スカートめくりは禁止だよ。
「――真美、この先が最初の聖地巡礼場所だ」
トレーシーを停めて真美と降り立った一番目の場所。
新しく開通した高速道路の料金所から程近い、週末や祝日には都会からの観光客でごった返す人気のスポットだ。
広大な敷地内には様々な観光施設があり、大手ゼネコンと有名衣料ブランドのコラボで都会に疲れた観光客が暫しの安らぎを求めて、この場所に大挙するんだと妹の
妹が推しの女性アイドルグループが先日、その場所で最新PVを撮影したそうだ。実に単純な理由に微笑ましくなった。
その中にある建物が今回の目的地だ。しかし施設への夜間の入場は制限されているので、手前にある駐車場には人の姿も他の車も見当たらなかった。
営業時間外なので建物の中に入ることは不可能だが、今回は外から眺めるだけでも構わない。僕たちが通った懐かしい小学校の校舎をモチーフにした建造物を、あの約束の場所に赴く前にぜひ見てもらいたかった……。
そうだ、僕が故郷で通っていた学校はすべてが消えてしまったから。
いや、正確には学校が統廃合されて小、中学校は名称変更され、高校に至っては経営母体が変わり近隣にある進学校の分校扱いになったそうだ。
日々のわずかな食いぶちを稼ぐ為に、都会でフリーランスの仕事に奔走していた僕には知るよしもなかった。帰省して初めて妹の日葵から聞かされた。
そうだ、母校と呼べる物が今の僕には存在しない。その現実がどこか他人事みたいに思え、悲しむと言うより思わず笑ってしまった。自嘲気味な言葉が僕の脳裏に浮かんだ。
「ここにも僕の居場所はないのか……」
「陽一お兄ちゃん、居場所って何のこと?」
ヘルメットに内蔵されたインカムのスピーカーから、僕を心配する真美の声が突然、流れてきて本当に驚いた。
うっかりしてしまった。バイクから降りたのにインカムマイクの電源が入りっぱなしだった。
僕は無意識に考えを口に出していたのか!?
動揺して手に持っていたトレーシーの鍵を駐車場の地面に落としてしまった。真新しいアスファルトの舗装に軽い音を立てて鍵束を入れたキーケースが転がった。
その拍子に革製のキーケースが開いてしまい中身が丸見えになる。この中にはあれが入っているんだ!! 僕は慌ててキーケースを拾おうと地面にしゃがみ込んだ。
「……そんなに慌てなくても大丈夫だよ。真美は何でも知ってるから」
「えっ……!?」
僕は、キーケースを拾おうと焦り過ぎたあまり、みっともない姿を真美の前に晒してしまう。
子供がカルタ取りに熱中しすぎて床に這いつくばった格好さながらだった。恥ずかしさを感じながら見上げた先には、彼女の履く桜色のサンダル。大きな花のモチーフが華奢な足元に映える。月明かりに照らされ薄暗闇に、そこだけ大輪の花が咲いてるかのように見えた。
彼女が時折見せる寂しげな表情も関係していたのか?
同時に県営住宅への言われなき中傷を吹聴していた近所のおばさんが何故か思い出された。
彼女が僕の前から姿を消した原因については、どうしても思い出せない癖にそんな些末は思い出すのか。僕の頭はどうかしてしまったのだろうか……。
子供の頃、夢中になって遊んだレトロなファミコンゲーム。
そのゲームソフトの記憶装置は内蔵された電池式も多かった。それより古い物は、じゅげむの呪文みたいなパスワード方式だった。
何度もセーブデータが消えて痛い目を見て泣いたな。まるで僕の頭はそのファミコンソフトみたいだ。電池が切れて肝心なことを思い出せない欠陥品と同じレベルの記憶装置なのかも知れない。
「……ねえ、陽一お兄ちゃん。ひとつ質問していい?」
「……な、何、質問って!?」
まるでどっちが大人か分からない。これではあべこべだ。
あの柿の木の下で見せた情けない表情の小学生時代の気持に逆戻りしてしまった。
お団子盗りの一夜が鮮烈に思い出される。
言うまでもないが、十歳前後の男女の精神年齢は女の子のほうが圧倒的におませさんだ。この場所でも精神の主従関係があるとしたら、きっと僕は真美の奴隷に違いない。否応なしに恋の奴隷になるしかなかった。
「……小学生高学年の頃、男子の間でスカートめくりが
「ああ、覚えてるよ。馬鹿みたいな
その後、先生やPTAの保護者会で大問題になって学校中にスカートめくりの禁止令が出たんだよな……」
そのことはよく覚えている。僕のいた五年生のクラスが発端だった。
お調子者の男子が学校に禁止された漫画本を持ち込んでから広まったんだ。
最初は軽い悪ふざけだったが次第にエスカレートして他の学年にもスカートめくりの流行は拡散していった。
女子たちも、もちろん黙ってやられてはいない。自衛策としてスカートめくり返しなる技も編み出したり、逆に男子のボトムスを一気に降ろすと言う、象さんパオーンなる恐ろしい技も派生したんだ。
あれはカオスな出来事だったな。そんな喧騒の中でも真美は普段の
「真美、どうしてそんな話をするんだ。僕とこれから行く場所が、まるで分かっているみたいに」
「さっきも言ったよね、真美は何でも知っているから。
昔から変わらないよ。お兄ちゃんは私をいつも全力で守ってくれた」
「真美……」
「全校集会の学芸会が行われた体育館で、私をスカートめくりよりもひどい辱めから守ってくれたよね。教えて欲しいのはどうしてお兄ちゃんはそのことを事前に分かっていたの?」
駄目だ、すべて彼女の手のひらで踊らされているみたいだ。奴隷なんて言葉は生ぬるい。だけど僕は奴隷以上の言葉を知らないんだ。
恋の奴隷より、もっと君を崇拝する言葉を教えてくれないか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます