僕はただ大人びているだけ

枯れ尾花

第1話 静川さんは嬉々として受け入れる

 学校生活が始まっておよそ2週間。


 熾烈を極めた受験戦争から解放され、青春を謳歌しようと今度は醜い争いを繰り広げる。

 

 これからのことは考えないみたいだ。

 

 僕たちにはもう1度受験戦争があるっていうのに。




 きゃぴきゃぴと「湿気がぁー」とか「爪割れちゃったぁ」とか馬鹿の1つ覚えのように連呼する女の脳はまさにレンコンのように穴だらけなのではと同じ偏差値ながら共感羞恥を覚えてしまう。


 もしもバタフライ効果が本当で、爪が割れたことによって何らかの現象が起き、世界が崩壊するのなら僕は僕のすべてを捧げ神に懺悔するつもりだ。

 

 まぁ、そんな馬鹿らしいことが起こるのなら、そもそも神様を崇めるものは世界中にいないだろうし、この世に蔓延る宗教と書いて金儲けと読む輩が存在することもなかっただろう。


 




 ・・・・・・・・と、そんな些細なつまらないことを1人、肩ひじをつきながら考えていた。






 2週間。

 

 それだけの期間があればクラスの雰囲気もある程度固まる。


 誰も知らないところ、慣れない場所で右往左往する期間は終わり、新しい友達、新しいグループが出来、安心安定した学校生活を送れるころである。


 ある者はその垣根を超え恋人というこれまた難しい間柄になる者もいた。

 

 そんな奴らを僕は鼻で笑うことしかできないのだから。

 

 ・・・・・・・・それもそれで楽しいと思える人生です。


 


 

 昼ご飯を食べ終え、5限目へと入る。


 今日の5限目は総合という科目で、日によってすることが変わる。


 前回は自己紹介だった。

 

 今回はどうやら学級での役割決めらしい。


 学級委員長からクラス内の風紀委員、それから各教科の係員など、クラスの人間1人1人に何らかの役割を振り分ける。


 本来、今日のような何かを決める時は学級委員長が仕切るのだが、生憎それは今から決めるため、現在先生が教壇に立っていた。

 

 「それじゃあ、今から役割決めをします。まずは、学級委員長からだな」

 

 誰かやりたいやついるか?と続けて先生は仕切る。


 先生の問いかけに対しての反応は静寂。


 つまり何も返ってこなかった。

 

 いつもはその口から教室が鳴動するほどに大きな声で四方山話を繰り広げるクラスメイトは何処へ。


 こういう肝心な時には辺りをキョロキョロ見て、ほかの人の行動を伺い、まるで自分は関係ないと言わんばかりに鼻呼吸を繰り返す。


 手のひら返しだ。なんて醜いんだろう。


 しかし僕は違う。

 

 なぜなら僕は常に疎外され、このクラスに関係のない人間であると自他ともに思い思われ続けている。


 そんな僕が学級委員長になるなんてお門違いだ。


 だから僕には関係ない。

 

 僕は堂々と知らんぷりができる。


 「僕には関係ないんだ」と。


 だが、そんな時間も長くは続かない。


 限られた時間の中で最も素早く決めなければならない役の学級委員長。


 無論、教壇に立つ先生が何一つ対策を立てていないわけがなかった。


 「もし、この時間で決まらなかったら放課後もみんな残ってもらうからな」


 先生はまるで予定調和だったかのように、何気なく普段と変わりない口調で宣言する。


 長年の経験って奴だろうか。


 顔の皺が深く刻まれているように、先生の中に役割決めを早急に対処する方法は刻まれているんだろう。


 先生のその一言から、森閑していた教室にはコップから少し溢れた水のように少しずつ声が聞こえ始め、そしてそれは勢いを増し、まとまりのない大論争へと発展していった。


 「お前、やれよ!」「やだよ、俺、部活あるし」「誰かやってよぉ」

 

 無責任な言葉が教室を蔓延する。


 でも、僕には声を大にしてそれを否定することはできない。


 だって僕も彼らと同じで誰かがしびれを切らしてやってくれるのを無責任に待っていたからだ。


 そして僕にはこの先の展開がおおよそ読めていた。

 

 というより最悪の展開を僕は無責任にも見つけてしまった。


 こうすればすぐに決まるじゃないかという1つの道筋が・・・・・・・・


 


 僕の嫌な予感は的中した。


 クラスのリーダー的存在(いわゆるリア充)はおもむろに席を立ち、そして告げる。

 

 「先生!私、静川さんを推薦します!」

 

 その声は喧騒の中でも精密に伝わった。

 

 まるで森の中にいるかのように彼女の声はクリアに聞こえる。


 人間の耳はどんなに騒がしい場所でも自分の聞きたいことには反応すると言われているが、僕は今、身をもって実感し確信した。


 彼女の声が聞こえ終わったころには教室は以前の静謐さを取り戻し、そして周囲の視線は僕の・・・・・・・・隣にいる静川へと集中していた。


 気持ちの悪い静寂とマシンガンのような視線の矢面に立つ・・・・否、矢面で座る静川は静かに顔を上げる。


 彼女にとってもこの展開は予定調和だったのだろう。

 

