百瀬ひなたの妄想

Scent of moon

初恋。

 君の事を好きになったきっかけはないと思う。君は女子なのに男子と混ざって校庭で遊んでいて。小学校のときは女子の方が体力も力もあるからかもしれないけど。運動も勉強も、人並み以上にできてしまう君にどんどん惹かれていた。

 好きな子には優しくすればいいものを、小学生の時の僕はわかっていなかったから。ちょっかいを出しては君を怒らせて。

 ある時には、家庭科の授業で糸くずが大量に出たから。丸めては、君の背中にこっそり投げ付けて遊んでいた。君は最初の方はいつも通り、やめてよとか言って。全然大丈夫なんだと思った。でも、君は授業が終わったとたん、廊下に飛び出して行って泣いていた。なんで、君の悲しそうな顔に気が付けなかったのだろう。もっと。君がどう思っていたのか、考えればよかった。


 中学生になって。男子の中で誰が一番かわいいかとかを話して盛り上がる時。君の名前は出てこなかった。いや、出てこなかったというより、あいつは…、とみんなが言葉を濁し始めるのだ。でも、僕はちょっと嬉しかった。みんながあの子の可愛さに気づいていない。それだけで舞い上がってしまうお年頃だった。

 君は部活に入っていなくて、僕は運動部に入っていたから、帰る時間が合わなかった。だから僕はたまに練習をサボって一緒に帰っていた。君は友達は多かったけれど、みんな部活に入っていて、いつも一人で帰っているようだから。少しだけチャンスだと思ったんだ。あまり人のいない帰り道。ふたりだけの空間があるような気がして、嬉しかった。

 だから、少しだけ思い上がってしまったのかもしれない。ある日の帰り道に僕は自分の気持ちを打ち明けた。君は、少し驚いたような、困惑したような顔をしていた。


-告白とかされたの初めてで嬉しい。


 でも、君からはっきりとした答えは返ってこなくて。理解した。振られたんだなって。


 振られた後も君への気持ちは消えなかった。ちょっと気持ち悪いだろうか。世間では僕は重い部類に入るのかも。でも、思い続けているだけで、君と話しているだけで幸せだった。


 僕たちは大人になって、連絡する機会も減った。全然会う機会がなくて、久しぶりに会ったのは同窓会でのことだった。

 君は相変わらず綺麗だった。話しかけたら前と同じように話せて、楽しかった。昔の話は面白かったし、いまどんな事をしているとか、今の仕事の愚痴とか。連絡が取れなかった時の話をたくさんした。お酒も進んで、少し外に出たら、君が隣に並んだ。

 年甲斐もなく胸が苦しくなって。やっぱり、君のことが今も好きなんだなあと感じて。

「ずっと好きなんだ」

 言葉は驚くほどすんなり出てきて。それでも、君の顔は見れなかった。どんな顔をしているんだろう。また、困らせてしまったかな。久しぶりに会って急にこんなこと言われたら誰でも驚くだろうから。

「ごめん。困らせたよね。忘れていいよ」

 君に距離を置かれるのは嫌だったし、また次会えた時にこんな風に話せなくなるのは悲しいから。答えを聞くのはやめた。

「先、中入ってるね」

 そう言って、君の顔を見ると、瞳に涙がたまっていた。思わず、動きが止まる。

「忘れていいよ、なんて言わないで」

 君の目から涙がポロポロとこぼれ始める。

「え…」

 動けない僕の手を掴んで、君が泣いている。なんで泣いているか、全然わからなくて、困惑する。

「な、泣かないで…」

 不器用だけど、君の涙を拭う。でも、涙は止まることなく流れ続ける。困った。手はずっと掴まれているし…。すると、急にとんっと胸に重みがかかる。離れる様子がないから、恐る恐る君を抱きしめた。背中をとんとんと優しくたたく。

「ごめん」

「何が?」

「中学生の時。告白してくれた時。私、どうすればいいのかわからなくて。返事曖昧にして。君の優しさに甘えてたの」


 一回もう振られているのに。


「ずっと後悔してた」


 期待してしまう。


「もう遅いかなって思ってた」


 君も同じ気持ちなのかなって。


「私も同じ気持ちだった。今も同じ気持ちなの」


 君を泣き止ませるために抱きしめたはずなのに。今度は僕が泣いてしまっている。


「ずっと曖昧にしてごめん。私も君のことが好きです」


 僕の初恋が叶った瞬間だった。

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