5. 王子の帰還(角行巨人クラウンアーク、鳳凰巨獣ホウオーガ、醉象界獣ジャスイゾーア 登場)

第20話 あなたのお相手候補には

「ねぇー、飛成ひなりさん。ヒロクラスとヒログラスだったら、どっちがいいと思います?」

「いきなり何の話だよ」


 見慣れた夢空間で女神に問われ、俺は眉をひそめた。


「鹿型の巨獣兵器の名前ですよ。虎型の第一形態のほうは、盲虎もうこ巨獣モードラスでいいとして……」


 女神がパチンと指を鳴らすと、例によって空間に大スクリーンが現れ、昨夜の戦いの様子が映し出される。目元の隠れた虎型の巨獣が、白い巨人の攻撃で頭部を斬り飛ばされ、直ちに鹿型の巨獣に姿を変えて復活するシーンだった。


「第二形態は、飛鹿ひろく巨獣ならヒロクラスが自然だと思うんですけど、でもやっぱり特撮の怪獣っぽくするなら濁点は必須ですかねー」

「ああ、それは俺もその方がいいと思うけど……。じゃなくて、相変わらず呑気だなアンタは。今回はマジで大変だったんだぞ?」


 画面の中、龍の巨人と化した俺に斬り掛かってくる白い巨人の姿を指差して、俺は女神をじとっと睨みつけてやる。

 お気楽な天国テレビのクルーは動じる様子もなく、お決まりのニマニマ顔で声を弾ませた。


「でも、見事に解決したじゃないですかっ。ハックドールに変貌したパルフィちゃんを華麗に救出!」

「そういう名前なんだ……。何、精神をハックされた人形的な?」

「いや、例によって中将棋ちゅうしょうぎ由来ですよ。香車の成り駒で白駒はくくっていうのがあるので、そこからです。名付けて白駒はくく巨人ハックドール、カッコイイでしょ?」


 俺の眼前に浮かんだ古めかしい香車の駒が、女神の指の動きに合わせてくるりと裏返る。なるほど確かに、裏面に刻まれているのはお馴染みの成香なりきょうではなく、「白駒」の二文字だった。


「どうでもいいけど、駒の名前に『駒』って入ってるの、なんかモヤモヤするな。白の駒って言われると予備みたいだ」

「でも、『駒』って本来は馬のことですからね。白駒は白い馬、白馬の騎士娘ですよ」

「白馬なら王子だろ、普通」


 何の気なしに突っ込んだところで、大事なことを思い出した。そうだ、王子といえば……。

 しかし、俺がその件を口にしようとする前に、女神は救出直後のパルフィの様子をスクリーンに映して、食い気味に言ってくる。


「ホラ、もう完全に落ちちゃってますよ。『ヒナリ様が私をめとってくださるそうですから』ですってー。モテモテですねー、こいつぅー」

「いや、俺もそんなつもりで言ったわけじゃなかったんだけど……。さすがに恥ずかしいから勘弁してくれない?」

「どうしますぅ? 今度は騎士娘ちゃんが夜這いしてきたら」

「抜き打ち訓練だと思うことにするよ」


 まあ、さすがにあの子にはシルヴィアとの関係のほうが大事だろうから、抜け駆けなんてしないとは思うけど……。


「……なんか、アンタと話してると、毎度、緊迫感が削がれるよ」

「いいじゃないですか。飛成さんももっと気楽にするべきですよ。異世界番組の主人公なんて、楽して無双してハーレム作っちゃうぜー、くらいがちょうどいいんじゃないですか」

「ハーレムねぇ……」


 どうにも実感が湧かない。あの子達の俺への評価なんて、言うなら巨人の力ありきであって……。パルフィにも言ったように、俺なんか変身能力を取ったら何も残らないんだし……。

