第3話 あほが見る豚のケツ、正直者が見るアホの結。そして尻拭い

 どうもこんにちは副学級委員長です。


 つまりはこのクラスの副リーダー。


 ・・・・・・・・ほんと、このクラスは冗談が好きなんだなぁ。


 より責任感のない、そして居場所のない僕にこんなたいそうな役職が回ってくるんだもんなぁ。


 真面目な人間は損をすると言うがまさに典型例。


 だって授業中はおろか、休み時間、放課後、帰宅中に至るまで概ね無言を貫く僕は誰に対しても無害で、さらに独立した自主性すらも持ち合わせているんだから。


 それに、先生の『静かになるまでに以下略』の間ですら僕は静寂を保っているほどに空気だって読める。


 そう、僕は文字だけじゃなく空気も読める高スペックな人間なんだ。


 体育の2人組ペアを作るときだって空気を読んで「すいません、調子悪いんで」と言ってトイレへ駆け込むし(だって男子の人数奇数なんだもん)、4人以上のグループワークの時だって寝たふりをしてグループのやつに気を使わせない努力を惜しまない。(授業後の女子のごみを見る目は避けられないが)

 

 なのに、なのにどうして僕がこんな面倒くさ・・・・ゴホン、もとい、崇高で煌びやかで人前に出るようなスバラシイ役職につかなければいけないんだろう。

 

 しかも推薦だよ。す・い・せ・ん。


 トイレじゃないよ。


 水ごときで洗い流せるのならそうしたいし、ついでに僕の過去も洗い流してほしい。


 「その世界一の不幸者みたいな顔で空に向かって黄昏るのをやめて頂戴。空が可哀そうよ」


 氷のような声と視線を僕に送りながら空を心配する。


 空という名前の男の子でも女の子でもない。


 晴れる時もあれば雨の時もあり曇りの時もある様々な顔を持つ、見上げればそこにあるものだ。


 大空を見れば自分の悩みなんてちっぽけに思えるというなんとも幸せな思想の輩がいるらしいが、そもそもそんなことで晴れる悩みなんて悩みといえるのだろうか。


 人間、本当に悩んだときは思い切り空から遠ざかり、勢いよく地面と頬ずりするもんだ。


 まぁ、それでも結局空へ旅立つんだけどな。


 閑話休題。


 時計を見るともうすぐ下校時間に差し掛かろうとしていた。


 どうやら静川はそれを不器用ながら知らせてくれたみたいだった。


 ワァー、シズカワサンッテホントブキヨウダナァ・・・・・・・・


 僕は空に軽く一礼し、荷物をまとめた。


 「それじゃ、私帰るわね」


 『は』の部分を強調し、まるで僕に帰るなと言わんばかりに颯爽と教室を後にした。


 最後まで嫌な奴だ。


 何度も言おう。僕はルールを守る。


 社会に反した行動をカッコイイと思う時期はとっくの昔に過ぎた。

 

 ・・・・・・・・あの時のことを思い出させないでくれよぉ。


 僕は静川が見えなくなるのを確認してから教室を後にした。





 「それじゃあ静川、後の仕切りは任せたぞ」


 学級委員長が決まり、この場を仕切る代役として出ていた先生は静川にバトンタッチをする。


 生徒の自主性を重んじる主体的な教育を盾に、先生は自身のもう1つの仕事(事務作業)へ向かった。


 一見無責任なこの行為も今の日本ではもはやマニュアルと化しており、それを正当化する理路整然とした理屈をどこかの影響力のある教育専門家(笑)がテレビや雑誌で大々的に語るもんだからこうなってしまう。


 突発的に、そして無理矢理決められた大きく責任のある役職だけでは飽き足らず、クラスをまとめるという大仕事を任されてしまう静川。


 今更、有無を言わせない空気を集団で作り、さもあたりまえという顔をするクラスメイトに辟易するとともに、達観した物の見方で自分は他のやつと違うということを自分の中で自己完結する自分にも同じくらい辟易した。


 まぁ、だからと言って何にもしないんだけど。


 僕は相変わらず机に肘をつき、クラスで起こっていることをまるでテレビの画面で起こっていることのように第三者の視点で眺めていた。


 静川は渋々といった感じで椅子を引き席を立つ。


 そして何故か僕に向かって意地の悪い笑顔を浮かべた。


 これが僕と静川の2度目のアイコンタクトとなる。


 ・・・・・・・・この時の僕の悪寒は当たっていたというのはこの後に知る。


 


 

