第5話 鎧 虚飾 嘘

 暖かな陽光に身を包まれ、爽やかな風に身を任せながら、今日も今日とて相変わらず他人任せにというか何かに任せて生きる。


 同じような人間が同じ服を着た群れに、迷うことなく紛れる僕はこの服のことを制服ギリースーツと呼ぶことにしよう。


 冠婚葬祭にまで対応するこの服はなんて素晴らしいのだろう。


 学生という身分であれば、無理にかしこまったスーツを買わなくても大丈夫らしい。


 お金もかからない上に、数値化できない曖昧模糊なセンスなんてものを罵られることもない。


 なんせ皆同じなのだから。


 あぁ、できれば一生制服を着ても許される存在になりたい。


 日曜の夕方のアニメキャラたちのような存在でも可。


 彼ら、彼女らは単色で淡い色で、それでいていつも同じ服を着ているんだから条件は僕の理想と同じである。


 ・・・・・・・・3次元に夢を見るのはやめよう。


 天地がひっくり返っても僕はもう高校生だ。


 その事実は変わらない。

 

 幼稚園児が、愛と勇気だけが友達の悲しいヒーローになれないことを学ぶことは、3次元への夢を捨てるための第一歩であることを忘れてはいけない。


 そう。僕たちは腕が伸びることも、異能に目覚めることも、そして運命的な出会いに巡り合うこともないんだから。


 ・・・・・・・・はぁ、なんだよ。オリエンテーション合宿って。






 遡ること・・・・・・・ってそんな前置きいらないか。


 そう、あれは・・・・・・・・・なんて重々しい話でもない。


 時は少しだけ、ほんの少しだけ戻り昨日の5、6限目。


 は教卓の前に立っていた。


 「それでは明後日に行われるオリエンテーション合宿の班決め及び、規則、そして詳細な内容等の情報を共有していきたいと思います」


 相変わらずの淡々とした物言いに僕は棒立ちだったが、静川の言葉が終わるのと同時に河合はしおりを配り始めた。


 その行動はまるで事前に打ち合わせしたかのような・・・・・・・ってしたんですよ。


 あぁ。思い出したくもないなぁ。


 僕が思い出したくない理由はあの河合の顔を見ればすぐに理解でいるだろう。


 眉間に大きな皺をよせ、苦虫を嚙み潰したような表情を隠す気もなく前面に押し出しているあの顔を。


 僕は勘のいいガキは意外と好きである。


 こういう時に理解の早い人間は、その場において最適な解答が出来る。


 まぁ、稀にわざと場をかき乱すようなことをしでかす静川もいるんだけど。


 はぁ、それじゃあもう少し時を遡りますかね。


 



 「はぁ?どうして?」


 不機嫌さをまるで隠す気のないその返答に僕はたじろぎ、静川は露骨に目付きが変わる。


 「どうしてうちがあんた達の下で働かなきゃなんないの?」


 ・・・・・・・・現状説明が必要かもしれない。


 僕はそんな言い訳をし、とりあえずこの場を一旦見なかったことにすることを決めた。


 閑話休題。


 現在、僕たち学級代表そして副代表、合計3名で明日行われるオリエンテーション合宿説明会についての最終会議を行っている。


 進行はどうするか、班決めを円滑に進めるにはなど明日行われる説明会を無事に終えるために必要なことを話し合い、そして決め・・・・・・・・ってそんなもんとっくに決まっているわ!


 あたりまえだろ!だって説明会は明日だぞ!


 司会進行を頼まれたのは説明会の10日前ぐらいだ。


 それまで何もしないわけがないじゃないか。


 静川が、もはやぶっつけ本番のようなことをするはずがないのはこの何日かでとっくに理解している。


 僕たちは、静川と僕は何度か会議を行い、説明会前日にはもうみんなの前で進行できるくらいにいろいろ練ってきたんだ!


 ・・・・・・・・・・・・まぁ99パーセント静川の独裁政治で、僕の発言権は一切なかったんだけど。


 「いいですね」「とてもいいですね」「それもいいっすね」と言い方を変えて肯定の意思を伝えていただけである。


 いやぁ、僕って意外と社畜のダークホースだったりするんじゃないかな。


 企業の皆さん!今がチャンスです。


 優秀な人材はすぐに引き抜かれますよ!


