第28話 ダンジョン事情

「増援か……へっ! 上等だ! フィル、女どもにMP回復ポーションを!」


「わかりました」


 ポーション、ポーション、っと……あった! ぬぁ!

 魔法の何でもバックから取り出そうとして、手から滑り落ちる。地面に落ちて、たたき割れる――ところまで想像したけど、ぎりぎりのところでざおーが受け止めてくれた。


「ありがとう」


 ざおーからポーションを受け取り、それを双子のお姉さんたちに手渡した。

 それから、手をグーパーしてみるけど……う~ん、よろしくない。

 感覚は戻ってきているけど、どうにも力が入らない感じ。

 これじゃ剣も握れそうにない……困ったな、


「うほ?」


 無意識にざおーを見ていた。

 ぼくと視線が合うとざおーが外連味たっぷりに首を傾げた。


「いざというとき、か……」


 まさに、今がその時ではなかろうか?

 それに、ぼくは彼らの本当の力をまだ知らないのだ。本当にいざというときがきたときのために、貴重な三回のうちの一回を使うのは、悪い選択じゃない……はずだ。


「やってみるか……」


 問題は、誰を使うか。

 ざおー、ちゅるる、さび丸を順に見て、またざおーに戻る。

 ……そうだな、食堂のアレは悪くなかった。


「君に決めた! 《真価を示せ!》――ざおー!」


 ざおーに手をかざし、面映ゆい口上を唱える。

 直後、


「おおおおおおおおっ!」


 ざおーの雄叫びが木霊し、見る間にその姿を可愛いお猿さんから元の巨大猿人に戻した。


「蹴散らせ!」


 我ながら大雑把すぎるとは思うけど、巨大猿人と化したざおーは「ふんす!」と鼻息で答えると、空気を吸って吸って吸って、たくましい上半身をまるまると膨らませて、


「おおおおおおおお!」


 まずは雄叫び、次に戦太鼓であるかのように胸板を手の平でリズミカルに叩き付け、腹の底に響くような重低音を打ち鳴らすと、また「おおおおっ!」と叫んだ。

 それから、大木よりも太い両腕で地面を強かに打ちのめすと、その巨体を弾ませ、魔物がやってくる左右の出入り口のうち、最寄りの左側へと驀進――しようとしたのだ。

 しかし、


「おおおおおうっ!」


 ざおーが飛び込むよりわずかに早く左側の出入り口がぴしゃりと閉まった。


「うほっ!」


 鉄塊のような拳で影も形もなくなった出入り口を苛立たしげに叩き付けると、ざおーはすぐざま体を反転させ、反対の出入り口に駆け込もうとした。

 ぴしゃん、とその鼻先で出入り口が閉じた。

 ざおーは怒り狂って何度か拳を叩き付けるけど……そこにあるのはただの壁だった。

 左右の出入り口が閉じるのと、紐で繋がっていたみたいに元の出入り口が開いた。


「罠が解除された?」


 なぜ? どうして?


