第1話 ハイジャック
蒼月市 来栖神社、その地下――碑守中部支部 AM 10:00
地下であるにもかかわらず、シートではなく本物の木材で作られた執務室で顎髭を不精に伸ばした男が難しい顔をしている。
「おかしいな、例の新人、今日着任のはずだろ?」
「はい、訓練にも真面目に取り組み、遅刻などもほとんどなかったと聞いていますが、何かあったのでしょうか?」
顎髭の男、碑守中部支部長である暁 影虎が疑問符を浮かべながら、秘書の大槻 茜に尋ねるがこちらも疑問符を浮かべるばかりである。そんなところへ、碑守の隊員が慌てて駆けこんできた。
「支部長、テレビつけてください!! 緊急事態です!!」
隊員の慌てぶりををみて、景虎はすぐにテレビを点けた。映っているのは、いつものニュース番組だが緊迫感が違った。
「名古屋S空港に到着予定だったBA452便がテロリストにハイジャックされました。テロリストは世界の森林伐採に反対するエコテロリスト『フォレストガーディアン』です。犯人の要求は――」
テレビでは次々と犯人の要求や背景を知識人たちが討論し始めたが影虎はべつのことで頭を抱えていた。
「BA452便っていや、新人の乗っている便だぞ。道理でいくら待っても来ないわけだ」
「支部長、フォレストガーディアンといえば、獣人で構成された過激派です。新人が対応してしまっては万が一のことがあるのでは?」
「ヘイムダルのC・Bガンナーズからの太鼓判があるとはいえ1人で獣人テロリストを鎮圧はさすがになぁ。S空港に着陸したら、こっちに出撃命令があるだろうから、隠形の得意な奴、特に匂いを上手く『隠せる』のと狙撃要員を数名選出しておいてくれ」
「かしこまりました、支部長」
茜は頭を下げると、対テロリスト要員の選出のため、既に状況を把握した隊員たちが集合しているであろう来栖神社地下本殿前へと向かった。
―― 一方、BA452便内
機内の乗客、添乗員は携帯、スマホを取り上げられ外部との連絡を絶たれた状態にあった。そんな乗客たちの中、1人状況の把握に努めてる男がいた。体格は長身痩躯、顔立ちは中性的で鼻梁が整っており、精悍というよりは美形という方が似合う男性だ。背中の途中まで伸ばした髪は結い上げており、見方によっては女性に見間違われるほどだ。名は鳳 兵吾、本日付で碑守中部支部に着任する予定だった男だ。
兵吾は目立たないように細心の注意を払いながら、ファーストクラスへ続く扉と後方の扉を見る。テロリストは各扉に1人ずつ、取り回しを考えてなのかブルパップ式のアサルトライフル、ステアーAUGで武装している。機内にいるテロリストが何人なのか、テロリストがどう動くのかも分からない。そもそも飛行中に機内で戦闘行為なんぞやらかし、機長を殺され墜落なんぞしてしまえば目も当てられない。とにかく今できることは少しでも情報を集めることだ。兵吾はいくつかの超能力を使用することができる。そのうちの1つの使用を決断した。使用するのはテレパス、自分の思考を相手に送り込んだり逆に相手の思考を読むことのできる能力だ。ただ、兵吾は読み取るのがあまり得意ではなく、対象以外の周囲の声も拾ってしまう可能性がある。それでも試す価値はある。兵吾は慎重に、ファーストクラス側に立っているテロリストを覗き込み、意識を集中していく。
ダイスロール 2D6 結果 3+5=8 成功
(なんで……目に…かしら……)
(政府は……命の保証は……)
様々な「声」が聞こえる中で、それははっきりと敵意と冷静さを持った「声」だった。
(ファーストクラスも問題なく制圧できるようだな。俺達ビジネスクラスも問題なく制圧できているし、あとはS空港に着陸し、要求した金を受け取り別の航空機で高飛びするだけだ)
兵吾は集中していた意識を緩め、シートに深く座りなおす。
(当初予定通りの場所に着陸するつもりか…。時間は遅れているが関係はあるのか?)
日本に着陸する理由は見当がついている。対テロリストの戦力が欧米諸国と比べ、ヌルいのだ。欧米ならば人質の安全確保は当然のことだが、その過程での犯人の射殺もざらだ。だが、日本はそうではない。重傷を負わせることはあっても命を奪うようなことはめったとない。銃社会であるか、そうでないか。命の重さに対する観念の違いもあるだろう。とにかくテロリストは生存確率の高い方法を選んだ、
(連中が獣人ってことは碑守が把握しているだろうし、S空港なら中部支部が出てくるはずだ。うちはSATより過激だからな。生死問わずどころか、積極的に殺りにいくはずだ。タイミングを見て、俺も動いてアシストしなくちゃな)
とりあえずはS空港に着陸してからである。兵吾が周囲の人々に紛れるように、目立たぬよう緊張を高めていく。そんなときにアナウンスが入った。声は恐らく機長だろう。声が緊張で固くなっているのが聞き取れる。
「皆様、当機は1時間40分遅れで、S空港に着陸いたします。シートにご着席の上、シートベルトを締めてください」
乗客はテロリストを刺激しないよう、ビクビクしながらベルトを着けていく。かたやテロリストたちは居場所を動かず、このまま着陸するようだ。機体が下降をはじめ地表が近くなってくる。機種が持ち上がり、タイヤが地面に接し、ブレーキをかけていく。徐々に速度が落ちていき、やがてBA452便はS空港へと着陸を終えた。それは、この国とテロリストとの交渉が本格化すると同時に、碑守との戦闘の火ぶたが切って落とされたことを意味していた。
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