 静川は教壇に置かれている紙に目を向ける。


 おそらくそこには先生の残したこれからの進行の大まかなマニュアルがあるのだろう。


 彼女は数秒その紙とにらめっこをし、そして何故か微笑み、そして口を開く。


 「それではこれより私、静川が僭越ながら進行を進めたいと思います」


 その透き通る声と彼女の凛とした姿勢にクラス中が彼女に目を奪われた。


 産まれながらに特別で、今もなお『人と違う』を地で行く彼女にとって人の目を引くことなんて朝飯前のようだ。


 「まずは副学級委員長を決めたいのですが。立候補はありますか?」


 静川の問いかけに反応する者はいない。


 学級委員長を決める時同様の重苦しい空気だけが教室に蔓延していた。


 それもそのはず。


 そもそもそういったクラス中が責任の大きい役割から遠ざかった結果が静川の学級委員長決定へとつながった。


 それならその次に責任の大きい、つまり失敗したときのリスクが高い副学級委員長の結末もおのずと見えてくる。


 クラスの静寂は重苦しい空気に押しつぶされ、ざわめき立ってきた。


 ひそひそとご近所同士で話し合う姿はまるで井戸端会議のようで。


 なかなか決まらず、喧騒に包まれた教室を後目に事務作業に没頭する先生はまるで僕のようで、自分は関係ないと言いたげだった。


 相も変わらず押し付けあう生徒たちとそれを客観視する僕。


 このまま時が過ぎるのを待つだけなのか、そう思っていた僕たちは1つ大切なことを忘れていた。


 今仕切っているのはあの優秀な静川だということを。


 「それじ「はいはいはぁぁぁい!」


 静川の開いた口を遮るように前方からではなく別の角度から声が聞こえた。


 静川の凛とした声とは裏腹に甘ったるく、それでいてどこかわざとらしい声が主張激しく前へ押し出る。


 その瞬間、視線はすべて声のする方へ注がれた。


 無論、僕の視線も同様に。


 「誰も立候補がないのならうちやりたいんだけど!」


 その声の主は意外にもあの河合だった。


 学級委員長を静川に推薦という大義名分でやらせておきながら副学級委員長というほとんど同じくらいに責任感のある役職を自ら立候補するという行為に僕は混乱した。


 僕は河合さんのことを誤解していたのかもしれない。


 河合は静川にただただ面倒事を押し付け、学級委員長が決まらないと遅延するこの会議自体を早急に終わらせるべくおとなしそうな静川を推薦したと思っていたのだが。


 自ら面倒事に足を踏み入れた今回の行為を鑑みるとどうやらその推理は間違っていたのではと思い始めた。


 そんな突拍子もない事態にクラス中はざわざわとしていたが、流石は静川といったところだろうか。


 教室の喧騒は時間の経過とともに失われ、そして静謐な教室に戻り、視線も静川へと集中した。


 こういう場面に出くわした時のやり方は2通りあると思う。


 1つはざわめきに対し、そのざわめきを超える声量で『静粛に!』などの言葉を殴りつけるやり方。


 たしかにこのやり方が有効的な場合もあるだろうが、高校生が相手となれば話は別だろう。


 社会に、大人に、そして自分にすら反発心が強く、何に対しても反抗的な思春期の高校生にはむしろそれは悪手といっても間違いはない。


 その反発心から反感を買い、状況はさらにひどい展開へ進むだろうことは目に見えている。


 それを回避するのが2つ目のやり方。


 静川が今回採用したやり方だ。


 簡単に言ってしまえば空気を作るといった手法。


 ざわめきに対し矢面に立ち真っ向から勝負するのではなく、遠回しに遠回しに意見を押し付けるのではなく伝える。


 怒鳴りつけるやり方を剣するならば、静川のやり方はまさに魔法といえるだろう。


 静川のぶれない視線と凛とした姿がざわめきを発生する誰かの目に少しでも入った瞬間、そいつ自身がその空気を感じ取り、そしてその空気は周囲に伝染する。


 まさに空気を読む。


 日本人特有のユニークスキルを活用し、応用する。


 それは僕が前述した『静かになるまでに以下略』の手法とほとんど同じだ。


 そしてその手法には教壇に立つ静川にもざわめき立つ生徒にも被害は出ない。


 この状況においては最善の策だろう。


 流石静川といったところだ。


 閑話休題。


 静かになった教室を見まわし、彼女はようやく口を開く。


 「では河合さんの立候補に意見のある方はいますか?」


 彼女の声に反応はない。


 つまりそれは河合の副学級委員長案が可決したということだった。


 クラスに残る不安は自分がやるくらいならいいかという無責任なマインドにかき消されたみたいだ。


 それは僕も同じで。


 まぁ、あとは適当に楽そうな役割に手を挙げてといったその後の展望に頭をフル稼働させていたのだが・・・・・・・・


 「では、もう1人の副学級委員長を決めたいのですが。先ほどの挙手率を鑑みるに誰も手を挙げないのは予測できるので」


 そう言って静川は一瞬僕の方へ目配せし、そして微笑んだ。


 クラス中はもう1人の副学級委員長を決める事実を忘れていた、もしくは知らなかったようでまたしてもざわつき始めた。


 しかし、僕の体は静川の微笑みの恐怖に反応し、背筋がピンっとなる。


 嫌な寒気と、背中に流れる冷や汗が体の異常を僕に報告してくれた。


 「学級委員長の権力を行使し、私は彼をもう1人の副学級委員長に指名します」


 静川の人差し指の先にいる人物には見覚えがあった。


 孤独を愛し、孤独に愛されていそうな風貌。


 社会の闇と人の嫌なところを見通す鋭い目。


 文句と言い訳と皮肉と卑屈な事しか言わない魅惑の口。


 少し癖のある髪の毛は彼の生き様を現わしているかのようだった。


 ・・・・・・・・って僕じゃないか!






 といった経緯の後、なんやかんやで僕は彼女の右手・・・・・・・否、奴隷となるのだった。


 


 


 


 


 


 


 


 

 


 


 


 


 


 


 

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