『ダンジョンも死にたくないからな』


 顕現したソフィ様が肩を竦めてそう言った。


「どういうことですか?」


『魔物の増援が使っていたのはおそらくは秘密の通路だ。秘密の通路の先に何があるのか……まあ十中八九、ダンジョンにとっては触れて欲しくないものがあったんだろうさ』


「触れて欲しくないもの? 宝物とか?」


『ダンジョン・コアだ……まあお宝で間違いないがね』


 ダンジョン・コア。

 聞いたことがある。ダンジョンの中枢、奥深くにある、ダンジョンの核。

 破壊するとそのダンジョンは崩壊するのだとか。

 冒険者がダンジョンに挑む最大の理由はこのダンジョン・コアの獲得だ。

 なぜなら、ダンジョン・コアは、超がいくつついても足らない激レア素材。

 嘘か誠か。鍛冶屋には伝説の武具の、魔法使いには神様の奇跡にも等しい魔導具の、錬金術師にはあらゆる可能性を叶える賢者の石の材料になると言われているのだ。

 欠片だけでも、一国が買えるとか、買えないとか……村人のぼくには縁遠い話だけど。


「もしかして……凄く惜しいことしました?」


『かもね。もう少し早くアンゴルモアトロールをけしかておくべきだったね』


 苦笑いのソフィ様。


「今から壁を打ち破れば……」


『無理だろうね。もう繋がってないよ』


 が、っかり……。


「まあ人生なんてそんなもんさ」


 ニッケルトンさんがぼくの肩を叩く。その顔には、意地の悪い笑み、


「俺らみてーなのは、いっも幸運の女神の後ろ姿を拝むしかねーんだよ、な?」


「いつかはそのご尊顔を拝みたいものですがね……」


 はぁ~、とため息。

 せめて魔物の死体でも漁って金目の物でも貰っとくか。


『しかし、ダンジョンがこうも君たちに執着するのはちょっと異常だね』


「そうなんですか?」


 オークから使えそうな大斧を分捕りながらそう問いかけた。


『だってそうじゃないか……君たちはダンジョンからの脱出を目指してるんだろ? だったら配下をけしかけずに素通りさせてやればいいんじゃないか?』


「腹が減ってんだろ?」


 と、これはニッケルトンさん。

 半分馬鹿にしたような意見だけど、ソフィ様は目を何度かぱちくりとさせた。


『その心は?』


「あんたが言ったんだぜ? 『ダンジョンは生き物だ』ってよ。このダンジョンは、あ~……百年かそこらぶりに発見されたって聞いたな。なら、きっと腹ぺこなんだぜ?」


『無機物を生体とするダンジョンは鉱物を主食とするから地中にある限りは腹ぺこにはならないはず。――いや、待て。なら、何のための生け贄だ?』


「学者先生は考えることが多くて大変だ」


 ニッケルトンさんは煙草に火を付け、ふぅ~、と満足げに紫煙を吹いた。


「血臭を肴にした一服だけで俺らは満足なのにな」


「ぼくは吸いませんけどね」


 ちなみに冒険者の煙草は薬草できた特別製で、体内には疲労回復と痛覚緩和、体外には魔物避けと体臭消しの効果があり、子供が吸っても一向に構わない代物だが、大人には吸っている姿が「生意気!」と映るらしく、20才以下の喫煙はあまり推奨されていないのだ。


『そうか! 何かに追われて地上に出た――その何かに対抗するために栄養が必要なった? だから、生け贄? だから、冒険者? ……これは、少々困ったことになったな』


 ひとりブツブツと唱えるソフィ様。すでにぼくらは見えていない様子。


「そろそろ行くか……何かめぼしいものはあったか?」


 ゴブリンの死骸で煙草を押し潰し、ニッケルトンがどれどれとぼくの手元を覗き込んでくる。


「ガラクタばっかだな……」


「そうですか? この大斧なんて良くないですか?」


「そんなもん大斧の形をした鉄屑だ。売ったところで銅貨数枚にしかならん。もっと素材を厳選してだな、――おぅ! このオークの胴当てなんていいじゃねーか!」


「壊れてますよ?」


 壊したのぼくですが。


「ちょっと加工して肩当てなり籠手なりにすればいいんだ。自分で使わないなら売ればいい。素材がいいから銅貨数十枚……いや、銀貨が期待できるかもしれないな」


「こ、こんなものが銀貨に……」


 オークのお古で、真っ二つに割れているのに。


『ちょっと君たち、良いかね?』


「「あん?」」


『どこぞの愚連隊かね、君たちは』


 苦笑いを浮かべるソフィ様。

 男同士の語らいに割って入ってくるものだから、思わず険のある受け答えをしてしまった。


『君たちはこれから出口を目指すわけだが、特段に気をつけた方が良い』


「ダンジョンが何たらってさっきの話ですか?」


『そうだ。どうやらこのダンジョンは更なる成長のために栄養を欲しているようだ。そのために、冒険者を逃すつもりはないないらしい。入り口ほど強敵が待ち受けていると見て間違いないだろう』


「強敵、ですか……」


 ごきゅん、と喉が鳴る。


「さっきみたいな大群が?」


『いや、従魔の存在を気取られてしまっただろうから、数を頼るような愚は犯さないだろう。ゴブリンやオークが何匹いたってアンゴルモアトロール1体に敵わないからね』


「つまり? え~……凄く嫌な予感がするんですが? まさか……ざおー以上の何かが待ち受けている、ってことですか?」


『おおむね正解だよ、フィル君。君の感はとても冴えているね』


「光栄です」


 皮肉に、皮肉を返す。もっともソフィ様のはなんだか本心っぽいけど。


『楽しみだね!』


 がしっ、とソフィ様がぼくの手を取ろうとして、すり抜けた。


「――はぃ?」


『どんな大物が待ち受けているのか! ぼくの図鑑がまた1ページ増えるといいね!』


「いや、普通に嫌ですけど……」


 ソフィ様は年相応にはしゃぐけど……、

 冴え渡る嫌な予感にぼくは暗澹たる気持ちだった。

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