第25話 全力の激突
夜闇に沈む街を駆け抜け、炎を上げる建物を跳び越えて、俺は王子の変貌した怪物に飛び掛かる。
組み付いて動きを封じようとすると、ケンタウロスを思わせる巨獣と化した
突き出される光のランスをバリアで受け止めれば、今度は前足の蹄の一撃が俺の胸部に叩き込まれる。押し戻されてよろめいたところへ、彼はすかさず左手の槍を光の弓に持ち替え、光の矢を
(くっ――!)
寸前で両手を突き出し、空間を歪曲させて光の矢の軌道を天上へと逸らす。俺の離れ業に怯む素振りも見せず、粉塵と瓦礫を巻き上げ、彼は一直線にこちらへ突進してきた。
暴れ馬を彷彿とさせる
突撃が届く間際、炎の翼を広げて俺は飛翔した。まずは、街に被害の出ない上空に攻撃を引き付けないと。
見下ろす視界の先には、四つ足で地面を踏み締め、上空を振り仰いでくる敵。次の瞬間、馬の姿をした彼の胴体にも、天馬を思わせる純白の翼が展開した。
(何っ!?)
ぶわりと空気を叩き、風を纏って飛び上がった巨体が、たちまち空を駆けて俺に向かってくる。咄嗟に翼を羽ばたかせ、俺はさらに高空へと舞い上がった。
(ケンタウロスかペガサスか、どっちかにしろよっ!)
いや、むしろあれは、
眼下の街に人々のざわめきが
なおも追いすがって追撃してくる
飛行能力ではこちらが凌駕している。恐らく単純な攻撃能力も。空間歪曲の戦術に至っては言うまでもない。
だから、この怪物を倒すこと自体は俺には難しくないだろう。だが……。
――あなたに救ってほしいのよ。この国を、そしてお兄様を――
アウラの言葉が脳裏に蘇る。彼女と兄の関係を語った、シルヴィアやローリエの言葉も。
――お姉様は、この国を支えようと必死なのです――
――姫には救いが必要だ。彼女より強い存在による救いが――
空中を突進してくる王子の巨体を正面から受け止め、その肩越しに、俺は眼下の街を見下ろす。雲を貫く龍人の視力が、兵士達に守られて立ち、シルヴィア達と共に上空の戦いを見つめる第一王女の赤い瞳をハッキリと捉えた。
兄の身と戦いの行方を案じながら、妹や臣下の手前、それでも気丈な態度を保とうとしているアウラ。そうだ、彼女は今も、この国のために強くあろうと頑張っている。
お父さんも無事に助かるかどうか分からない。この上、お兄さんまで俺が倒したとなったら……。
あの頑張り屋のお姫様は、これから先、誰にも心を預けられなくなる。
俺が代わってやれるなんて、思い上がったことを言うつもりもない。
俺にとっては、あまり良い印象はない王子だけど――
それでも、彼を無事に妹のもとに返すこと。それが、この戦いにおける俺の使命なんだ!
《――待ってろ、アウラ!》
組み合った王子の体を力一杯に突き放し、俺は牽制の火球を撃ち出した。それを彼が光の槍で打ち砕いている隙に、瞬時に空間を跳躍し、その背後を取る。
宝玉から繰り出す炎の鎖が、幾重にも分かれて彼の六肢に巻き付き、その巨体を空中に縛り付けた。
《があぁっ!》
怒りの声を上げて身をよじらせる王子。再びその正面に回り込み、俺は龍の眼で彼の左手のブレスレットを見据えた。
オレンジ色の光を放ついびつな宝玉。あれが彼に変身能力を与えているのなら――
(あれさえ壊せば……!)
右手に炎の爪を研ぎ澄まし、今にも斬り掛かろうとした、その刹那。
ゾクリとした寒気が走り、俺は宙空で攻撃を思いとどまった。
五感を超えた第六感が告げている。誰かがこの状況にほくそ笑んでいると。
(っ……! まさか!)
首を振って見下ろす先、炎に包まれる王宮の塔の上で、あの女――イーヴルが俺達の戦いを見上げ、妖しい笑みを見せていた。
ハッとなって再び王子の左手を見やる。炎の鎖に動きを抑え込まれ、
あの中に組み込まれた何ちゃらリアクターというのが、魔力の原発のようなものなら――
(あれを壊したら、エネルギーが暴走して……?)
恐ろしい可能性が頭をよぎるのと時を同じくして。
王子の苦しげな叫びと共に、ビシッと不気味な音を立てて、宝玉の表面に微かな亀裂が入るのが見えた。
(! まずい!)
