の家系は挂星槎で降りてきた異星人と交流した一族。非凡因子に付与する短命ウイルスはこの星の空気を吸うことで無力化されます。此処は非凡発現者のために異星人が用意した星なのです。異星人は非凡な能力を持つ地球人を集めて超銀河団規模の大がかりなプロジェクトに協力させる目的があったみたいです。異星人の誤算は、非凡因子の短命回避知識を当時の地球人が解読できると思っていたことです。非凡発現者が一人もこの星にやってこないまま数百年が経過して、待つことをあきらめた異星人は監視用の人員を残して外宇宙の彼方へ旅立ったそうです。ちなみに個人用の挂星槎は年月が経過しすぎて片道切符になっていたみたいです。あと、これもついさっき知ったことですけど、挂星槎に乗ってこの星に来た地球人は不老不死になります。私と星くんはもう歳をとらず現状の若さのまま永遠に生きられます」

 ええと……露の説明もQRコードでわかりやすく解読できないものかなあ。

 とりあえず、彼女に避けられたと思ったのは私の勘違いで、どうやら伝授知識の解読に全精力を傾けていたようだ。なぜ心変わりしたのかきいてみると、露は夜目にも鮮やかな真紅の双眸をきらきらさせた。

「星くんのおかげです。星くんは私のことなんかこれっぽっちも考えずに、自分のために私を好きだって言ってくれました。すごいです。びっくりしすぎて頭がどうにかなっちゃいそうになりました。星くんは人を愛することができない人間です。自己愛に振り切れて本当に自分のことしか考えてないのですから。それはもう、私の脳細胞をシェイクするほどに」

 え? なに? 言ってることまるでわかんないんだけど、私これ褒められてるの?

 なんか結構ボロクソ言われてない??

 私の困惑を察したのか、露はぶんぶんと首を左右に振って意気を強くした。

「褒めてます! 私の家族や一族の人たちの誰も、星くんのように言ってくれた人はいませんでした。みんな私のことを第一に考えて、私のことを優先して私の運命を悲しみました。でも、星くんは、私じゃなくて星くん自身の幸せのために私を必要としてくれたんです。ただただ自分自身の幸福のためだけに私を失いたくないって言ってくれました。私、本気で感動しました! わかりますよね?」

 わからん。

 いや、ニュアンスは伝わるけど。言いたいことはなんとなく理解できるけど。

「星くんの自分勝手な想いをぶつけられて、私……少しわがままになっちゃいました。死にたくない。あなたとずっと一緒にいたい。そう、思うようになっちゃいました。だから解読できたんです」

 まあ、うん、私の言葉が彼女に届いたのなら結果オーライでいいか。

 ほかに気になった点をいくつか。

 現在この星にいる住人は監視用に残された人員の子孫らしい。私たちが来たことは異星人に連絡するつもりだが、数千年のあいだ異星人から通信はないので、送信が届くかどうか、届いたとしても返事がいつになるかは不明。とまれ私と露は不老不死になったわけだから、気長に待つとしよう。露はこの星の設備で地球への転移装置を発明すると意欲満々だ。

「私と一緒に来てくれて、ありがとうございます」

 露があらためて感謝を口にした。そういえば、伝授知識を解読できたのなら、なぜその時点で私に教えてくれなかったのか。なぜもったいぶるようなマネをしたのだろうか。

「不安だったんです。帰れる保証のない、どこかよくわからない地球外のところへ行くことになるはず――なんて伝えて、もし断られたらと思うと……考えただけで怖かったんです。もちろん聞かれれば正直に答えました。けれど星くんはなにひとつ質問してこなかったので……ごめんなさい」

 露がそんな罪悪感におびえていたのかと思うと、興奮で内心ぞくぞくする。

 あまりの愛しさに感極まった私は、露を抱き寄せてキスをした。そのまま舌をいれた。彼女の上半身がディープキス初体験にびくびくと震える。私の体をぺしぺしとたたいて抗議の意思を示すが、執拗に舌を絡めてねぶっていくと次第におとなしくなった。

 甘美なキスを終えて唇を離す。露は火照ほてった顔で唾液をこぼし、熱い吐息を漏らした。とろけた頬が紅潮し、赤い瞳に涙をにじませて、いつものとがめるようなまなざしを私に向ける。

「つっ、常々、前々からっ、言おう言おうと思っていましたけど……星くんは私に対して、とても、すごく、サディスティックですよね!?」

 私は満悦の笑顔で「愛ゆえに」とつけ足した。

 すると露は拗ねた顔で「知ってます」と口をすぼめた。

「星くんのそういうところ、好きになっちゃいましたから」

 

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星の露 皇帝栄ちゃん @emperorsakae

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