お兄ちゃんにだけは内緒じゃないよ……。
『お団子取りが終わったら、お狐様を
村一番の柿の木に見守られながら夢中ではしゃぎまわった思い出の広場。
僕の視界から遠ざかっていく真美の後ろ姿。あのときの情景が言葉とともに鮮明に蘇ってきた。彼女の水色のワンピースの裾が軽やかに揺れる。僕は
喉の奥から血の味のような深い後悔がこみ上げてくる。その後悔の念を追い払うように激しく咳払いをしてしまう。どんどん遠ざかっていく彼女の背中に必死で手を伸ばした。
『待ってくれ!! 真美……』
何度、同じ夢に僕はうなされ続けてきたのだろうか? いつも真美に手が届かないところで目が覚める。寝汗をかいたシーツが僕の肌にまとわりつく不快な感覚まで、まざまざと思い出されてしまう。
真美が行方不明になってから長い年月が流れ、当時あれほど大騒ぎしていたマスコミを筆頭に世間の関心も薄れてきた。職務質問されたコンビニの前、そこに掲示されていた色褪せた情報提供を呼びかけるポスターのように。
だけど僕の中では薄れていくどころか、あの日の遠ざかっていく彼女の背中、その水色のワンピースの鮮やかさが未だに色濃く記憶の中心に焼き付いていた……。
「陽一おにいちゃん、どうしてずっと黙ったままなの。あんまりお話をする気分じゃないのかなぁ。少年漫画の
「……真美、お前はそんなことまで覚えていてくれたのか!?」
言葉だけでなく背中に密着した彼女の身体からも、僕への気配りが痛いほど感じられた。
ここまで行動をともにして、あまりにも無邪気すぎる真美の言動に強い疑念を
「なあっ!! まみっ!! お前は本当に真美なんだなっ!! 僕の知っている幼馴染の女の子で間違いないっ!!」
僕は叫ばずにはいられなかった。まるで自分に言い聞かせるように……。
「わわっ!? な、何っ!! 急に陽一お兄ちゃんが大きな声を出すから驚いちゃった。それに分かりきったことを言わないでくれるかな。真美は真美ってそんなのあたりまえだから……」
真っ暗なトンネルに僕の声がこだました。この音の響き具合から推測するにトンネルの奥はかなり長い距離があるようだ。僕たちの乗るトレーシーは、まるで決められたレールの上を走るように一定の車速に保たれていた。普段は甲高く響き渡る二サイクルバイク特有の
トンネルの奥に進むにつれ、ひんやりとした冷気が肌に感じられる。
路面はアスファルトではなく古い
真美はこの長いトンネルについて何か知っているのだろうか?
「ああ、びっくりさせてごめんな。だけど僕はお前の名前を何度も叫びたい気分なんだよ。こんな変なテンションで悪いけど……。これまで離ればなれで呼べなかった回数分をまとめて真美って大声を出してさ」
「変なてんしょんとか……? ペンションみたいな言葉の意味は、私には良くわかんないけど陽一お兄ちゃんの気持ちはとっても嬉しいよ!! だけどハリセンボン、マンボンみたいに真美の名前を何度も連続して呼ばれるのはかなり照れくさいかな……。そうだ、名前じゃなくて違う言葉にしようよ!! よおしっ、真美もお兄ちゃんに負けない大声を出すからね。いっせ〜の、やっほっおおうぅ!! 真美はここにいるよっ!!」
僕の肩に両手をかけ、真美が後部座席から勢いよく立ち上がった。その反動で大きく車体が揺れる。路面からの影響はまったく受けないがトレーシーの車上で身体を動かしたりするのには反応があるのはなぜだ!?
「まみっ!? 危ないから後ろで急に立ち上がるなっ!!」
慌てて頭上を見上げると、真美は僕の話を全然聞いていなかった。自分の耳に手を当て、トンネルにこだまする反響音を一言も聞きもらすまいとしている。
「「やっ〜ほっ〜おおうぅ〜〜!! 真美は〜ここにいるよっ〜〜!!」」
先の見えないトンネルの奥から、真美の声だけがこだまとなって返ってきた。
それにしてもいくら長いトンネルとはいえ、ここまではっきりと声が返ってくる空間は珍しい。真美のヤッホーという言葉から僕は思わず山びこを連想してしまった。まるで高い山の頂上から叫んだかのような響きに驚きを隠せない。
僕が子供のころ、亡くなったお
この現象もトンネルに何か超自然的な力が働いているせいなのだろうか!?
「あはははっ、ちゃんと山びこが返ってきて面白~い!! ねえ、陽一お兄ちゃんも真美と一緒に叫ぼうよ!!」
「おいおい!! 真美っ、あんまりはしゃいでトレーシーから落っこちるなよ。それにやっほ~なんてアナログな言葉を叫ぶやつ、僕はひさしぶりに聞いた気がするよ。真美、お前は本当にお子ちゃまなんだな……」
「だって真美は小学四年生だもん。お子ちゃまで何が悪いの?」
「やっぱりそうなんだよな、お前は子供のままで変わっちゃいない。ぜんぜん悪くないよ。逆にありがとうを言いたいぐらいだ……」
「さっきから変なの、陽一お兄ちゃん、本当に大丈夫?
先の見えない漆黒の闇に包まれ、原始的な恐怖を感じている僕とは正反対に真美はとても楽しげにみえる。文字どおり待ちに待った遠足に出掛ける子供みたいに感じられた。
僕の肩に手を掛け、後部座席から立ち上がった姿勢はそのままだ。彼女の水色のワンピースの裾が前方からの風を受けて大きくはためいた。
「……真美、スカートがめくれちまうぞ。いちおうお前も女の子なんだからさ、ちょっとは気にしろよ」
「陽一お兄ちゃんがバックミラーで、ずっと私の足もとばかり見てたのは知ってたよ。真美、真上から見て全部お見通しだから。そうだよね〜トレーシーちゃん、穴が空くほどミラーを見つめちゃうなんていやらしいよね!!」
相変わらずトレーシーを呼ぶときは、ちゃん付けなんだな。いつもバイクにむかって話しかけている僕が言える立場じゃないけど……。
「……な、何をいってんだ。僕はトレーシーのバックミラーでお前のスカートの中身なんかをガン見していないから!! お、大人として、そうだ、あくまで保護者的な立場で忠告してやっただけだぞ!!」
「陽一お兄ちゃん、ムキになって否定するくせは子供のころから変わっていないよね……」
「真美、お前、わざとやってんな。そうやって僕をからかうのは楽しいか?」
「うん!! とっても楽しい!!」
「ちぇっ、即答か、少しは年上を敬えよ。これでも僕はお前を守る立場なんだからさ……」
「他の男の子の視線は気にするけど、陽一お兄ちゃんだから真美は気にしないんだよ。そんなの分かっているくせに……」
「……真美、僕が分かっているとは、どういう意味なんだ?」
「お話をしたいって言ったのは私には時間がないから。このトンネルの中はいろんな
あの小学校の
「また同じ質問をしてごめんなさい。小学校で恒例の学芸会が体育館で行われたあの日、私が全校生徒の見ている前で、スカートめくりという
彼女が大きく風になびくスカートの裾をそっと指先で
次回に続く。
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