こうして無理に力を抑え込んでいるだけでも、行き場を失ったエネルギーがリアクターを暴走させてしまうのなら――。
俺はすぐさま炎の鎖を打ち消し、王子に再び組み付いて高度を上げた。
王子の命を奪うわけにも、リアクターを壊すわけにもいかず。彼に戦意が残っている限り、その力を抑え込むことすら許されないと言うのなら。
残された手段は、彼の気力が尽きるまでやり合うしかない!
《ああぁぁっ!》
《おおぉぉぉ!》
互いに翼をはためかせ、俺と王子は夜空を駆けてぶつかり合った。
振り出す拳が互いの胸部を捉え、激しく火花を散らす。勢いに任せて突き出される光のランスの連撃を炎の爪で打ち払ったところへ、重たい蹄の蹴りが叩き込まれる。装甲で吸収しきれない衝撃が全身に走るが、構わず俺はノーガードで打ち合い続けた。
全力を乗せた拳が、爪が、足が、蹄が、絶えず互いの体にダメージを与え合う。
《目を覚ませ、王子! その程度がアンタの器じゃないだろっ!》
拳と蹴りの応酬を浴びせ合いながら呼びかけても、意味のある言葉は返ってこない。そのかわり、なりふり構わない攻撃を通じて伝わってくるのは、彼の心の
――俺に止めてほしがってるのか。それとも、あくまで自身がこの国の守り手として立つために、俺を打倒したいのか?
宙空を蹴立てて殺到する彼の突進を胸で受け、もんどり打って吹っ飛ばされる
結局、どっちだろうと、俺のやることは変わらない。
彼の気が済むまで全力を出させ、俺もそれを全力で受け止めるだけだ。
《来い、王子っ!》
上空で体勢を立て直し、両腕を広げた俺を、スリット越しの彼の眼光が見上げてくる。
獣と見紛う咆哮の中に、それでも人の理性を感じさせる叫びを星空に響かせて、彼は左手に再び光の弓を構えた。引き絞るような右手の動きに合わせて、ひび割れた宝玉から
俺も両手を突き出し、全力で炎のバリアを展開した。龍の本能が告げている。あの一撃さえ受け止めてしまえば、もう彼の体にも心にも戦う力は残らないと。
雷の矢をつがえた光の
《ぐっ……!》
遥か上方まで押し飛ばされ、今にも装甲をかち割りそうな
炎の弾丸と化した俺の飛び蹴りが、尾を引く流星と化して王子の胸に叩き込まれる。全力を乗せたその一撃は、彼の巨体を翼ごと押し戻し、やがて地響きと共に無人の地面に叩き付けた。
巻き上がる粉塵の中、俺はゆらりと身を起こし、倒れた彼の姿を見やる。馬の半身を失い、元の巨人の姿に戻った彼が、瓦礫の中に力なく倒れ伏していた。
その手に巻かれた腕輪の宝玉は、今や光を失い、ひび割れたまま沈黙している。
(やった……か)
俺の力も限界だった。人形の糸が切れたように、俺も巨人の姿のまま膝をつき、そのまま仰向けに倒れ込んだ。
ヒナリ様――と、遠くで俺を呼ぶ声が聞こえる。あれはシルヴィアか。お兄様、と叫んだのはアウラだろう。彼女達の駆け寄る足音を聴覚に捉え、俺が夜空を仰いで変身を解除しようとしたとき、
「見事な戦いぶりでしたわ、異界の英雄さん」
聴きたくもない女の声までもが、耳障りな反響を伴って俺の意識に割り込んできた。
巨人の姿を保ったまま、俺が身を起こして目をやった先には。
「しかし、無敵の龍王巨人ヒリュウジンといえど、ここまで力を消耗しては、もはや無力な
全身を紫色のオーラで覆い、黒髪を魔力の風に逆立たせたあの女が、崩壊を免れた建物の屋上からふわりと宙に浮き上がって、妖しく光る
そこへ、息を切らして駆け付けてきたローリエの、絞り出すような叫びが耳に入る。
「最初から、二体の巨人の共倒れを狙っていたのか……!」
「今頃気付いても、もはや手遅れですわね」
異界人の女が妖しく微笑む。同じく駆け付けてきたアウラやシルヴィア、パルフィ達も、宙空に浮かぶ彼女を張り詰めた顔で見上げていた。
「まさか、お兄様に力を与えた本当の目的は……!?」
「ああ、殿下は祭り上げられたんだ。ボク達を
彼女達を守る兵士達も、集まってきた群衆達も。誰もが戦慄に目を見張る中、女――イーヴルは高笑いを上げ、吸い寄せられるように上空へと舞い上がっていく。
瞬間、紫電の雷光が夜空に
立ち込める暗黒の
これまで倒してきた巨獣兵器が
「あの女が……巨獣兵器……!?」
魔学博士の呆然とした呟きをかき消すように、天上に女の声が響いた。
《巨獣兵器ではない。世界を統べる滅びの邪神――
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