 か、閑話休題。


 学級をまとめる役割に就いた生徒は2人ではない。3人である。


 これは変わらない現実である。


 そしてもう1つ変わらないのが前日までの会議を行っていたのは2人だけであるという事。


 いやぁ、おかしいよね。


 これがマジックとかだったら「イリュージョン!」とか言って盛り上がったりするんだろうけど。


 実際にイリュージョンしたのは僕の顔の血の気だもんね。


 静川、めっちゃ怖かったもんね。


 放課後、会議があるからって事前に言いに行ったもんね。


 僕が、静川に行けって言われて。言いに行かされたもんね。


 案の定、河合には適当にあしらわれたもんね。


 放課後になって来ないのはお前のせいだって静川に言われたもんね。


 理不尽なキレられかたされたもんね。


 でも言い返さなかったよ。


 だって僕は社畜界の大型ルーキーなんだから。


 ・・・・・・・・企業さん。どうか僕を引き抜いてください。


 お願いします。


 ・・・・・・・・現状説明終了。


 そして僕の目の前には変わらない現実が広がっていた。


 「働かなきゃなんないの?ってそんな疑問が浮かぶ時点であなたははなから間違ってるのよ」


 「はぁ?何言ってんの。意味わかんないんですけどぉ?」


 呆れたと言わんばかりのジェスチャーで静川に追い打ちをかける河合。


 しかし、静川はそんな河合の腹立たしい態度を気にも留めず淡々とした物言いで続ける。


 「本能で感じ取りなさいよ。野生の本能ってやつで。それがの唯一の利点じゃない。交尾のことで頭がいっぱいいっぱいの猿なんだから」


 「だ、だれが!こ、ここ、こここ・・・・のことで頭がいっぱいの猿よ!あんたこそ下品なのよ!」


 あからさまに誤魔化し、慌てふためく河合の顔がどこか紅潮し、先ほどまでのネットのうざい奴のような言い回しが空の彼方に吹き飛んでいた。


 返した言葉の暴力指数も低く、むしろこれは・・・・・・・・


 「下品?あなたは交尾が下品だというの?」


 静川は顔を傾け、顎に手をやり何かを推理するような仕草をする。


 そして彼女は僕にアイコンタクトを図ってきた。


 高校生探偵静川は僕に何を求めて・・・・・・・・あぁ、そういうことか。


 嫌だなぁ。


 この世に存在する高校生探偵は2種類である。


 そして彼女が求めているのはおそらくというか、確実に・・・・・・・・


 「てれてーてーてれてーてーてて・・・・・・・」


 「あれれーおかしいぞー」


 静川はBGMを口ずさむ僕にサムズアップ。


 その姿はまるで無邪気な小学生のようで。


 僕はそんな彼女を横目に捨て鉢の気分でてれてーてー以下略を続けた。


 「クラスではあんなに騒ぎ放題、やりたい放題なあなたが、もはや下ネタですらない『交尾』なんて言葉もろくに言えず、ましてやそんな言葉で赤面するなんて。あなたいつからそんな純情、清廉潔白なキャラを演じてたんですか?」


 「違うもん!猿って言われたのがむかついただけだし。それに、うち清廉潔白とかじゃないし。ギャルだし。超かわいいだし。毎日egg読んでるし」


 少し口調が早くなっているのはむきになっているからなのか、河合はやはり静川の策略にはまってしまった。


 彼女からいつもの落ち着きはなくなり、僕の目からも普段のカリスマ性のようなものの片鱗が一切見受けられない。


 これが素なのか、はたまた焦って取り乱しただけの一時的なものなのかは定かではないが、極論僕には関係ない。


 あぁ、さっさと帰りたい。


 「まぁ、別にいいわ。それよりも失脚貴族様が飽きてしまったみたいだから今日はお開きとしましょう」


 「誰が失脚貴族だ」


 静川のニヒルな微笑みが蚊帳の外であった僕に向けられる。


 しかしすぐさまその微笑みはプルプルと震える河合の方へ向き直った。


 静川は河合との距離を縮め、そして・・・・・・そっと耳打ちをした。


 それは一瞬の出来事。


 静川の笑顔が意地悪なものに変わり、河合の顔から血の気が引いた。


 「ど、どうしてそれを」


 ベタなセリフを真顔で告げる河合に余裕はなく、張り詰めた空気が関係のない僕にまで伝わる。


 そんな緊張感に気づかないふりをするかのように静川はおどけた様子で「女の勘よ」と伝え、教室を後にした。


 ・・・・・・・・気まずい。


 「そ、それじゃあ。明日はよろしくね」


 僕は呆然と立ち尽くす河合にそう告げ、静川の後を追った。






 「ねぇ」


 「なんだよ」


 「この世には嘘つきしかいないのかしら」

 


 


 


 


 

 


 


 


 

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