 もしかしたらに賭け、いつも以上に影を潜めていたが失敗したみたいだった。


 そんな静川をよそに、話はどんどんと進んでいく。


 「推薦というわけか。河合、理由を言ってみろ」

 

 先生は彼女の意見に頷き、まるで待ってましたと言わんばかりに理由を求める。


 その声は1段上がり、先生の気分を現わしているかのようだった。


 そんな先生のテンションと、学級委員長が今にも決まりそうな雰囲気を受け、クラスに笑顔が戻った。


 モノクロの世界に少しずつ色がつくように。


 「そうだよ、初めからあの子が立候補すればよかったのに」「あぁ、よかった」

 

 そんな声が細々と聞こえ始めた。

 

 「お前ら静かにしろ」


 先生はざわめきを一掃し、もう1度河合に目を向ける。


 その刹那、河合は話し始める。


 「静川さんは責任感があり、真面目で、私たち生徒のことを俯瞰することが出来る唯一の存在です。また、彼女は勤勉で、休み時間には常に本を読むほど博識です。それらの意見を踏まえて、私は静川さんを推薦します」


 河合はまるで準備していたかのようにつらつらと理由を述べ、誰にも反論できないほどにまとまりのある話を展開した。


 ・・・・・・・・といったのが凡人の見解であろう。


 僕から言わせれば正直ボロが出まくりもいいところだ。


 まず、責任感があり真面目という冒頭だが、そんなことがたったの2週間でわかるはずがない。


 もし仮にわかるだろそれくらいという意見が出ようものなら教えてやろう。


 河合と静川は一言も話したことがない。


 その事実を証明するのが勤勉で常に本を読んでいるという河合の発言にある。


 僕は知っている。


 彼女が勤勉で、常に本を読んでいる理由を。


 それは、それ以外することがないからだという単純な理由。


 でもそれは僕のような人間にしか導き出せない答えだった。


 リア充にはわかるはずがない。


 リア充の休み時間はグループでワーキャー話すということで孤独感を拭えるが、リア充でない者には孤独を拭えるものが無機物にすがる手段以外にない。


 何かをしていないと遅く進む時間の使い勝手の悪さに抗うには何かに没頭していなければならない。


 そんな思考回路から静川は勉強と読書を選んだんだろう。


 そんなことを露も知らない生まれながらのリア充ビッチ河合はその解釈を真面目と捉えた。

 

 そして彼女を学級委員長へ推薦した。


 ・・・・・・・・それならよかったんだが、もし河合の目論見が静川のようなおとなしそうで人畜無害な奴に面倒事を押し付けようということなら救いようがないが。


 僕の見解では半半といったところだろうか。


 まぁ救いようがないとは言ったものの学校内で救われなきゃいけないのは圧倒的に僕で、僕が河合を救える場面はテスト中のカンニング、宿題の写し、放課後の掃除の肩代わり、雑用と呼べるエトセトラ。


 ・・・・・・・・ぐすん。なんだろう、目汁が出てきた。


 閑話休題。


 そんな河合の熱弁に先生は感心し、対極に静川は目を見開いていた。


 私の何を知っているんだと言わんばかりに。


 「河合の意見はよくわかった。先生も実は静川にやってもらいたいと思っていたんだ」


 先生は主観を交え河合の意見に賛成の意を告げる。


 そして・・・・・・・・「河合の意見に賛成のやつは手を上げてくれ」


 静川の逃げ場はなくなった。


 僕は静かに瞼を閉じ、クラスの端へ端へ自らを追いやった。


 「小森は寝ているのか。まぁいい。みんな賛成なんだな」


 みんな手を上げたんだ・・・・・・・・


 そりゃそうだろう。そして僕にはそれを非難することはできない。


 彼らは自己主張をし、僕はその権利からすらも逃げたんだから。


 「それじゃあ静川」


 森閑した教室に野太い声が響き渡る。


 空気の振動が嫌に耳に伝わる。


 周りの音がなくなる。


 鳥のさえずりも、風の音も、木々の揺れも。


 この教室だけがまるでどこか異世界に隔離されたみたいに。


 そして先生は続ける。


 「学級委員長やってくれないか?」


 それは確定申告。逃げ場なんてない。


 僕は薄目を開ける。


 教室中が静川に視線を送っている。


 その視線には彼女を逃がさないためにクモの糸のような粘着性を持ち、彼女の言動を拘束していた。

 

 救うなら今だ。今しかない。


 わかっていても体は動かない。


 僕の椅子は束縛が強いらしい。


 と、責任転換してみても駄目だった。


 すると、僕の眼球は今、1番映してはいけない物を映してしまった。


 「あっ」


 僕は思わず声を上げる。


 しかし、僕の声はおなじみの野太い声にかき消された。


 「嫌なら言っていいんだぞ」


 それは彼女に大きな大きな釘を刺した。

 


 


 


 


 


 


 


 



 

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