 と、そこで、例によって例のごとく、女神は脈絡を無視して「そうそう!」と声のトーンを上げた。


「喜んでください、飛成さんっ。新番組『龍王巨人ヒリュウジン』、無事に放送スタートしましたよっ!」

「あぁ、そういえば、もうすぐ始まるって言ってたっけ」


 えへんと胸を張って、女神はテンション高く続ける。


「天国ネットでの評判も上々ですよ。感想見ます?」

「いや、いいよ……。どうせ『主人公の変身前がダサい』とかだろ」

「どっちかって言うと、『据え膳喰わないのはカッコ悪い』ってコメントが多いですねー」

「天国の住人ってみんなアンタみたいな思考回路してんの?」


 はあっと息を吐いたところで、女神はにっと笑って俺の目を見てきた。


「でも、いよいよ収録も正念場。ここからが第一クールのクライマックスって感じですね」

「俺は別に収録のつもりでやってないんだけど」

「パルフィちゃんの件で、この世界の人間が巨人化することもあるって伏線がしっかり張れたことですしー」

「……ああ、そうそう、それなんだけど」


 ようやく、さっき聞きたかった本題に話を戻すことができた。


「なんか、行方不明だった王子が暗躍してるっぽいんだけどさ。なに、真の敵は身内にいた的な設定?」

「さあ。敵が何を狙ってるのかは分かりませんけど」

「だからなんで分かんないんだよ。神様だろアンタ」

「神って言っても、一神教的な神いわゆるゴッドとは違いますしー。まあ、でも、ひとつ言えるのは」


 あくまで微笑を保ったまま、女神は警告するように人差し指を立てた。


「アウラちゃんやシルヴィーちゃん達には、これからキツイ展開になるかもですよ」

「……やっぱり?」


 洗脳か何か知らないけど、本当に王子が不穏な動きを見せているのだとして……。最悪の場合、実の兄を敵に回すことになるのなら……。

 特に、元は彼の存在が支えだったというアウラに関しては、それこそ正念場といえる展開が待っていそうな気がする。


「しっかり支えてあげてくださいね。飛成さんは、彼女達のヒーローなんですから」


 明るい声で告げるテレビクルーの表情は、ちょっと神様らしく見えた気がした。



***



 そして、パルフィの件から少し経ったある日――。

 この日、朝から宮中は物々しい空気に満ちていた。隣国との戦いの最前線で部隊を指揮していた、アウラ達の父――つまりこの国の王様が、深傷を負って危篤状態という報せがもたされたのだ。

 医療魔導師や兵士達が忙しなく城内を駆け回り、出動の準備を整える中、俺もアウラに呼ばれて王宮裏手の竜舎りゅうしゃ前に駆けつけた。

 その場には、既に数騎の小型竜ドラゴネットが兵士達の手で整列させられている。

 黒地に金の刺繍の戦装束を纏った第一王女は、俺の姿を見るや、真紅のマントをひるがえして歩み寄ってきた。


「来たわね。早速だけど、あなたにも護衛としての同行をお願いするわ」


 腰まで届く金髪をしゅるっと魔法でまとめつつ、彼女は俺の目を見て言った。

 ……護衛? 彼女の?


「それはいいけど……」

「けど、どうしたの?」

「いや、アウラさん、変われば変わるものだなと思って。ちょっと前まで俺のこと警戒しっぱなしだったのに」

「っ……! こんな時に何を言ってるの。行くわよ!」


 カッと顔を赤くした彼女が、それを隠すように、ドラゴネットに向かってきびすを返したとき、


「お姉様っ!」


 息を切らしたシルヴィアが、戸惑う兵士達をかき分けて城内から出てきた。


「やはり、わたくしも参ります!」


 姉に駆け寄って訴えるシルヴィアの後ろで、遅れて追いついたパルフィが「相変わらずですよ」とでも言いたげな目を俺に向けてくる。

 騎士娘のその顔を見ただけで、俺にも大体のことは想像がついた。この姫様、一度アウラに留守番を命じられたのに、やっぱり我慢できなくなって飛び出してきたんだな……。


「ダメだと言ったでしょう。この隙を突いて攻め込もうとする敵の罠かもしれないのよ。あなたはここで留守を守っていなさい」


 厳しめの口調で言われてもなお、シルヴィアはもじもじと落ち着かない様子で、アウラの背後の小竜を手で示して。


「だって……お姉様がヒナリ様を乗せて行かれるのですか?」


 そんなことを言うので、俺は思わずアウラと顔を見合わせてしまった。

 何、この子、お姉さんが俺を相乗りさせるのに嫉妬してるの……? 仮にも自分達の父親が生死の境を彷徨さまよってるって時に、そんなこと考えてる場合なのか……?


「そういうことだったら俺、変身して飛んでくけど……」


 姫君達を交互に見て俺が言うと、アウラは「いいえ」とすぐに遮ってきた。


「そんなことで力を無駄遣いするべきじゃないわ。……妹相手に抜け駆けなんてしないから安心なさい」


 アウラに面と向かって宥められ、シルヴィアは渋々といった顔で頷く。


「……では、お父様に、わたくしも御身を案じておりますとお伝えください」

「そっちを先に言えたらよかったわね」


 半分呆れた顔で、それでも妹に笑いかけて。

 第一王女は俺を鞍上に伴って、兵士達と共にドラゴネットで空へと舞い上がった。



「――まったく、あの子。事態を理解してるのかしら」


 風を纏って編隊の先頭を飛ぶさなか、呟くようなアウラの声が俺の耳に届く。

 彼女の腰に手を回した俺は、シルヴィアと少し違う感触と香りに意識を持っていかれそうになりながらも、緊張を隠して答えた。


「まあ、シルヴィーはあれでいいんじゃないの。あの子はあの子で、国の未来を考えてるんだろうし」

「知ったようなことを言うじゃない」


 くすっと笑ってから、彼女はふいに静かな声で言ってきた。


「私があの子に待機を命じたのは、お父様に万一のことがあったとき、あの子の心では受け止めきれないかもしれないからよ。ただでさえ、パルフィの件で胸を痛めた直後だもの。辛い事態を目の当たりにするのは私一人でいいわ」


 その言葉には、鋭い刃のような普段の態度とは違った、等身大の優しさが満ちているようで。


「君って優しいよな。いい女王様になるよ」

「……私はあくまで、お兄様が戻られなかったときの代わりに過ぎないわ」


 微かに気恥ずかしそうな響きを含んで、アウラは続ける。


「だけど、もしも私が王位に就くことになれば、残念ながらあなたのお相手候補には入れてもらえないわね。王配おうはいが異界人では、さすがに民に示しが……」


 そこまで口に出したところで、初めて自分が何を言っているのかに気付いた様子で、彼女は慌てて声を上げた。


「って、何を言わせるの!」

「勝手に言ったんだろ!?」


 彼女は照れ隠しのように手綱を引き、ドラゴネットを急加速させる。

 心臓がバクバクと早鐘を打つ中、俺は彼女の体に食い込む両手の感触から意識を引き離すのに必死だった。

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